竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
17
※ここでの『』の言葉は日本語です
ヤマブキが戻ってきてしばらくして、眠り薬で眠らされた者達も次々と目を覚ましていった。
皆、最初はどういうことかと不思議そうにしていたが、ヤマブキが緊張して疲れたのだろうと力強く言い切ると誰も疑うことをしなかっ
た。
どうやら、昂也が考えている以上に、ヤマブキは皆から慕われる立場らしい。
(まあ、絶対に嘘をつくようには見えないし、何より信頼出来そうだもんなあ)
御輿の中で、昂也はあぐらをかいたままそんなことを考えていた。
今はもうここには自分以外の者はいないし、外からは一切見えないので長いドレスを捲り上げても咎める者はいないのだが・・・・・多
少、後ろめたい気持ちではいた。
『・・・・・どうなるんだろうな』
彩加まで、ゆっくりしたスピードで向かっても5、6日で着くらしい。
すると、いったん茜とは別れることになっていた。常盤と接触する機会は出来るだけ避けたいという彼の言葉を尊重しての対応だが、
彼が側にいないと思うと心細さがジワジワと大きくなっていく。
ヤマブキもけして頼りにならないとは思っていないし、むしろ外見だけを見れば茜よりもずっと力が強そうだ。
ただ・・・・・。
(ずっと、一緒にいたしな・・・・・)
この世界に再びやってきた時からずっと茜と一緒にいて、彼は何時でも昂也のためを思って動いてくれていた。
そんな彼と離れてしまうことで、不安はどんどん膨らんでいく。
「・・・・・」
昂也はモゾモゾと動き、外を覗こうとして・・・・・止めた。
大人しくしていることこそが、今の自分に出来る唯一の行動だった。
どのくらい経っただろうか。
空気を入れるために開けてある小さな穴から声が掛かった。
「瑠璃様、今宵はここで野宿をすることになりました」
「・・・・・」
(にちゅく?)
「食事が出来次第運ばせて頂きますので、今しばらくお待ちください」
食事を運ぶ。聞きとれたその単語で、今日はこれで進むのを止めたのだと知る。
そう言えば、小さな穴から差し込んでいたはずの明かりも無くなっていたなと今更ながら気付いた昂也は、次に扉が開くのを待った。
さっき聞こえた声はヤマブキだった。だとすれば、食事を運んでくれるのも彼だろうか?
そんなことを思っている間もなく、トントンと軽く扉を叩く音がしたかと思うと、
「失礼します」
そう、声がして扉が開いた。
(茜っ)
中に姿を現したのはヤマブキではなく茜だった。
今の昂也にとって一番信頼する相手の姿に、自然に頬には安堵が滲んだ笑みが浮かんでしまう。
そんな昂也を見て目を細めた茜は、中に乗り込んできて扉を閉めてからようやく口を開いてくれた。
「どうだ、コーヤ」
「・・・・・何もすることない」
「まあ、確かに」
「茜、大変だろ?」
身代わりのことを知っているのはヤマブキと茜、そして自分の3人だけだ。だからこそ、茜は相当気を遣っているのではないかと心配
したが、茜は笑いながら昂也の髪をさらっと(あまりクシャクシャに出来ないと思ったのか)撫でながら言う。
「お前が心配することは無い」
「茜」
「大切な姫君の御輿に長居は出来ないんだ。コーヤ、寂しいだろうが我慢してくれ」
ここにいるのは男の自分だが、他の供の人々は自分のことをあの少女だと思っているのだ。
真実を知る者が1人でも少ない方がいいのは分かるので、昂也は神妙な表情のままコクンと頷いた。
(寂しいなんて、俺が言っていられない)
再び扉を開けて御輿から降りた茜は、そのまま待ち構えていた山吹の側に歩み寄った。
「・・・・・瑠璃様は?」
「落ち付かれている」
「そうか」
安堵したように息をついた山吹も、今回のことにはかなり神経を遣っているようだ。
大切な姫を守るために身代わりを立てたものの、そんなことをしてもしもその嘘が暴かれてしまったら・・・・・。その責任を問われるのも
もちろんだが、身代わりを買って出てくれたコーヤの身にも危険が及ぶことを危惧しているのだろう。
元々人が良さそうな山吹だ、今更ながらにコーヤを身代わりにしたことを後悔しているのかもしれないが、それならば本当に・・・・・今
更だ。
(今はただ、無事に役目を果たすことだけを考えなければな)
「どうぞ」
若い兵士が食事を手渡してくれた。
「ああ、すまない」
今回、腕の立つ用心棒としてこの花嫁行列の一員に加わっている茜を、周りの者は皆一目置いて接している。
時々怯えたような目で見られてしまうのも困ってしまうが、このくらい距離を置かれていた方が後々いいかもしれない。
「・・・・・」
「・・・・・」
山吹の隣に腰を下し、黙々と食事をした。
御輿の中で1人で食事をしているだろうコーヤの寂しさを考えると可哀想だが仕方が無い。
「茜」
「出来るだけ早く彩加に着けばいいな」
(コーヤの緊張が少しでも早く解かれるように・・・・・)
翌日からも、昂也は御輿の中で旅を続けた。
自分1人が楽をしているという感覚はあるものの、だからと言ってどうしたらいいかなど分からない。食事のたびに交互に顔を見せてく
れる茜とヤマブキの話す外の様子に真剣に頷きながら、昂也は早く彩加に着くようにと願っていた。
そして、旅を続けてから5日目の夕刻。
「瑠璃様、彩加の国境の門が見えました」
「!」
待ちかねた、しかし怖さが増すその言葉に、昂也は緊張してコクンと唾を飲みこむ。
御輿はしばらくしていったん止まり、外から漏れ聞こえる声に昂也は耳をすませた。
「呂槻の長の姫、瑠璃様の御一行だな」
「いかにも」
「では、御輿の中を改めさせてもらおう」
「・・・・・?」
(何て言ってるんだ?)
