竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
18
※ここでの『』の言葉は日本語です
「ああ、例の可哀想な花嫁か」
「蘇芳」
「別に間違いではないだろう?誰が聞いたってこの結婚は娘を生贄に差し出すようなものだ」
蘇芳がそう言い捨てると、江幻は諦めたように肩を竦めた。
ここがどこで、周りにどれ程の耳があるのか分からない蘇芳ではなかったが、コーヤが見付からないという苛立ちが少々物言いを乱暴
にしていた。
(どうしてだ?どうしてここまで来て視えない?)
コーヤの痕跡は間違いなく彩加にあった。コーヤと接触をしたらしい女も見つけたし、玉にもその気配が濃厚に映されていたのだが、
急に視えなくなってしまった。
どう考えても、能力者が関係している・・・・・そうとしか思えない。
「あの馬鹿王の力も借りた方がいいのか・・・・・」
「蘇芳、馬鹿王は少し酷いんじゃないか?」
「混乱した世界をいまだ治められないんだ、馬鹿としか言いようがない。何のために俺達が・・・・・いや、あいつの周りが命を懸けて
聖樹と戦ったんだと思っているんだ、あいつは」
もちろん、口で言うほど馬鹿王・・・・・紅蓮が無能だとは思っていない。
聖樹の反乱が終結した後、かなりの勢いでこの竜人界の隅々まで目を走らせ、改革をして行こうとする気力はわかるのだが、どうし
ても生温く感じてしまうのだ。
今の蘇芳にとっては竜人界よりもコーヤ。その存在の方が尊く、大切で、早くあの温かで柔らかい身体を抱きしめて無事を確認し
なければ、どうしても気持ちが落ち着かなかった。
「・・・・・ま、お前は式の立会人をしなければならないんだろう?俺はその間町に出ている」
「お前は立ち会わないのか?」
「どんなに幼くても、女の涙は嫌いなんだ」
「・・・・・優しいね、お前は」
「・・・・・」
別に、優しさで言っているわけではない。
権力というものに翻弄される力の無い者を見るような、加虐的な嗜好が無いだけだった。
頭から3枚目の布を深く被ったまま、昂也はヤマブキに手を引かれて長い廊下を歩いていた。
その前後には呂槻から同行してきた者達と彩加側の召使いや衛兵が取り囲んで、総勢20人ほどの団体移動だ。
「・・・・・」
(あ、足が絡まりそうっ)
長いドレスの裾を上手く捌きながら歩くことが出来ればいいのだが、どうしても慣れなくて気を抜くと躓いてこけてしまいそうになる。
さすがにヤマブキに手を取ってもらっているのでみっともない姿を見せることは何とか避けられていた。
「ようこそお越し下さいました、瑠璃姫様。私がご案内させていただきます」
先頭を歩いているのは、珍しい灰色の髪に、くすんだ蒼色の目をした、二十代半ばに見える男だ。落ち着いた物腰に、着ている
者も上品で、どうやら地位のある人物に思える。
体格は少し細身で、どちらかといえば茜やヤマブキのように立派な体格ではなく、何だか理系の生真面目な雰囲気だった。
城の門をくぐって直ぐに現われたこの男の言葉で、昂也はヤマブキ達と共にその後に続いているのだ。
(どうして、トキワって奴が迎えに来ないんだろう)
問題の相手に面と向かって対面するのはもちろん怖いが、一方では自分の花嫁となる相手を出迎えない花婿というものに首を傾
げてしまう。
どんな理由があるにせよ、夫婦となるのだ。
(それに、あの子はまだ・・・・・)
まだ幼いといえる少女を思い遣るのが年上の男の役割だと思うのに、そんな優しさを微塵も感じられないことが悔しい。
「まったく、呂槻の姫様は可憐でお美しい」
「常盤様もきっと可愛がられることでしょう」
歩きながら彩加の召使い達は口々にそう言う。しかし、こんなにグルグルと布で顔を覆った相手に可憐や美しいという言葉が当て
はまるのかどうか、少し考えれば分かることだ。
多分、自分の主人の新しい花嫁に対して今から媚を売っているのかもしれないが、これが本物の瑠璃だったらどんな思いがしただ
ろうかと、昂也は何だか胸が苦しかった。
「こちらにございます」
しばらく長い廊下を歩くと、次には石畳が敷き詰められた野外へと案内される。
「昨日、新しい宮が完成したのですよ」
「間に合って良かった」
「素晴らしい装飾も施されていますし、呂槻の姫様もお気に召すと思います」
「・・・・・」
(昨日出来た?・・・・・なんか、突貫工事をしたって感じ)
ボロボロの古い家もちょっと嫌だが、出来たばかりの家に放り込まれるのも落ち着かない気分だ。
「瑠璃様、到着いたしました」
「・・・・・」
俯いて歩いていた昂也は、ヤマブキの声に慌てて顔を上げた。
突貫工事をしたという予想とは少し違い、目の前の建物はかなり立派な石造りの家だったが、まだ出来たばかりだからかよそよそし
い雰囲気がする。
「どうぞ、中にお入りください。今日からこの宮の女主人はあなたですから」
中は、紅蓮の住む王宮と同じように光る石で出来ていた。
(・・・・・綺麗)
「部屋は10部屋ほどございます。世話をする召使いは10人ほど、後からご挨拶に伺わせますので」
「・・・・・」
昂也はコクンと頷く。
今いる部屋はリビングになるのだろうか、大きなテーブルと椅子、そして飾り棚のようなものがあるが、広いせいかなんだかガランと寒々
しい感じがした。
「失礼だが、あなたは?」
