竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 スオーの出現により、トキワの雰囲気が変わったのが分かった。
いったい、この2人の間には何があるのか、昂也が不思議に思いながら視線を向けていると、隣からそっと腕を引かれて反射的に視
線を向けた。
 「コ・・・・・」
ゲンと、名を呼ぼうとしたのをそっと抑えられ、コーゲンが顔を寄せてくる。
 「ここは蘇芳に任せていたらいい」
 「・・・・・」
(い、いいのか?)
考えたら、スオーはこの結婚に関してまったくの第三者のはずだ。それなのにどうしてトキワと・・・・・?
2人の関係が分からなくて突っ込んでコーゲンに聞きたかったが、この場で声を出すのは絶対に駄目だ。
(部屋に戻ってからにするしかないか)
 この場で迷っていても仕方が無い。そう昂也が納得したのが分かったのか、コーゲンが直ぐ傍にいるヤマブキに視線を向ける。
それに応えるように、ヤマブキが一歩前に出てトキワに言った。
 「お話中失礼する。常盤殿、瑠璃様は部屋に戻ってもよろしいか」
 「・・・・・」
 その声に、トキワの眼差しが再び自分の方へと向けられた。
薄い布越しにでも分かるトキワの冷酷な眼差し。とても今日結婚したばかりの花嫁に向けるものではないそれに、当事者ではないは
ずの昂也も胸が痛んだ。
 「瑠璃は正式に私の妃となった。2人で過ごす時間はこの先もある・・・・・瑠璃」
 「・・・・・」
 「ゆっくり休まれるといい」
 「・・・・・」
 昂也は頷いた。一見言葉は優しいが、その中にはどれほどの誠意が込められているのかと疑いたくなる。
 「では、瑠璃様」
そんな昂也の背中を軽く押して、ヤマブキが歩き始めた。その後に、さりげなくコーゲンもついてくる。
(スオー・・・・・頑張れ)
この後、スオーがトキワとどんな話をするのかは分からないが、今の昂也にはそう願う以外何も出来なかった。




 小柄な花嫁が、大柄の供に促されて広間を出ていく。
その後ろ姿を、灰白は観察するように見つめた。
(・・・・・やはり、何かが違うような・・・・・)
 噂に聞く呂槻の姫は、その年齢もさることながらかなり内気で、大人しい少女ということだった。しかし、今回自分と対した姫は随分
と気丈な雰囲気だった。
 それは、何時も俯きがちな態度とは別の、こちら側に感じ取れる気で分かったことだ。いや・・・・・。
(はっきりとした気を感じ取ることが出来ない)
まるで、何かに遮られるかのように見えない気。
 「・・・・・」
 灰白はそれが気になって仕方が無いが、主の常盤は竜人界の宰相、白鳴が捜している人物が気になって仕方が無いらしく、新し
く妃になった少女には関心が向かないらしい。
 このままではいけない・・・・・そんな思いが急速に高まる。
なぜか、ここにきて存在を主張する招かざる客人たちのことも含め、灰白は少し調べなければならないと思った。




 本当は走って戻りたかったがそうもいかず、ヤマブキに手を引かれた格好で昂也はゆっくりと歩いた。
擦れ違う召使いたちは皆傅き、口々に祝福の言葉を掛けてくれる。
(俺、姫じゃないのに・・・・・)
 そのたびに罪悪感は膨らんでいくものの、昂也は感謝の気持ちを示すように何度も頭を下げ、ようやく自身の部屋にと宛がわれた
部屋に戻った時は大きな溜め息をついてしまった。
 「お疲れ様」
 ここまで一緒に来てくれたコーゲンが、苦笑を漏らしながらそう言ってくれる。
無意識のうちに頷き掛けたが、多分自分よりも大変だったのはここにいる2人と、今トキワと対峙しているスオーだろう。
出来るだけ疲れた顔を見せないようにしないとと、昂也は布をずらして顔を見せながら言った。
 「だいじょぶ、つかれてない」
 「コーヤ」
 「スオー、へいき?」
 「ああ、あれが今回のあいつの役割だからね。それに、コーヤの花嫁姿を見ることが出来て、本人も満足しているんじゃないかな」
 「や、やく?」
 思わず昂也が聞き返した時、コーゲンが笑いながらしっと唇に指を当てる。
まさか側に誰かいたのかととっさに唇を噤むと、そのままコーゲンは今入ってきたのとは別の入口のドアに手を掛けた。
 「コーヤの心配を一つ減らしてあげよう」
 「え・・・・・?」
いったいどういう意味だと問い掛ける前にコーゲンがドアを開いた。
 「!」
そこに立っていたのは懸念するトキワ側の者ではなく、昂也がどうしているのかと心配でたまらなかった茜だった。
 「・・・・・っ、茜!」
 大きな声を出してはいけないことは分かっていた。
それでも昂也はその名前を叫び、思わず駆け寄ろうとして、
 「うわぁっ!」
再び、長い衣装の裾を踏んでしまう。
 「コーヤッ?」
伸びてきた複数の手の中で一瞬早かった茜が、昂也の身体を抱きとめてくれた。




 「あいつはお前のことを心配している。茜、自分の身が可愛いならこのままこの場から引き返せ、あいつには俺達が付いている。だ
が、自らもあいつのことを守りたいと思うのなら、俺と一緒に城に向かうぞ」

