竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
27
※ここでの『』の言葉は日本語です
「でも・・・・・これで、ひと安心」
信頼出来る2人を前に、昂也は再び安堵の息を漏らす。
目の前にトキワという存在がいなくなっただけでも、妙に緊張していた気持ちが自然ととけていった。だが、そんな昂也とは別に、今
の状況に完全に安心していない者がこの場にはいた。
「まだ安心は出来ない」
「え?」
昂也は振り返る。そこに立っていたヤマブキは妙に硬い表情をしたまま、じっとコーヤの顔を見つめていた。
「ヤ、ヤマブキ?」
「お前は・・・・・御苦労だった、コーヤ。なんとかここまでやれたのもお前のおかげだ」
言葉はかなり柔らかい物言いだったが、眼差しの中から厳しさは消えていない。
「お、俺は、何も・・・・・っ」
「茜、江幻」
昂也の否定の言葉に一瞬だけ目を伏せたヤマブキは、次の瞬間には真っ直ぐに顔を上げて厳しい口調を崩さないまま言った。
「何とかこの場はしのいだが、この先のことは早急に考えなければならんだろう。我が呂槻のことももちろんだが・・・・・」
「・・・・・?」
(ヤマブキ?)
彼の視線に昂也が首を傾げると、ヤマブキは溜め息混じりに言葉を押し出す。
「多分、コーヤのことも・・・・・常盤は・・・・・」
そこでいったん言葉を切ったヤマブキ。その続きを昂也は待ったが、ヤマブキは口を噤んだままだ。
トキワという存在の不気味さを用心しているのだろうかと心配になった。彼がこれほど心配しているのは、その背に呂槻という一つの
町の存在があるからかもしれない。
(俺は、何を言ったらいいんだろう・・・・・)
それも分からないわけではないが、どう言えばいいのかと昂也が困惑していると、なぜかコーゲンがにこやかに笑いながらヤマブキの
肩を唐突に叩いた。
「いいねえ」
「・・・・・なんだ」
「それくらい用心深いのはいいことだよ。コーヤ、お前は本当に面白い人材を引き付ける」
声が出るほど笑っているコーゲンに、ヤマブキの眉間の皺が深くなる。
「コ、コーゲンッ、笑ってていーのかっ?」
こんなんじゃ何時まで経っても話が進まないと言おうとしたが、コーゲンはやんわりと昂也を制して言葉を続けた。
「そんなあなたなら、人を見る目も有ると思うんだが・・・・・私はそんなに信用が無いように見える?」
盲目的に誰をも受け入れる人の良さも悪くはないが、端から懐疑的な目を持つ者もどうだろうか。
己が人からどう見られているのか分かっているつもりの江幻は、意識的に笑いながら目の前の男を見つめた。
コーヤの話からも生真面目で実直な人柄だということは分かっているつもりだし、自身の主人やその姫のために、こんな危険な身代
わりまで立てたのだ、豪胆な人物でもあると思う。
そんな相手なら・・・・・。
「・・・・・江幻」
「違うかな」
そう言うと、山吹の顔が苦々しく歪む。
「・・・・・情けないが、知恵を貸して欲しい」
多分、そう言うしかなかったのだろう。本当は容易には信じられないが、自分1人の力では限界がある。
賢明なその判断に、江幻もそれ以上悪戯に話を複雑にすることは止めた。
一番に考えなければならないのは、今回の身代わりの件が常盤に知られること無く、コーヤをこの城の中から連れ出すこと。
それはここにいる者達全員の共通する目的だ。
「今の時点では常盤はコーヤのことを疑ってはいないよ。ただし、不味いことにコーヤに、いや、この場合は瑠璃姫に、常盤が少々
興味を持ってしまったことだな」
自分の言葉にコーヤは不思議そうな顔をしているが、あの場にいた山吹は納得したように頷いている。
その場にいなかった茜さえも否定的な言葉を言わなかったので、多分これは予想出来る範囲のものだったに違いない。