昂也が部屋の中を見ている時、ヤマブキが今家の説明をしている男に向き合った。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はこの城の一切の家事を取り仕切っております、灰白(かいはく)と申します」
丁寧に頭を下げた灰白は、穏やかな口調で続けた。
「以後、何かお困りなことがございましたら、私に何なりとお申し付け下さい。私から常盤様にお伝えし、瑠璃様が彩加で快適に
過ごされるよう、務めさせていただきます」
「灰白、殿か」
「それでは、中をご案内しましょう」
そう言った灰白は、続きの扉を開ける。そこも、この部屋同様広いが・・・・・やっぱり寂しい。
(なんか・・・・・)
ここで瑠璃が生活するはずだったのかと思うと、昂也は何ともいえない思いがした。
今頃コーヤは何をしているだろうか。
城を見上げながら茜は拳を握り締めた。
(城の中では山吹が守ってくれると思うが・・・・・)
国境の門をくぐって直ぐに、茜は一行から離れた。城に近付くにつれて知っている者と顔を会わす危険があったからだが、彩加の兵
士が御輿の側にいたのでコーヤに声が掛けられなかったことが心残りだ。
今頃、自分が側にいないことに気付いているだろう。どんな思いでいるのか、コーヤの気持ちを考えると茜は今取っている自分の行
動が正しいのかどうか不安になってしまう。
少々危険でも、コーヤの側にいた方がいいのではないか。
そう考え出すと胸の中がざわめくが、やはり・・・・・常盤とは顔を合わせられなかった。
「・・・・・?」
(何か・・・・・)
不意に強い気を感じた茜は、城に向けていた目を周りに移す。
そろそろ空は暗くなり始め、辺りは昼間とはまた違った賑わいで人影も多い。さすがに豊かなのか、食べ物屋や酒場が多いせいかも
しれないが・・・・・。
(どこだ?)
この気は、かなり強い能力者が持つものだ。ただ単に、そこにいたのか、それとも自分を見つけたのか?
茜は肩に巻いていた長い外套で顔の半分を覆い隠した。
外の空気が吸いたくて町に出てきた蘇芳は、そのまま酒場の集まっている一角へと足を向けた。
「あら、素敵な旦那さん」
「うちで飲んでいかない?」
暗くなったので出てきた客引きの女達が、肌も露な服装で蘇芳にしなだれかかってきた。
(どこの土地も、女は逞しい)
生きるという意力を男よりもよほど感じると思いながら、腕を引かれた店に足を踏み入れる。
他の飲み屋とそう変わらないほど狭く、少し薄暗い店内は、もうそれなりに客で埋まっているようだ。どうやら、この客引きの女は有能
らしい。
「何飲む?」
「そうだな」
棚に並べられてある酒の瓶に視線を向けた時だった。
「・・・・・」
(なんだ?)
一瞬、強い気配を感じた。
「お客さん?」
黙りこみ、辺りに視線を向ける蘇芳を女は不思議そうに見るが、その言葉に返す言葉もなく、蘇芳は懐に入れている玉に手を当
てて気配を探り続ける。
目を閉じた脳裏に、ぼんやりとした影が浮かんだ。
(・・・・・男)
その影は間違いなく男。そして、かなり力のある能力者だと分かる。
「ねえ」
「悪い」
蘇芳は直ぐに店を出て、その気配の後を追った。
胸が、どうしようもなく騒ぐのだ。今追わなければという気持ちのまま、蘇芳は気配を探りながら人波を掻き分けて歩く。
(この気は知らないな。いったい、何者だ?)
能力者が彩加にいること自体は不思議ではない。常盤は野心が大きいせいか敵も多く、自身を守る能力者を多く抱えているとい
う話を聞いたことがある。
ただ、今感じた気は、先ほど、コーヤを見た時に感じたものに酷似しているように思えるのだ。
はっきりと形にしては視えない。それでも、自分の感覚を信じる。
「・・・・・」
(あっちかっ)
蘇芳は鋭い眼差しを前方に向けた。
「それでは、明日、式の段取りを伝えに参ります。本日は長旅にお疲れでしょう、ごゆっくりお休み下さい」
灰白が丁寧に頭を下げて扉の向こうに消えた。しかし、昂也は直ぐに声を出すことはしなかった。
気配をずっと追い、足音が遠退いて玄関のドアが閉まった音が微かに聞こえ、昂也はようやくホウッと大きな息をついた。
「皆、瑠璃様もお疲れになられている。別の部屋で次の指示を待つように」
そんな昂也をちらっと見たヤマブキが他の皆にそう告げ、一向はゾロゾロと部屋の外に出て行く。その全員が姿を消した時、昂也
はようやく声を出した。
「つ、つかれた」
「コーヤ、大丈夫か?」
「う、うん、だいじょぶ」
肉体的には全然疲れていない。ただ、精神的な疲れはかなりのものだが、それもヤマブキに比べたら全然軽いと思った。
「あの人、カイ、ハク・・・・・怖い、ね」
「確かに、得体の知れない男だな。さすがあの常盤の配下の者だとも言えるな」
「・・・・・そうなの?」
(トキワって、いったいどんな男なんだよ・・・・・)
少女を無理矢理花嫁に迎えるということだけでも結構嫌な男だなと感じたが、茜やヤマブキの言葉の端々に出てくるトキワという男
はかなり尊大で冷たい男のようだ。
実際に会わないまま相手に悪い感情を抱くことはしたくないが、今のところの対応を見ても、どうやら昂也は好きになれそうに無い。
「あ、ヤマブキ」
「どうした?」
「茜は?今どこ?」
それが、昂也にとって先ず一番に知りたいことだった。
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