竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



13





                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 白鳴が捜している人物がコーヤだとバレてしまったのは失敗だが、それでもそのことを秘密にするのと引き換えに、コーヤにもっと危険
なことをさせるのはとても頷けるものではなった。
大体、いくらコーヤが小柄で、可愛らしい容姿をしているとはいえ、瑠璃という13歳の少女の身代わりが出来るとは思えない。
(第一、常盤に会わせたくないからこそ、こうして動いているというのに)
その常盤の花嫁になる少女の身代わりになるなど、何のためにここまで来たのか分からない。
 「茜」
 「白鳴様に告げるのならば止めはしない。俺は俺なりにコーヤを守ってやるだけだ」
 「・・・・・待ってくれ」
長居は無用だとコーヤを連れてこの場を立ち去ろうとした茜に対し、山吹はいきなりその場に膝をつき、頭を下げた。
 「力を貸して欲しい!」
 「・・・・・」
 「このままでは、この町は彩加に飲み込まれてしまう・・・・・っ」
 「山吹」
 「助けてくれ!」
 身体も大きく、豪胆な男だと思っていた山吹の弱々しい姿。
しかし、茜はその姿に絆されることは無かった。
 「別にいいんじゃないか?」
 大きな力に従うのはどこの国も同じことだ。呂槻は小さい町ではないものの、それでも元々は彩加に従属する存在のはずだ。
いっそのこと常盤に直接支配してもらった方が様々な懸念は無くなるだろう。
 「それに、そうすればわざわざ姫君を嫁に出さなくてもいいんじゃないか?」
 まだ13歳の子供に町の命運を任せることの方が酷だと告げれば、床についた山吹の拳が握り締められる。
大切な故郷や主君というものがない茜にとって、それらを守るために国の重鎮の命を破ってまで、いや、幼い少年の命を危険に晒し
てまで故郷や主君を守りたいという気持ちが分からない。
 ただ、茜も何かを大切にしたいという気持ちは分かる。会って間もないコーヤを守ってやりたい・・・・・そう思っている自分の気持ちと
同じようなものだろうとは思うものの・・・・・。
 「・・・・・っ」
 それでも、その大事なコーヤを身代わりにすることにはとても頷けなかった。
(誰かを犠牲にして自分達が助かるなんて・・・・・どうしても頷けない)
茜はこのままコーヤを連れて呂槻から出ていくことに決めた。山吹が直ぐに白鳴に連絡をするにしても、この場から逃げる時間はまだあ
るはずだ。
 「コーヤ、動けるか?」
 出来れば、疲れているだろうコーヤをもう少し休ませてやりたかったが・・・・・。
 「ほら」
手を伸ばし、その腕を取ろうとした茜は、
 「待って」
思いがけずきっぱりとしたコーヤの声に、その顔をじっと覗き込んだ。




 自分の目の色がどうこう言っている場合ではないと、さすがに昂也も分かってしまった。
情けなく倒れていた時間に何があったのかは分からないが、ヤマブキの土下座というのは強烈なインパクトがあった。彼ほどの男がこ
んな行動を取るには何らかの意味があるのではないか。
 茜と2人、交わしている言葉は少し難しくて全ては分からなかったが、

 「助けてくれ!」

という言葉は聞きとれた。
大人の男がここまでするにはきっと理由がある、昂也は自分が逃げてはいけないと感じた。
 「コーヤ、山吹の話は聞かなくていい。俺達には・・・・・いや、お前には関係の無いことだ」
 昂也の気持ちを察したのか、茜がそう逃げ道を作ってくれたが、昂也はううんと首を横に振る。この場に一緒にいるということだけでも
自分の存在の意味があるはずだ。
 「ヤマブキ、なに?」
 「紺・・・・・」
 「・・・・・」
 「紺、お前の真実の名は・・・・・コーヤというんだな?」
 やはり、バレてしまっていた。
昂也はチラッと傍に立つ茜に視線を向けた後、強張った顔のまま何とか頷いてみせる。
 「うん。でも、茜は俺を守ってくれた。茜は悪くない」
 これだけはちゃんと分かって欲しい。
ハクメーの力がこの世界の人達にとってどれほど大きな影響力があるのかまだ実感出来ないが、自分のために茜が何か罰せられる
ことだけは避けたかった。
 「ああ、分かっている」
 「みかり、何?話、聞きたい」
 昂也の思いが分かったのか、ヤマブキは深く頷いてくれた。そして、そのまま床に膝をつけたまま、ゆっくりと昂也に今の状況を説明
してくれた。