漏れ聞こえてくる声は小さく、それがどういう意味かは分からない。しかし、軽く扉が叩かれる音がして、昂也はパッと御輿の一番奥
へと下がり、半分脱げかけていた顔の布を深く被り直した。
「瑠璃様」
扉が開いて声を掛けてきたのはヤマブキだった。
「今から役人の改めが入ります」
「・・・・・」
声を出さないまま、昂也は深く俯いて顔を隠すようにしながら頷いて見せた。
極力、見知らに人の前では声を出さないようにと言われていたので、その言いつけを守るつもりだった。
ガタッ
「・・・・・」
布で遮られた視界の向こうに、2つの人影が見える。
「我らは国境の役人でございます。呂槻の姫、瑠璃様でいらっしゃいますか?」
「・・・・・」
昂也が頷くと、人影がまた一歩近づこうとした。
(だ、大丈夫なのか?)
どのくらい近付いてもばれないだろうかとドキドキしたが、相手の顔が見えるほど近付く前に、御輿の外から力強い声が掛かった。
「これ以上はお止めいただこう」
「何?」
きっぱりとした声に、役人の怪訝そうな声が被る。
「瑠璃様は常盤殿の尊い第三妃になられる方だ。花嫁が伴侶以外に顔を見せられないという習わしを知らぬとはおっしゃるまい」
「・・・・・確かに」
ヤマブキの言葉はかなり真実味があったようで、役人は直ぐにその話に同意したらしい。
「他の一行の通行証明は間違いのないものだったし・・・・・。失礼しました、呂槻の姫様。ようこそ、我が彩加に。これからここがあな
た様の故郷となる町です。どうか末永く常盤様と添い遂げて下さい」
畏まったように言われ、昂也はただゆっくりと頷くことしか出来ない。
(茜は?茜はここにいるんだろうか?)
まだ一行から離れずに自分の側にいてくれるのかどうかが知りたくてたまらないが、今の昂也は声に出してそれを確かめることさえ
出来ない。
(あ・・・・・っ)
役人が出ていき、扉が閉められる。
そして、再び動き始めた御輿に揺られながら、昂也は大きく深呼吸をした。
江幻は急に慌ただしくなった城の中で1人の召使いを呼び止めた。
「何があったのかな?」
江幻の穏やかな微笑みに顔を赤らめた召使いは、はいと少し声を上ずらせながら言った。
「呂槻から花嫁様が到着されたのです」
「ああ、花嫁が」
予定されていた日付よりも少し早かったような気がしたが、だからこの城の中が慌ただしくなったのかと納得出来る。
城の主、この彩加の長である常盤本人はとても花嫁を迎えるような華やいだ様子ではなく、何やら影でこそこそ動いているようだが、
城の中はそうとは言っていられないようだ。
(可哀想にねえ)
歓迎されない花嫁となる少女が気の毒だが、自分が何を言うことも出来ない。
「あの、江幻様」
「ありがとう」
このことを一応蘇芳にも知らせなければと、江幻は踵を返した。
「・・・・・蘇芳?」
自分達に宛がわれた部屋の扉を開けた時、江幻は少し異質な気を感じ取った。
中に蘇芳は確かにいたが、その様子はどうも普通ではない。最近はなかなか分からない昂也の消息に苛々することが多く、真剣に
自身の玉と向き合うこともしていなかったが、今は何やら眉間に皺を寄せて玉を見つめている。
「どうした?」
「・・・・・」
「蘇芳」
一度ではこちらを振り向いてくれなかった蘇芳に再度聞けば、ようやくこちらを向いておかしいと一言呟いた。
「おかしいって?」
「気を感じるんだ」
「気?」
江幻は蘇芳の玉を見下ろす。
そう言えば何やら温かで懐かしい気を感じるが、これはもしかして・・・・・。
「コーヤの気だ。確かに近くにいると玉は言っているのに、その居場所がどうしても視えない。まるで、何かでコーヤの存在をかき消さ
れているような感じだ」
淡々と言いながら、蘇芳の視線はまだ玉に向けられている。
真剣なその眼差しは今自分が言った言葉以上のものを探ろうとしているようにも見える。
有能な先読みの蘇芳でも読めない何かがあるということは、もしかしたらコーヤに誰かの力が左右しているのかもしれない。
(無事でいるとは思うが・・・・・)
だからと言って、コーヤに対し友好的な思いを抱いている者がその身柄を手にしているとは限らなかった。
「他には何も視えないのか?」
「・・・・・女が視える。多分、まだ若い女。だが、その女がコーヤとどう繋がっているのかは全然分からないな」
そう言って、ようやく玉から視線を外した蘇芳は顔を上げて目を閉じる。
「お前はどうしたんだ?何があった?」
目を開けないまま訊ねてくる蘇芳は、そのこと自体にあまり興味があるようには見えなかった。それでも、一応伝えておかなければな
らないことだったので江幻は口を開く。
「花嫁が到着したらしい」
その言葉に、蘇芳は目を開いた。
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