竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



19





                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 茜が側にいないことは分かっている。しかし、彼が今どこにいるのか、昂也はそこまで教えてもらっていなかった。

 「コーヤは嘘がつけないからな。何も知らない方がいいかもしれない」

そう言われると、それでも教えてくれとは言えなくて、昂也は心の中の不安を押しかくして御輿の中にいた。
本当は、ここでも聞くべきことではないのかもしれない。それでも、昂也は茜がどうしているのか気になって仕方が無かった。
 「茜は彩加の町にいる。そこから出ることは無いと言われた」
 「・・・・・そっか」
 それだけでも何だか凄く安心した。
(姿が見えなくったって、声が聞けなくったって、同じ町にいるなら安心だ)
 「コーヤ」
思わず頬を緩めた昂也に、ヤマブキが生真面目な顔を向け、次の瞬間深く頭を下げてきた。
 「お前には、本当に悪いことをした」
 「ヤマブキ?」
 「お前の事情を逆手に取って脅すような真似をしたこと、騎士らしくない卑怯な手段だと重々承知している」
 それだけの言葉を押しだすのも、苦しげに表情を歪めている。
 「それでも、どうか瑠璃様のために、俺達に力を貸して欲しい」
 「ヤマブキ・・・・・」
自分よりも立派な大人に頭を下げられるのはやはり困る。
ヤマブキが言うほど、昂也は大層な理由でここにいるわけではなかった。ただ、年下の少女が大人の思惑によって利用されるのが嫌
だという、子供らしい怒りだけがあったのだ。
 茜とは違い、今の自分に出来ることはほとんどない。それでも、ここまで来て逃げることが出来ないというのも覚悟していた。
茜とヤマブキの作戦を信じ、与えられた役をやり遂げる。
 「俺、がんばる」
そう言い切った昂也に、ヤマブキはありがとうと小さな声で呟いた。
そして、次の瞬間には昂也の頭を優しく撫でてくれる。
 「今夜はここで我慢して休んでくれ。明日になれば・・・・・一応、茜と打ち合わせた通りの行動をする」
 「茜と・・・・・」
(やっぱり、茜とちゃんと話してるんだ)
 「一度必ず会わせるようにする。それから、披露目の式まではここから動けないが、後数日だ、辛抱してくれ、コーヤ」
 「・・・・・うん」
今はヤマブキの言う通りに動く。昂也はしっかりと頷いた。




(こっちに向かってきている)
 茜は移動しても移動しても付いてくる気配に眉間の皺を深くした。
最初は、常盤の手の者かと思ったが、その中に殺気は感じられなかった。ただし、今までになく強い相手だというのは分かるので用
心のために対決を避けたいと思ったが、どうやら相手はどんなに逃げても後を追ってくるつもりのようだ。
(・・・・・会う、か)
 危険な賭けかもしれない。殺気が無いとは言っても、常盤に関係する能力者という可能性は完全に消えない。
それでも、茜はこれ以上逃げ回り、コーヤのいる城から離れるのは嫌だった。側にいられなくても、直ぐにその声が聞けなくても、何か
合図があれば直ぐに動ける位置にいたい。
 「・・・・・」
 そんな風に自分の気持ちが決まると、茜の行動は早かった。
出来るだけ人影の無い細い路地に入り込み、立ち止まって追手を待つ。それほど待つ時間は無しに、目的の人物は現れた。
 「何、逃げてるんだ?」
 「そっちが追い掛けてくるからだ」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(赤い、瞳?)
 歳は、自分とそれほど変わらないだろう。
コーヤと同じ珍しい黒髪に、赤みを帯びた瞳。近眼鏡を掛けたその顔は整っており、皮肉気に口元を歪めてはいるものの、まったく友
好的な雰囲気ではなった。
 「いったい、俺に何の用だ?初対面だと思うが」
 「・・・・・見えたんだよ、俺の玉にお前の気が」
 「玉?」
(では、先読みか?)
 その能力の根源を知り、茜は警戒を強めた。
どれほどの力かは分からないが、先読みは読んで字のごとく先を読む力がある。こうして向き合っているだけでも、茜の背景をこの男
は見ているのかもしれない。
(コーヤのこともそうだが、今回の身代わりの一件も知られてしまったら・・・・・っ)
それこそコーヤの危機となると、茜は拳を握り締めた。




(・・・・・読みにくいな)
 さっきから目の前の男を読もうとしているのに、何か薄い膜が掛かっているように全てを見ることが出来なかった。
これが故意からか、それとも無意識でのことなのかは分からないが、どちらにせよそれだけ目の前の男は強い能力者だということは確
かだ。
 蘇芳は懐に入れていた玉から手を離す。これに頼ってばかりもいられなかった。信じるのは、自身の目と、直感だ。
 「お前、能力者だな?」
 「・・・・・」
答えは返らない。男は目を眇めるようにしてこちらを見続けているだけだ。
この世界では能力者は歓迎され、価値ある者として迎えられるというのに、どうやら目の前の男はそれを隠したいと思っているらしい。
それが珍しくて、蘇芳は少しだけこの男自身に興味を抱いた。
 「常盤の手の者か?」
 「・・・・・」
 すると、ようやく男に反応が見える。どこか嫌悪感を滲ませた雰囲気に、蘇芳はフッと笑みを零した。
 「どうやら、あいつに対しての感情は同類だな」
 「・・・・・お前も違うのか?」
 「どちらかといえば、俺の対極にいる相手だな」
 「・・・・・そうか」
そこまで言うと、明らかに男の警戒心が解かれたのが分かった。

