竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 コーヤの気配はするのに、その存在の欠片も掴めない。
そう言った蘇芳に、江幻も頷いた。
(確かに、ここまで何もないというのが不思議だ)
 先日、先読みの占いにやってきた女からコーヤの気配がしたと蘇芳が言い、2人して彩加の都を探して歩いたが、どうしてもコーヤ
の痕跡を掴むことが出来なかった。
 この世界で頼る者などいないはずのコーヤ。
人間であることもバレないように生きていくためにはどうしても誰かの保護が必要のはずだ。コーヤが誰かと一緒にいる・・・・・それは考
えていく上で自然な流れだったが、やはり蘇芳はあまりよい気分ではないらしく、江幻も何だかモヤモヤとしたものを感じていた。
 「苛々するな」
 「蘇芳」
 「大体、どうしてあいつの方から俺達に連絡を寄越さない」
 その手段が見付からないのだろうとは思うものの、認めたくないのだろう。
 「でも、確かに少し時間が掛かり過ぎるな。コーヤが誰かと一緒にいるとしても、その人物はコーヤが人間であることに気付いている
可能性が大きい」
その上で、誰にも見付からずコーヤを隠しているその真意はどこにあるのか。それと・・・・・。
 「ある程度、力を持っている者じゃないと、コーヤを匿いきれない気がするけど」
 「・・・・・江幻」
 「ん?」
 「常盤に会ってみるか」
 「私も、そう言おうと思っていた」
 彩加の中で一番の権力者である常盤。それと同時に、男は南一体を統べる力を持っている。コーヤ本人を保護していなくても、
何らかの情報を掴んでいる可能性はあった。
 「まあ、あの男なら、コーヤが見付かれば直ぐに白鳴殿のもとに連れて行くだろうが」
 権力に強い執着を持っていた常盤は、紅蓮の四天王の一角に自身が入り込むことを望んでいたはずだ。もしもコーヤを見つけたら
己の野心を叶えるために隠すことはしないだろう。
 「それでも、コーヤと会って気持ちが変わったかもしれない」
 蘇芳は確信に満ちた声で言った。
 「あいつは、相手の気持ちを変える力を持っている」
 「・・・・・」
これまで何度もその現場に立ち会ってきた江幻も素直に頷き、今どこにいるとも分からないコーヤのことを考えた。




 思い当たったら即座に行動する蘇芳は、直ぐに常盤の住む城へ赴いた。
名前を言い、面会を望むと、案外直ぐにその許可は下りる。
 「まるで、私達の訪れを待っていたかのようだね」
 「・・・・・」
 江幻に言われるまでもなく、これほどすんなりと事が運ぶ事自体に何か裏があるような気がしてならない。
 「用心しよう」
 「当たり前だ」
面会をする部屋に通された蘇芳は、目当ての男が現われるのを待った。

