竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
23
※ここでの『』の言葉は日本語です
コーゲンに促された昂也は、そのまま別室にいるヤマブキを呼びに向かった。
コーゲン達とヤマブキを会わせていいのかどうか、躊躇することはなかった。それだけ昂也はコーゲン達を信じているし、彼らならヤマブ
キと話し合い、良い方法を考えてくれるのではないかと思えた。
トントン
何かあったら何時でも来るようにと言われた部屋のドアをノックすると、直ぐに中からそれが開かれる。
顔を見せてくれたのはヤマブキで、佇んでいる昂也の姿に厳つい顔を顰めながら身を屈めて話し掛けてきた。
「何かございましたか、瑠璃様」
「・・・・・」
ヤマブキの背後では、呂槻から同行した者達がいる。声を出しては人違いだと知られてしまうと思った昂也は、ヤマブキの腕を掴ん
できてくれとジェスチャーで促した。
ヤマブキも直ぐに何かあったのだと分かったらしく、背後の者に待機するようにと言ってから廊下に出てきてくれる。
「何があった?」
「こっち、きて」
詳しいことはここでは言えなくて、昂也はヤマブキの腕を掴んだまま自分の部屋として宛がわれた場所へと足を急がせた。
「!」
部屋のドアを開けた瞬間、見知らぬ男がいたことにヤマブキの纏っている気配が瞬時に剣呑なものになったのを肌で感じる。
その一瞬後には昂也の姿を自身の背後に庇い、鞘から剣を抜こうとした行動に昂也は慌てた。
「ま、待って、ヤマブキ!」
「何者だ?どうやってこの館に入ってきた?」
昂也の制止の声などまったく耳に届かないように威嚇するヤマブキの服を引っ張り、昂也は違うと主張した。
「コーゲンとスオーは仲間!」
「・・・・・」
声が耳に届いたというよりは、服を引くその行動に意識を引き寄せられたようにヤマブキが振り向く。
目が合い、まだヤマブキの気配が冷たいことにブルッと身を震わせたが、昂也は何とかこの2人が自分達にとって味方なのだとヤマブ
キに分かってもらうように言った。
「2人、俺のともだち!ぜったい、力、くれるからっ!」
「・・・・・」
「ほんとだから!」
「・・・・・コーヤ」
昂也の名前を呟き、ヤマブキはしばらくして少しだけ息を吐く。それで落ち着いてくれたのか(それでも警戒は解かないまま)、改め
て彼はコーゲン達の方へと身体を向けた。
コーヤに宛がわれた部屋の扉を開けた瞬間、そこにいた見慣れぬ男達の姿にヤマブキの警戒心は一気に高まった。
まさか、常盤がコーヤを疑って何者かを寄越したのではないか。自分を呼びにきたのがコーヤ本人だったということを一瞬忘れ、直ぐ
に反撃が出来るように剣を構えようとした。
「コーゲンとスオーは仲間!」
しかし、次の瞬間にコーヤの口から出た言葉、続く懇願に、ヤマブキの中の疑念が少しずつ収まってくる。
まだ完全に信用出来る相手だとは分からないものの、この2人がコーヤと顔見知りなのは間違いが無いようだ。それならばきちんと話
をしなければと思った。
「私は呂槻の山吹という。長に仕えている者だ」
すると、まず珍しい赤い髪に赤い瞳を持つ男がにこやかに笑みを深めた。
「私は江幻、医者です」
「医者?」
(それにしては・・・・・気が強い)
ただの医者が持つにしては相当に強い気の持ち主だ。多分、能力者だとは思うが、表面上の穏やかな雰囲気からはあまりそれを感
じさせない。
「俺は蘇芳、先読みだ」
「・・・・・」
続いて、少し不機嫌な口調でもう1人の男が言った。黒髪に赤み掛かった紫の瞳。近眼鏡を掛けたその男、蘇芳はまったく自分
の持っている気を隠そうとはしていない。
敵意、とは少し違う気はするものの、明らかに好意的ではないその視線に山吹の眉間にも自然と皺が生まれてしまった。
「蘇芳、最初から喧嘩腰でどうするんだ?」
「・・・・・別に、喧嘩をするつもりは無い」
「顔が否定しているけど」
くくっと楽しそうに笑っている江幻という男は、蘇芳とはまったく違い自分には敵意はなさそうに見える。しかし、こういった男の方が厄
介だということも十分分かっているので、山吹は油断無く言葉を続けた。
「コーヤからどこまで聞いた?」
「すべて」
「・・・・・」
思わずコーヤを見下ろすと、既にずらした布の間から現われた顔は情けなく歪んでいる。勝手にすべてを話したことを申し訳なく思っ
ているらしいことが丸分かりで、さすがに山吹も怒るに怒れなかった。
(これは・・・・・どう考えればいい?)