 蘇芳は男を連れ、近くの酒屋に連れて行った。抵抗されるかと思ったが、男は案外素直についてくる。こちらが男の正体を知りたい
と思うように、男も蘇芳の正体を知りたいと思っているに違いない。
 「親父、酒」
 「おう」
 店の一番奥に座り、酒が運ばれると、蘇芳はそれを一気に飲み干した。
 「まあまあだな」
それなりに飲める酒に一心地ついてそう言えば、呆れたような視線が向けられるのが分かる。蘇芳にとってはこれは普通の水と同じよ
うなものなので、そんな視線もまったく気にすることは無かった。
 「・・・・・」
 それよりも、杯に手をつけることもしない男にんっと首を傾げて見せる。
 「飲まないのか?」
まさか、これに毒や、変な術を掛けているのかと疑っているのかと思ったが、男は軽くいいやと断ってきた。
 「・・・・・今は飲んでいる場合じゃないからな」
 「ふ〜ん」
何か事情があるのだろうが、それは今の蘇芳には関係ない。
 「俺は蘇芳、先読みだ。お前は・・・・・」
 「・・・・・蘇芳?」
 「どうした?」
自分の名前に反応した男に、蘇芳はきつい眼差しを向けた。




 蘇芳・・・・・茜はその名前に聞き覚えがあった。
出会ってから今まで、コーヤの口から時々出てきた名前の一つだからだ。

 「コーゲンとスオー、どうしてるだろ・・・・・」

 コーヤにとって、多分特別だと思える存在の名前に、茜は一体どんな相手だろうかと思っていた。人間であるコーヤとどういう係わり
合いがあるのか気になっていたのだが、まさか目の前の男がその相手なのだろうか。
 茜はさらに観察するように男・・・・・蘇芳を見る。
こうして目の前に座っているだけでも滲み出る力の大きさは感じて、さらにはそれを隠すこともせずにいる男のふてぶてしさが分かる。
 「おい、いったいどうしたんだ?」
(このまま立ち去るのが最善か、それとも・・・・・)
 自分が守ると決めたコーヤ。それに他の男の力を借りるのはやはり面白くない。
それでも、今の状況で、先読みであるこの男の力は大きく、コーヤの側にいられない自分の代わりには十分なりうるだろうとも思えた。
 「・・・・・」
 どうするか、考える時間は無い。一番大切なのはコーヤの安全だった。
 「・・・・・俺は、茜」
 「茜?」
 「お前は、もしかしたら黒い瞳の少年のことを知っているのか?」
 「!」
その瞬間、ガタッと音を立てながら蘇芳は立ち上がる。赤みを帯びた瞳が爛々と輝き、身体を包んでいた気がいっそう輝いた。
この反応だけを見ても、蘇芳がコーヤを知っていることは明らかだ。
 「・・・・・お前、コーヤを知っているんだな?」
 「・・・・・ああ」
 声を潜めて聞き返してくる蘇芳に、茜はしっかりと頷いた。
 「コーヤはどこにいるっ?」
今にも掴みかかってきそうなほどに鋭い目をしたこの男は、やはりコーヤと知り合いのようだ。コーヤの口調ではごく親しい間柄のよう
に思えたが、本当に力を貸してくれる男だろうか。
 「その前に」
一番大切なことを確認しておかなければならない。
 「お前は常盤の側か?」
その答え次第では、自分の態度も変化するしかなかった。




 ヤマブキが部屋からいなくなると、途端にしんと静まり返る。ヤマブキも積極的に話す方ではないが、やはり自分以外の誰かがいる
といないとでは全然違った。
 『・・・・・どうしよ』
 いくら召使いとはいえ、新しい妻となる者の部屋に男がいるというのは不味いらしい。同じ建物の中ではあるが、別の部屋に行って
しまったヤマブキのことを考えながら、昂也は顔を隠していた布をようやく全て取り除いた。
 誰かがここに訪ねて来ても、絶対に勝手に入ることは無いと言われたのでそうしたのだが、考えたらここはトキワという男のテリトリー
内だ。
 『や、やっぱり付けとこ』
 万が一のためだと、昂也はもう一度頭に布を巻きなおした。本当は目元もちゃんと隠したかったが、せめて珍しいと言われる髪くらい
は隠しておいた方が安全だろう。
 落ち着くと、昂也はもう一度ヤマブキとの会話を思い出した。
(何かあったら直ぐ呼べと言われたけど・・・・・)
 『今夜はここで休むように、か』

 「今夜はここで我慢して休んでくれ。明日になれば・・・・・一応、茜と打ち合わせた通りの行動をしする」
 「一度必ず会わせるようにする。それから、披露目の式まではここから動けないが、後数日だ、辛抱してくれ、コーヤ」

 明日には茜に会える。そう思った昂也は、奥にあるという寝室に向かうことにした。とにかく、ちゃんと休んでおかなければ、明日ちゃ
んと動けないかもしれない。
 「・・・・・?」
 その時だ、ドアをノックする音がした。
ヤマブキかと思い、そのまま立ち上がった昂也は自分でドアを開ける。
 「瑠璃姫」
 「!」
 ちらっと、目の端に映ったのは金髪。
見慣れないその色に反射的に俯いた昂也は、ドキドキと煩く鼓動を打つ心臓をギュッと抑えた。