 幼い少女が、自殺をしようとした。
それは、茜が厄介な人物だと言っていたトキワと結婚をしたくないという理由で。
 しかし、呂槻はこの結婚をどうしても無事に成立しなければならなかった。彩加という大きな都に飲み込まれ、呂槻独自の歴史も
文化も崩壊してしまわないように・・・・・。
 『本当に政略結婚ってことなんだな・・・・・』
 少女の年齢を聞いた時から頭の片隅にあったが、その背景は昂也の認識よりもずっと深刻なもののようだ。
ちゃんと事情を把握しきれたかどうかは自信が無いが、それでもヤマブキがルリという少女とこの町を守りたいという強い思いは伝わっ
てきた。
 「でも・・・・・俺、代わりなる?」
 それが、先ず第一の懸念だ。
いくらこの国の男達と比べて昂也が平均以下の体格をしているとしても、13歳の少女の身代わりになれるとは普通考えられない。
 「それは、大丈夫だと思う」
 「だい、じょぶ?」
 「瑠璃様が嫁入りをするといっても、常盤殿の第三妃だ。あの方は色事よりも政事の方に興味があるらしい」
 既に後継ぎもいるトキワは単に政治上の問題だけでルリを受け入れるので、多分その身体に触れることはおろか、顔を見ることも無
いだろう言う。
 「だが、それはあくまでもそちらの見解だろう?何かの気の迷いで姫に手を出そうとするかもしれない」
鋭い茜の反論に、ヤマブキは苦悩の色を濃くした。
 「それは・・・・・っ」
 「コーヤ、お前がこの町の現状を気にすることは無い。姫のことは気の毒だとは思うが、結局は長も受け入れたということだ」
 「・・・・・」
(茜の言うことは正論だ。俺が身代わりになったとしても、状況は全く変わることは無いんだ・・・・・)
 万が一身代わりがバレてしまったら、その方が大きな問題になりかねない。
頭の中では分かっているのに、それでも昂也は直ぐに茜の言葉に同意することは出来なかった。




 これ以上山吹の話を聞かせない方がいい。
優しいコーヤはそれだけで気持ちを傾けてしまうだろうと、茜はコーヤの腕を掴んだ。
 「茜・・・・・」
 揺れる黒い瞳に、茜は笑みを向ける。
 「ここで逃げたって、お前を卑怯者呼ばわりする者なんていない」
きっぱりとそう言ってやるとコーヤは一瞬唇を噛みしめたが、直ぐに何かを決意したかのように顔を上げて言った。
 「俺、代わりする」
 「コーヤッ?」
 「本当かっ?」
 驚いてその名を呼ぶ自分の声に重なるように、山吹が僅かな望みに縋るように叫んだ。
 「コーヤッ、お前、今っ」
忠告したことが聞こえなかったのかと問えば、コーヤはううんと首を横に振った。
 「茜の言うこと、よく分かる。俺ができること、きっと少ない。にげたほーがいいけど、でも・・・・・茜、俺、にげたくないよ」
 「コーヤ・・・・・」
 「茜、また困る。すごく、めーわくかも、だけど、俺、俺ができること、したい。茜、お願い」
 馬鹿なことを言うなと怒鳴れば、もしかしたらコーヤは諦めるかもしれない。
茜の言う通りこの場から逃げ、もしかしたら追ってくるかもしれない白鳴の影に脅えて、それでも逃げて・・・・・。
(俺は・・・・・)
こんなにも真っ直ぐな性質の少年の気持ちを捻じ曲げるようなことが出来るだろうか。
 「・・・・・」
 茜は大きく深呼吸してから、もう一度冷静に考えてみた。
コーヤを連れてこのまま呂槻から逃げることと、山吹の言葉を受け入れ、姫の身代わりとして彩加に乗り込むこと。
(考えるまでもないのにな)
どう考えても、後者の方が危険な賭けだと分かっているのに、改めてこう考えること自体、自分の気持ちが揺れ動いている証拠だと言
えた。
 「茜っ」
 「茜」
 コーヤと山吹、全く容姿の違う2人が、同じように真剣な眼差しで自分を見つめてくる。
今ここでの決定権が自分にあることに、茜は何だか苦笑が漏れてしまった。




