竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「せっかく我が彩加にお越しいただきましたのに、出迎えが出来ずに申し訳ありません。灰白は失礼なく案内したでしょうか?」
 丁寧な口調で話し掛けながら、常盤は自身の第三妃となる少女を見下ろした。
歳や性格、外見など、話には聞いていたものの実際に会うのは今日が初めてだ。
常盤は白鳴が捜しているという少年を見つけることに重点を置いていたので披露目の式まで会うつもりはなかったが、灰白が恐れ
ながらと進言してきたのでわざわざ足を運んだ。

 「瑠璃姫に同行している山吹という男はなかなかの曲者。一応余計な問題が起きぬように姫にお顔を見せられるだけでもされた方
がよろしいかと。それに、噂ではまだまだ子供だということでしたが、実際にお会いしますと清廉な雰囲気をお持ちな姫様でしたよ」

 顔の美醜など、常盤は一向に気にならなかった。重要なのはその人物が背負っている背景と、人物自身の資質。
今回の少女本人には価値が無くても、その背景には大いに意味がある。南の都で彩加の次に大きな町である呂槻を無血で手に入
れることが出来るのだ。
(そのためにも、少々の機嫌伺いくらい何でもない)
 「まだ屋敷の中を全て見て回られてはいないでしょうが、何か足りないものや御不自由がありましたらすぐにお知らせください」
 「・・・・・」
 「・・・・・瑠璃姫?」
 扉を開けた瞬間から深く俯いている少女は、自分が話している間も全く顔を上げることが無い。
(私を恐れているのか?)
歳の離れた男と町同士の思惑で無理矢理結婚させられることを自覚しているのか、少女は微かな声さえも漏らさなかった。
これほど恐れられるようなことをこの少女にした覚えはないが、自分の悪名をどこからか聞き及んでいる可能性はある。
 目的のためには手段を選ばない自身を恐れるのは構わないし、実際に子供を抱く嗜好はないが、披露目の席でずっと泣かれてい
るのも体裁が悪い。
 そのために一度顔を見せておこうと思ったのだが・・・・・。
(これでは、先にやってきた意味が無い)
少女は頭から布を被り、顔も大部分覆っている。建前とはいえ自分の夫となる相手にこの態度は少し仰々しいだろう。
 「瑠璃姫、顔を見せてもらえますか?」
 「・・・・・」
 目の前の小さな身体がビクッと震えるのが見えた。
(ここまで恐れずともいいのに)
こんなにも警戒されると、よけいな悪戯心が湧いてくる。
(口付けをしたら・・・・・どんな泣き顔を見せるだろうか)
 「瑠璃姫」
 「・・・・・っ」
 手を伸ばし、細い腕を掴まえる。
 「怯えることは無い、私はお前の夫だ」
 「・・・・・ぃ・・・・・」
 「ん?」
何か言ったような気がする。その顔を覗きこもうと身を屈めた時だった。
 「常盤!」
 「・・・・・」
唐突に呼んだその声に、常盤は直ぐに視線を向ける。
 「これは・・・・・どうしてこんな所に?蘇芳」
 「珍しいものが視えたんでね、直ぐに教えてやろうと思って」
 「珍しいもの?」
 以前、ある事情で彩加に招いた先読み。
噂など半分に思っていた常盤だが、姿を現した先読み、蘇芳はかなり有能で、常盤が望む答えをいとも簡単に目の前に突きつけて
きた。
 だからこそ、こんな慌ただしい時にも構わずに屋敷に留め置いたのだが、その利点がもう現れたのだろうか。
 「・・・・・」
常盤は少女の腕を離すと、
 「では、顔見せの時に」
そう言って直ぐに扉を閉める。いくら自分の花嫁となる相手でも、完全に信用の無い時に有効な情報を耳に入れさせることは出来な
かった。
 「私の部屋に行くか」
 「・・・・・ああ」
 直ぐに頷いた蘇芳を従え、常盤は自室に向かって歩き出す。一体この男の目にどんな楽しい未来が視えたのか、それを聞くのが今
から楽しみだった。




 『た、助かった・・・・・』
 トキワがドアを閉めた瞬間その場にへたり込んだ昂也は、直ぐに顔を上げてそのドアを見つめた。
(今、スオーって言ったよな・・・・・?)
聞き違いなどではないと思う。その名前もそうだが、その後に聞こえてきた声は確かにスオーのものだった。
てっきり王都のグレンの側にいると思ったが、考えたらスオーはグレンとあまり仲が良いとは言えなかったし、なんだか思い掛けない所
で再会ということになったようだ。
 『あ・・・・・でも、正体バラしちゃいけないよな』
 ここにスオーがいたというのは心強い。
それでも、今の自分は昂也ではなくルリ姫なのだ。
 『ど、どうしよ・・・・・』
 明日直ぐに、ヤマブキに相談した方がいいかもしれない。
(俺のこと・・・・・薄情な奴って思ってないかな)
この世界に戻ってきて直ぐに会いに行かなかった自分を怒っていないだろうか、昂也は再会の前から心配になった。




(あれがコーヤか?)
 茜という男の話は直ぐには信じられないものだったが、話す少年の特徴はコーヤそのものだったし、何よりコーヤの気を僅かなりとも
茜から感じ取ることが出来た。
 コーヤがこの世界に再びやってきて直ぐに自分を頼って来なかったことについては色々と言いたいこともあるが、何の力もない人間の
少年がたった1人で旅をするなど無謀もいい所だ。
 結果的に、茜に保護されて良かったのだと何とか気持ちを落ち着かせた蘇芳は、続いて茜の口から話された呂槻の姫の身代わり
の話に再び唖然となってしまった。