「大丈夫か?」
「どうかな。でも、常盤にコーヤを渡すわけにはいかないだろう?」
当然というように江幻が続けると、当たり前だと茜が言い切った。
「あいつにコーヤは渡さない」
「・・・・・本来、コーヤはこちらが巻き込んだ者だ」
山吹も、同意するように頷く。
「なんか、違う、思うけど」
ただ、当の本人だけはそのことに納得していないようだが、今は自分達3人の見解を軸に考えるとして、江幻は茜と山吹に対して言っ
た。
「さっきの承認式で、瑠璃姫は常盤の第三妃として認められた。多分、正式な書類が王都に届くにはもう少し間があるだろうけど」
民間人の結婚はそれぞれの町の長に届をすればいいだけだが、これがその長というのならもう少し手続きは複雑だ。
地位があるものが何人もの妃を娶ることも許されているものの、それらはすべて王の承認を得なければならない。王がその婚姻に否
と言えば、結婚は認められないことになっていた。
(結局、紅蓮に言えば話は早いんだが)
今回の結婚にコーヤが絡んでいると知れば、紅蓮は絶対に常盤と瑠璃の婚姻を認めないだろう。
一番確実で、一番簡単な方法なのだが、案外・・・・・難しい。
「ただ、時間の猶予はもうないだろうね」
「どーして?」
そうでなくても、どうやらトキワ自身今回の結婚に興味が無いらしい。当事者としては悲しいことだろうが、あくまでも政治的な取引と
してこの婚姻が成立したと聞く。
一応、結婚をしたとなったら、それこそトキワは安心して余計にこちらに向かってくることは無くなってくるのではないかと思うのだが、
そう説明する昂也にコーゲンは甘いと苦笑を零した。
「たとえ興味が無いとしても、自分のものになったとしたら一口くらい味見をしてみたいと思うのが男じゃないか」
「あ、あしみ?」
「そう、味見」
(な、なんだ?それ?)
初めて聞く単語の意味に首を傾げたが、他の者達には十分意味が通じたようだ。
茜も、そしてヤマブキも、眉間の皺を深くして唸るものの、コーゲンの言葉に反論する気配は無い。
「じゃあ、本当に早い方がいいな」
「式を終えて、花嫁が顔を隠す意味が無くなった。何時、常盤が瑠璃様のお顔を拝見したいと言い出すかも分からない」
「あ・・・・・」
それは、昂也にも納得出来た。
今は顔に何重もの布を巻いて、表情どころか顔立ちさえ悟られないようにしているが、正式にトキワと結婚したとなるとその布も取らな
ければならない。
「う、うわっ、どうしよ〜っ」
黒髪はまだしも、この瞳を見られてしまったら、絶対に竜人ではないとバレてしまう。
「コ、コーゲンッ」
思わずコーゲンの服を縋るように掴むと、安心しなさいと落ち着いた声で言われた。
「少しは時間稼ぎは出来るはずだし」
「え?」
「お前のために動きたい男がもう1人いるだろう?」
意味深にそう言われ、昂也はじっとコーゲンの赤い瞳を見つめ返す。今の言葉を何度も頭の中で繰り返した昂也は、あっと思い付
いて顔を綻ばせた。
コーヤの手が、江幻の服を掴んでいる。
「・・・・・」
自分以外の男を頼るコーヤを見ることがこんなにも苦々しいのかと思うが、本来は自分よりも先にコーヤと出会っていた男なのだ、そ
れも無理は無いかもしれない。
(人間であるコーヤを受け入れ、これだけ心を通わせているとは・・・・・)
その珍しい容姿も合わせて、江幻という男はどうも侮れない。
「それっ、スオーッ?」
「なんだ、忘れていたのかい?蘇芳に言ったらきっと悲しんで、酷いお仕置きをされるかもしれないよ」
そして、侮れない男はここにいないもう1人の男、蘇芳も同様だった。
コーヤのために本来は見も知らない自分を捜し出し、今回の計画にも協力しようとしてくれている。