 「危険だと分かった時点でこの計画は中止にする。俺にとってあくまでも優先すべきはコーヤの命だ、それだけは初めに承知してい
て貰いたい」

 結局、茜のその言葉で、ヤマブキの提案を受け入れることになった。
茜に対し、更なる気苦労の種を蒔いてしまったことに申し訳なく思う反面、昂也は自分に出来ることはどこまでなのか、高望みをせず
に冷静に見極めようと何度も心の中で言い聞かせる。
 絶対に大丈夫だということはあり得ないし、何より危険な目に遭うのは自分だけではない。嫌々ながら自分の気持ちを優先してくれ
た茜を守るためにも線引きはきちんとしておかなければならないと思った。
 「先ずは姫様に会ってもらおう」
 「え、でも・・・・・」
 その姫は自殺未遂をしたはずだ。今も命の危険があるのではないかといえば、それは大丈夫だと頷かれた。
 「発見が早く、命に別状はない。ただし、心身ともにお疲れになっていることは間違いが無く、いまだ目覚めてはいらっしゃらない」
それでも、一度だけでもその顔を見て欲しいと言われ、誘われるままに広い屋敷の中を案内してもらった昂也は、やがてある扉の前
で待つようにと言われた。
 先にヤマブキが入り、しばらくしてドアが大きく開かれる。
 「中に」
 「・・・・・」
昂也は頷いた。

 部屋の中を見ただけでは、そこが少女の部屋だというのは分からなかった。
殺風景な、何の飾りも無い部屋の中の、ただ一つ置かれたベッドの上に誰かが横たわっている。
 「ここは瑠璃様の部屋ではない」
 キョロキョロと視線を彷徨わせている昂也に、ヤマブキが淡々とした口調で言った。
 「今、瑠璃様の部屋は・・・・・少し汚れているので、ここに」
 「・・・・・あ」
(もしかしたら・・・・・)
自殺を図ったということで、その時に血か何かで汚れてしまったのだろうか。
確かに、それほど思いつめて行動してしまった部屋に寝かせることは避けた方が良いと昂也も思う。
 「あの子・・・・・ルリ、ひめ?」
 「そうだ」
 「・・・・・」
(大人っぽい・・・・・)
 人間とは身体の成長具合が違うということは分かっていたつもりだが、今見下ろしている少女はとても13歳には思えないほど大人
びた顔をしていた。自分と同じくらいか、もう少し上・・・・・容姿だけを見れば、もっと思慮深い行動をとりそうだが、何と言っても歳はま
だ幼く、自分の置かれた立場を悲観し、身動きが取れなくなるのも分からなくもない。
 「だいじょーぶ?」
 「ああ」
 深く頷いたヤマブキは、強面の顔を緩めた。
 「ありがとう、コーヤ」
 「・・・・・」
紺という偽名ではなく、ちゃんと名前を呼んでくれたのが嬉しい。
昂也はヤマブキに対して笑みを向けると、もう一度静かに眠っている少女を見つめた。