最重要の秘密を知られたことを警戒するべきか、それとも頼りになる仲間が増えたと思っていいのか。
コーヤの態度からはこの2人にかなり心を許している雰囲気はとても伝わるし、山吹自身、大きな秘密をコーヤにだけ背負わせている
のは可哀想だった。
彩加とも、呂槻とも、まったく関係ないだろう者達。もしかしたら・・・・・その中で新しい答えが見えてくるかもしれない。
山吹は真っ直ぐに江幻を見つめる。逸らさずに見返してくるその視線に少し頬を緩め、山吹は頭を下げた。見も知らない相手にこう
して弱みを見せることを恥ずかしいとは思わない。
呂槻のため、瑠璃のため、そしてここまで自分達のために力を貸してくれたコーヤのためにも、利用できるものは何でもしたかった。
いかにも軍人といった様子の山吹だが、どうやらその思考はかなり柔軟のようだ。
(案外、話せば分かる人物なのかもしれないな)
そう思った江幻は、改めて山吹の口から現状の説明を聞いた。コーヤの説明でも十分分かるのだが、それでも呂槻と彩加の関係は
当事者の口から聞いた方が早い。
「じゃあ、姫君を輿入れさせないと、武力で制圧すると言われたと」
「はっきりと言葉で言われたわけではない。だが、言外にその思いは強いと思う」
「・・・・・」
「都は彩加だが、我が呂槻の町も十二分に力を持っている。今までは独自に政を行ってきたし、彩加とも友好的な関係を築いて
きたと思ったが・・・・・長が常盤に変わってから、随分その関係は変化してしまった」
「なるほど」
江幻は隣に座る蘇芳を見る。蘇芳も直ぐに苦々しく頷いた。
「あいつはすべて自身の損得で考えるからな。俺もよく知っているわけではないが、以前先読みをした時も、都や民の話ではなく、
すべてが自身に係わることだった」
表向きのあたりは柔らかいと感じたが、やはりあの目は他人を信じているとは言えないものらしい。短い対面の江幻が思っているくらい
だ、隣接する町の山吹がそれを感じていないわけが無い。
「・・・・・そのような相手に瑠璃様を嫁がせることは皆反対したが、長は常盤の冷酷さを感じ取ったのだろう、娘1人と民の命を比
べたら考えるまでも無いと諾の返答をなされた」
「でも、それを直前まで本人には知らせなかったと」
「・・・・・まさか、まさか自害まで図られるとは・・・・・っ」
歳が離れていても、幸せな夫婦というのはいるだろう。だが、呂槻の姫は本能的に常盤の冷酷さを感じ取り、とても傍で生きて行け
ないと考えたのかもしれない。
もう少し大人なら、それでも父や民のことを考えて泣く泣くすべてを諦めたかもしれないが、ある意味この姫はとても幼く、脆い心の
持ち主だったということだ。
「それで、コーヤが身代わりを申し出たということか」
真っ直ぐな心の持ち主であるコーヤが、呂槻の現状を知って黙っていられなかっただろうと思いながら笑うと、山吹がいやと否定して
きた。
「コーヤにはこちらから無理矢理頼んだ」
「ヤ、ヤマブキッ」
「小柄で、十分瑠璃様の代わりが出来るだろうと・・・・・コーヤには、無理強いを・・・・・っ」
「・・・・・」
(本当に・・・・・コーヤが見捨てられないわけだ)
ここまで正直な男を、コーヤのような性格ではとても見捨てることは出来ないだろう。
それはそれとして、江幻は改めて山吹に問うた。
「そして?これからどうするつもりでした?」
「・・・・・」
「当初のように、式を挙げて・・・・・それから?」
仮に、そこまでコーヤと姫の入れ替わりがバレなかったとしても、その後のことはどうか?