 蘇芳の言葉は茜の心を揺さぶり、それまでは避けることしか考えなかった常盤の暮らす城へと足を踏み入れる決意を持った。
今となってはどうしてそこまで常盤を避けるのかと自分でも思うが、頑なだった自身の気持ちを変えるきっかけをくれたのはやはりコー
ヤだと思う。
そのコーヤを守るには、こんなに離れていては何も出来ない。
どんなに力があったとしても、それが届く範囲にいなければ意味もない。
 蘇芳と共にやってきた常盤の城の中には、茜が呆気なく思うほど簡単に入ることが出来た。この男がどれだけ常盤の信頼を得てい
るのか、その待遇からも分かる気がする。
 「・・・・・ここは?」
 「ここが、呂槻の姫のために建てられた屋敷だ」
 その言葉に、茜は少しだけ感心して呟いた。
 「・・・・・それなりの待遇は考えているということか」
 「俺は今からコーヤの元に向かう。お前はこの中で待っているといい」
 「おい」
そのまま背中を向けた蘇芳を、茜はとっさに呼び止めた。
このまま自分だけをここに置いて行かれたら、せっかく城の中まで侵入した意味がない。
 「まさか、途中から来たくせにいい場面に割り込む気じゃないだろうな?」
 しかし、蘇芳は口元に皮肉気な笑みを浮かべ、じろりと自分を睨んできた。
 「俺はそんなことは考えていない。ただ、コーヤが本当に無事なのか気になるだけだ」
 「それならば心配するな。俺の連れが上手くやっている」
じゃあなと短い言葉を残し、蘇芳はそのまま城の中へと向かって行く。その後を何も考えずに追うことは出来ず、茜は諦めて背後の屋
敷の中に足を踏み入れた。

 そして、目の前にコーヤが現れた。
想像していた以上に花嫁の衣装に身を包んでいたコーヤは愛らしく、少しだけ顔の部分の布をずらしているせいか、自分を見て目を
丸くしている様子がよく分かった。
 「茜っ!」
 離れていたのは、それほど長い時間ではない。
それなのに、必死で自分を求めてくれるコーヤの思いが嬉しくて、誰にもその身体を渡したくなくて、茜は手を伸ばして細い身体を抱き
しめた。
 「よ、よかったっ、よかった・・・・・っ」
 「コーヤ」
 「お、俺、しんぱ、しんぱ、い・・・・・」
 「悪かった」
 守ると誓ったくせに、肝心の所で手を離してしまった罪悪感は消えない。
その分、今からは絶対に離れないと、茜はさらに抱きしめる手に力を込めた。




(・・・・・これは・・・・・)
 あまり、よい気持ちではない。
蘇芳ほど独占欲が強いつもりはなかったが、今目の前で抱き合っている2人の姿は見ていて楽しいものではなかった。
目の前にいる男に向けるコーヤの思いは多分純粋な信頼だとは思うものの、男の方はどうだろうか。
江幻が実際に男・・・・・茜と会うのはこれが初めてなのではっきりとしたことは言えないが、コーヤの温かさと明るさに惹かれる男が1
人増えてもおかしくはないと思えた。
(でも、これ以上は・・・・・)
 「もうそろそろ落ち着いた?」
 「・・・・・っ」
 声を掛けると、茜にしがみつくようにその胸に顔を埋めていたコーヤが慌てて顔を上げた。その目元が赤くなっていたのは今は見逃し
てあげよう。
 「・・・・・」
そんな初々しい反応を示すコーヤとは反対に、茜はせっかくの時間を壊されて憮然とした表情だ。
 「ご、ごめん、コーゲン、俺・・・・・」
 「コーヤ、彼を紹介してくれるかな?私は会うのが初めてなんだけど」
にっこりと笑って言えば、コーヤが側に立つ茜を見上げた。




 茜がここにいることにはびっくりしたが、ここにいる時点でコーゲンとは顔見知りだと当然のように思っていた。
しかし、考えたら自分が今までの経緯を話した時に茜の名前を出しただけで、実際に2人が顔を合わせたわけではないと改めて気付
かされた思いだ。
 「コーゲン、茜。俺を助けてくれた」
 「こちらに戻ってきて直ぐだったね」
 「うん」
 再会した時も、なぜ最初に自分達を頼ってくれなかったのかと怒られてしまったが、この茜がいてくれたから頼ろうという気持ちが後
ろに追いやられてしまったのは確かだ。
まさか、そのことでコーゲンが責めるわけはないと思いながらも、昂也の声は自然と小さくなってしまった。
 「あらためて、よろしく。私は江幻、医師をしている」
 「・・・・・茜だ」
 「コーヤが世話になったね、ありがとう」
 まるで保護者のようにコーゲンが礼を言うと、茜の顔が苦々しいものに変化する。
(茜?)
 「・・・・・蘇芳にも言われたが、あんた達にコーヤのことで礼を言われることはないが」
 「それは、悪かった」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・?」
その場の雰囲気が少し変なことを感じたが、昂也は自分がどうしていいのかは分からない。
コーゲンと茜の顔を不安に思いながら交互に見つめていると、最初にその視線に気づいてくれたコーゲンがフッと目を細めて頭を撫で
てくれた。
 「悪かったね、コーヤ。今考えなければいけないのは、この城の中からお前を無事に出すことだ」
 「コーゲン」
 「その協力をしてくれるんだろう?」
 再び、コーゲンが茜を振り返って言う。すると、
 「当然だ」
茜は即座にそう答えた。
その返答に満足したようにコーゲンはさらに笑みを深くして、コーヤに良かったねと言ってくれる。自分の分からない間にどんどん話が進
んでいくようで、昂也は2人の会話を聞き逃さないようにしなければと強く思った。