 どのくらいの時間が過ぎただろうか。
面会の許可は直ぐに出したくせに、随分ゆっくりとして常盤が姿を現した。
 「久し振りだな、蘇芳」
 鮮やかな青の衣装を身にまとった、金髪に明るい青い目をした男は、以前見た時と変わらずにたよやかな容姿だった。
しかし、その服に包まれた身体は相当に鍛えているらしいし、実際に弱々しい雰囲気にはとても見えない。
 「お久し振りです、常盤殿」
 「国境の警備の者からお前が入国をしたという知らせはあったが・・・・・一体、どのような用件で彩加にやってきた?まさか本当に
稼ぎが目的なのではあるまい」
 頭の切れる常盤は、様々な可能性を考えながらそう言っているのだろう。
ここで下手に言い逃れをしても返って怪しまれるかもしれないと思い、蘇芳は切り札の一端を口にした。
 「・・・・・少し、変わった先読みをしまして」
 「先読みを?」
 「・・・・・この国の長が、竜人界の中心に立つと」
 「・・・・・なるほど」
 目を細め、フッと口元を綻ばせた常盤は、膝の上で指を組みながらその先を視線で促す。
 「ただし、そこには他の要因もある」
 「それは?」
 「・・・・・ここまでに」
意味深に言葉を切ると、常盤は直ぐに側に控えていた男を呼び寄せ、何かを耳打ちした。即座に部屋から立ち去っていく男の姿を
目の端で捉えていると、常盤の楽しそうな笑い声が耳に届く。
 「本当にお前は優秀な先読みだな」
 「恐れ入ります」
 「ただし、なかなか俗物でないのが惜しい」
 言葉の途中で再び扉が開いたかと思えば、先ほど姿を消した男が大きな袋を両手に抱えて戻ってきた。
それを蘇芳の目の前に置き、一礼して男は袋の口を開く。中に見えたのは・・・・・大量の金だった。
 「お前の一言の相場が幾らだったのかもう忘れてしまったが、今の言葉の続きはそれくらいでは足りないか?」
 「・・・・・滅相もない」
(やはり、こいつはコーヤに関して何らかの情報を掴んでいる)
 存在するかどうかも分からない白鳴の捜し人に対して、何の手掛かりもないままこの男がこれほどの大金を払おうとするはずがない。
明らかに本人を見たか、それに類する情報を手にしているからこそ、これくらいの金を払っても惜しくない情報を蘇芳が持っていると確
信しているのだろう。
 本人を見たのか、どうか。
蘇芳としてはそれが一番知りたい。ただし、常盤という曲者をどう口を割らせばいいのか、悩むところだ。
 「少しよろしいですか?」
そんなことを考えていると、自分の隣にいた江幻がにこやかに口を挟んできた。




 噂では聞いたことがあるが、実際に見る常盤は見るからに油断出来ない人物だ。
蘇芳も頭の悪い男ではないが、今コーヤのことに関しては血が上っている状態で、もしかしたら口を滑らせて相手に余計な情報を与
えてしまう可能性もある。
 「・・・・・お前は?」
 「私は江幻。神官と、医師をしております」
 そう考えた時、自分という存在は中和剤になると思えた。常盤は自分のことを知らないはずで、明らかに警戒をするはずだ。
口を割りにくくなったとしても、返ってこちらもある程度の距離を取ることが出来る。
 「神官、か」
 「はい」
 「先読みと神官が共にいるとは、また珍妙な」
 「蘇芳とは昔馴染みですので」
 揶揄するような言葉にも、あえてにっこりと笑みを向ける。常盤の口元が少しだけ引き攣ったように見えた。
 「・・・・・その、神官が私に何用か?」
 「仕事を頂きたいと思いまして」
 「仕事?」
 「噂で聞いたのですが、近々第三妃を娶られるということ。そのめでたき式の見届け人として、私を選んでくださればと思います」
常盤の結婚に付いては、町の噂でもうかなり前から知っていた。
 第三妃ということでちゃんとした式などせず、多分簡単な披露目だけを行うだろうと予期したが、その式を自分が執り行うことになれ
ばもうしばらくこの城にいることが出来る。
 常盤自身は隙のない男でも、側近まではどうだろうか。どんな有能な者でも、ほころびというのはある。
それに、彩加だけでなく、南の都一帯の問題は一度常盤に報告が上がると思うので、コーヤに関して新しい情報が来た時に知る可
能性が高いはずだ。
 「いかがでしょう?」
 「・・・・・」
 「常盤殿、この江幻を指名していただければ、私の先読みの結果も式後に無償でお教えしますが?」
 さすがに江幻の思惑を悟ったらしい蘇芳が、重ねてそう言った。
 「・・・・・まさか、お前が友人の仕事を探しているとはな」
 「長い馴染みですから」
常盤はしばらく考えるように口を閉じた。蘇芳を見、続いて江幻を見て・・・・・もう一度蘇芳を見る。
ここで僅かな疑念でも抱かれないようにと、江幻はわざと媚びた笑みを口元に浮かべた。自分が欲しいのは報酬で、それ以外は何
も考えていないというふうを装う。
 「・・・・・分かった」
 「それでは」
 「式は江幻に執り行ってもらう。ただし、第三妃との式は盛大に執り行うつもりはなく、臣下への披露目だけで止めるつもりだ。お前
のすることはほとんどないと思うが、報奨はそれなりのものを渡そう」
 「ありがとうございます」
 江幻は頭を下げた。
(これでいい)
待つだけだった時間はじきに終わるだろうと、江幻は伏せた口元を緩めた。