常盤が幼い少女にまで欲を感じる人物かどうかは分からないし、当面手を出さないにしても正式な妻となればここから出ることは容
易ではなくなる。
「それは・・・・・」
「そこまでは考えていなかったと?」
更に問い詰めると、山吹は深く頭を垂れた。
「・・・・・すまない」
「・・・・・」
「俺は何をしているんだろうな・・・・・」
言葉は悪いが、その場をごまかすだけごまかして、後を考えていないというのはとても情けない話だ。
遠く離れている姫には直ぐには被害は及ばないだろうが、この場にいるコーヤがどれほど危険な立場か。
改めてそれを考えたのだろう、山吹が呟くのに同情はしなかった。ここで直ぐに慰めたとしても状況が変わるわけでもない。
(それにしても・・・・・)
ようやく再会することが出来たコーヤは、またなんと困った立場にいるのだろうか。
「・・・・・」
「・・・・・コーゲン?」
女の衣装を着たコーヤは、その容姿と相まって本当に少女のようだ。ただし、そんなことを言えば男らしいコーヤが怒ることは確実で、
江幻はその姿を目に焼き付けるようにして微笑んだ。
ヤマブキの詳しい説明を聞いて、コーゲンとスオーはどう思っただろうか。
苦笑したコーゲンと、少し不機嫌そうなスオー。表情だけを見たらなんだか呆れられているのが分かるものの、優しく頭を撫でてくれる
コーゲンの手に、見捨てられたわけではないのだと安心してしまう。
(でも、責任を押し付けちゃ駄目だよな)
現状は、自分がとった行動のせいだ。どうにかしてくれるだろうと安易に思うのは止めようと思う。
「江幻、お前が立会人をするんだよな?」
「一応、そう申し出たしね。どうやら常盤殿は、こう言ったら山吹殿には申し訳ないが、今回の婚姻をそれ程大事に思っていないよ
うだし。ああ、婚姻自体は町のこともあるし大切かもしれないけど、姫自身には・・・・・どうです?」
「・・・・・確かに、そうだろう。常盤は瑠璃様本人に興味は無い。まだ・・・・・そこに愛情の欠片でもあれば、その思いに縋ることも出
来ると思うが・・・・・」
「無理だな」
すっぱりと蘇芳が言った。
「あの男はそんな性格じゃない」
「・・・・・」
「それに、今は多分別のことに頭がいっている」
その言葉には江幻も頷く。
目の前に本人・・・・・コーヤがいるのではっきり言いたくはないが、常盤は明らかに竜人界の宰相、白鳴が捜している人間を手に入
れようとしているはずだ。
それが、コーヤ自身にと言うよりは、それによって紅蓮の傍に近づくことが目的だと思うものの、常盤がコーヤ本人に会ってしまうとそれ
も変わってしまう可能性が出てくる。
(人間嫌いの紅蓮の心をも解かしたしねえ)
出来れば、会わせたくない。
「どうしようか?」
蘇芳に聞くと、お前が考えろと言われた。
「悪知恵は得意だろう」
「なに、それ」
「・・・・・」
どうやら、蘇芳はそのことについて考えるつもりはないらしい。さっさと立ち上がるとコーヤと山吹の間に無理矢理割り込み、戸惑うコー
ヤの腰を抱き寄せてその肩に顔を埋めた。
(コーヤが足りないのは私もなんだけれど)
戸惑うコーヤと、目を瞬かせる山吹。この状況を自分だけに押しつけるなんてと思いながら、江幻はどうすれば一番良いのかを考え
始めた。
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