 「俺はわけあって常盤の屋敷には入らない。だが、1人でも多くの味方が欲しいんだ」

 その理由は関係ない。要は、コーヤが身代わりとなっている姫を助ければいいだけの話だ。
たとえ身代わりでもコーヤが自分以外の男と結婚するなんて聞いただけでも腹がたつし、一方であの常盤がその身代わりに気づかな
いということがあるだろうかという不安も感じる。
 一刻も早く、コーヤの無事を確認したい。そう思って大急ぎで屋敷に戻れば、常盤の姿はそこに無かった。
召使いを捕まえて聞くと、新しい花嫁の舘に向かったという。慌てて駆けつければ常盤が小柄な人物の腕を掴んでいて・・・・・本当に
間一髪だった。
 「・・・・・」
 ホッと思わず息を着いた時、常盤が自室の扉を閉めた。
 「蘇芳、どんな先を視た?」
 「・・・・・ああ」
(そうだったけな)
口から出まかせというか、常盤の関心を引くのに一番良い話題を振ったのだが、その後のことを考えていなかった。
 しかし、蘇芳は表面上全く焦った様子は見せない。どんな嘘だってまるで真実のように話すことは簡単だった。
 「捜し物をしているだろう?」
 「・・・・・」
 「その行方はまだ掴んでいない」
 「・・・・・それで?」
常盤は目を細め、口元を緩めながら聞き返してきた。その表情とは裏腹に纏っている気が硬質なものに変化して行っているのが良く
分かる。
(馬鹿なことを言ったら、この場で俺を殺しそうな雰囲気だな)
 蘇芳はにやりと口角を上げた。
 「捜し物は、東」
 「東?」
 「そう。早く手を打たないと、横から掻っ攫われるかもしれないぞ」
 「・・・・・」
常盤は真っ直ぐな視線を向けてくる。その視線を、蘇芳もじっと見返した。
ここで少しでも不審を抱かせては、自分の信用はおろか身代わりになっているコーヤにまでも危険が及ぶかもしれない。
 堂々とした虚言。
コーヤ以外につく嘘になど、何の後ろめたさも感じなかった。
 「・・・・・それ以外は?」
 「さあ。捜し物が何なのか分からないからな、俺が分かるのはここまで」
 そう言いながら蘇芳は扉に手を掛ける。
 「待て、蘇芳」
唐突に呼び止められ、蘇芳の指先に少し力が入った。
 「・・・・・」
 「どうしてそれを私に言おうと思った?お前は自身の得にならないことに動くような男じゃないはずだが」
 「・・・・・泊めてもらっているお礼、かな。俺も少しは大人になったんだ」
(ゆっくり・・・・・慌てるな)
 蘇芳は扉を開けて、ゆっくりと後ろ手に閉めた。今度は常盤も呼び止めることはなく、蘇芳はことさら足取りものんびりとその部屋を
離れる。
少しでも早くコーヤに会いたい。だが、今は自分の行動に細心の注意を払わなければならなかった。




 トキワが去ってからも、昂也は顔を隠す布を取ることが出来なかった。
あんな不意打ちが二度も続くとは思わなかったが、本当に自分は今油断のならない場所にいるんだということを身をもって思い知った
気がしていた。
 スオーと会ったことに対しても、彼が本当にこの屋敷の中にいるのだとしてどう連絡を取ればいいのか。
 『・・・・・やっぱり、明日を待つしかないよな』
ヤマブキなら、多少屋敷の中を自由に動くことは出来るはずだ。彼にスオーの特徴を伝え、捜してくれと言うのが確実な方法かもしれ
ない。
 「・・・・・はぁ」
(寝ようかな)
 何時までもこの場にいて考えていても仕方が無い。
昂也は立ち上がると、奥の寝室になっている場所に移動しようとした。

 トントン

 「!」
(だ、誰かっ?)
 ドアがノックされた。再び常盤が戻ってきたのかと、昂也は息をつめて気配を探る。

 トントン

反応を返さない昂也をどう思ったのか、再びノックの音がした。
夜更けとは言えない時間だったが、旅の疲れでもう休んでいると思ってくれないのだろうかと思った。
しかし、考えたら常盤はあの少女の夫となる人物で、無視すれば妙な対抗策を打って出られるかもしれない。
(ど、どうすれば・・・・・)
 自分の行動に、あの少女だけではなくその町の運命も懸かっていると思えば足が竦む。
その時だった。
 「俺だ」
 小さく聞こえてきた声。
 「・・・・・っ」
考える前に反射的に身体が動き、昂也はドアを勢いよく開けてしまう。
目の前にいたのはもう懐かしいと思うほど会っていなかった、黒髪に赤み掛かった紫の瞳の主。彼は近眼鏡の奥の切れ長の目を細
めて自分を見下ろしていた。
 「ス・・・・・ッ」
 スオーと名を呼ぶ前に、腕を引かれてその胸の中に抱き込められる。
 「・・・・・この馬鹿っ。どうして俺を一番先に頼って来ないっ」
 「ご、ごめ・・・・・」
ちゃんとした謝罪は、頭を胸に押しつけられたせいで口の中で消えてしまう。それでも強く抱き締めてくるスオーの腕の力に、昂也は
自分がどんなに彼に心配を掛けてしまったかをヒシヒシと感じていた。