 第三妃が嫁いでくるのは5日後、披露目はさらにその2日後らしい。
 「花嫁は呂槻の長の姫だ」
 「お歳は?」
 「13歳だな」
早速段取りをさせてくださいと言った江幻に付けられたのは、下働きのような若い男だった。たいした位にいないということは、その粗野
な言動でも容易に分かる。
 「13歳・・・・・」
 幼いらしいとは聞いていたが、まだ子供といえる歳だ。
もちろん、位が高い家柄では結婚は早く、13歳という年齢も幼過ぎるとは言えないが、相手は既に2人も妃がいる男で、何より心か
ら望まれての結婚ではないということは本人も分かっているはずだ。
(可哀想に・・・・・)
 呂槻の長や少女の気持ちを考えると胸が痛むが、今は情を掛けている時ではない。
江幻は口の軽そうな男にさらに訊ねた。
 「常盤殿はごく限られた披露目を行うと申されていましたが、それでも各地から祝いの使者はいらっしゃるでしょうね」
 「まあなあ。常盤様は南を治められている方だ。いわば、まだ竜王になりたての紅蓮様よりも力がある」
 「・・・・・」
 「いや、もしかしたら紅蓮様よりも竜王になるに相応しい方かもしれんなあ」
 「そうですか」
 竜王を絶対的に尊敬し、崇拝する竜人とはとても思えない言葉だが、これも1年という王座の空白期間に出来た歪みなのかもし
れない。
(紅蓮が聞いたらどんな顔をするだろうな)
きっと、苦々しい表情をするだろうが、それでもこの現状を自身の不甲斐無さのせいだと受け止めるだけの成長はしているはずだ。
 「姫様はどのようなお方なのでしょう?」
 「さあ。俺も見たことがないが、歳よりは大人びた方だと聞いたぞ。常盤様も一度は味見くらいするかもしれんなあ」
そう野卑な言葉を言う男に、江幻も付き合うように笑った。




 江幻と分かれた蘇芳は、それとなく城の中を探る。
常盤には先に先読みの話をするようにと言われたが、結婚祝いとして楽しみにお待ちをと何とか逃げた。
(先読みは、あくまでも可能性の一部なんだがな・・・・・)
 未来を予知したとしても、それはそこに行くまでに変化する可能性もある未来だ。それでも知りたいと願う常盤はかなり焦っているの
かもしれない。
 ふと視線を向けると、広い敷地内に建てられた小さな家に、様々な家具が運ばれているのが見えた。
 「おい、あれは?」
通り掛った召し使いを捕まえて問い掛けると、あの小さな家がこれから第三妃が住まう場所だと言う。
 「・・・・・あんな狭い家にか?」
 どうして城の中に部屋を取らないのかと不思議だったが、その召し使いは意味深な笑みを浮かべた。
 「新しい妃様はまだお子様でいらっしゃいますから」
お優しい常盤様は、わざわざ寝所を別にしたばかりか、他の妃様の嫉妬から御守りになるつもりなのでしょうと続く言葉に、蘇芳はへ
えと小さく頷く。
(ただの厄介払いじゃないか)
たいして役に立たない存在を、それでも自身の野望のために側に留めおくというのだ。
(紅蓮、お前は何時までこんな世の中にしておくつもりだ)