きっと、江幻も蘇芳も、常盤を敵に回すリスクを考えているだろうが、それでもなおこちら側に付いてくれる要因はコーヤという存在し
かいない。
自分達を結び付けているのが人間の少年だということが、何だか不思議でたまらなかった。
「今夜だと思わないか?」
「・・・・・え?」
己の思考に浸っていた茜は、不意に話の矛先を向けられて返事に詰まる。
それに呆れることなく、江幻は説明を繰り返してくれた。
「コーヤをここから連れ出すことだ。いくら蘇芳が美味しい餌をバラまいても、それを裏付けする確かな証拠というものはない。だとし
たら、その目はどこに行くと思う?」
女関係の浮いた噂は聞かない常盤だが、思いがけず気に入りそうな妃をこのままお飾りにするとは思えない。
実際に抱くか、それとも。その境界線は判断が出来ないが、今より危険な状況にはなりそうだ。
「確かに、一刻も早い方がいい」
「そこでだ、こそこそとするんではなく、むしろ堂々とここを出て行きたいんだが」
躊躇いも無くそう続けた江幻を、今度は呆気に取られて見てしまう。
「そんなこと無理・・・・・」
「だから、私がいるんじゃないか」
「お前、が?」
「私は医師だが、神官の資格もあるんだよ。それなりに言葉には信用がある」
神官。そう聞いた時、嘘だという言葉は出てこなかった。江幻の持つ一種異様な雰囲気は、神官という特別な力を持つ者だからと
いえば納得出来るものだ。
何人か知っている神官も、思い出せばどこかのんびりとした、捉えどころのない者が多かったような気がする。
(ますます、分からないが)
ただ、どうしてそれほどの力を持った者がこんな所をフラフラと、それも人間の少年であるコーヤに力を貸そうとしているのか。
「瑠璃姫には、病気になって頂こう」
「・・・・・は?」
「生まれ故郷の特別な薬草でしか直らない病。娶ったばかりの妃が大切ならば、一刻も早く国に返した方がよろしいかと」
恭しく進言してやろうと、江幻は楽しそうに笑って言った。
コーゲンと、茜と、ヤマブキが、顔を会わせて話を続けている。
逃げようとか、夜とか。所々の単語から察するに、どうやら着々と逃げる算段をしているらしい。
「・・・・・」
(俺も参加した方がいいんだろうけど・・・・・)
この国の地理がよく分かっていない自分が口を出してしまうのも違う気がして、昂也は意識を切り替えるために自身の身体を見下
した。
「これって、どーにかしないと・・・・・」
姫らしく着飾った服はもう脱いでもいいはずだ。顔を覆っている布はさすがにまだ外せないだろうなと思いながら、昂也は腰に巻かれ
た紐を解こうと悪戦苦闘をする。
今朝楽しそうに着付けを手伝ってくれたコーゲンの手際は感心するほどに良かったが、どうも懲りすぎているような気もした。
「・・・・・よし、と」
最初の紐を外すことが出来、昂也はモゾモゾと一番上の衣装を脱いだ。
続いて、ドンドン残りの衣装も脱いでいく。幾重にも巻かれた紐を解いて行くうちに身体が軽く、解放されていくようで、自然と動かす
手も早くなってきたが・・・・・。
「おいっ」
「何を・・・・・っ」
「コーヤ?」
「・・・・・へ?」
それぞれに呼ばれ、昂也はふと手を止めて顔を上げる。
「何をしているんだ?」
なかなか話せない茜とヤマブキとは違い、コーゲンが少し驚いたように聞いてきた。
「何って・・・・・脱いでる」
何枚か重ねて着せられていたワンピースのようなドレスを頭から脱ぎ、今は最後の紐で留めている下着を脱ごうとした時だった。
既に両腕は剥き出しの薄着になっていたし、下半身もやっと腿が隠れるくらいの下着姿だが、そう言えばこの姿はコーゲンも見ていな
かったかもしれない。
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