竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 紫苑に自身で決めた処罰を言い与えた後、紅蓮はその足で軟禁をしている琥珀と浅葱のいる部屋へと向かった。
牢屋には入れておらず、それなりの待遇を与えてはいるものの、もちろん扉の外には兵士が付いているし、気が使えないように何人も
の能力者で結界を作っていた。
 あの反乱の中で見せ付けられた琥珀と浅葱の能力は、そこまでしなければ抑えきれないだろうというのが、紅蓮と、紫苑を除く四天
王の意見だった。
 「紅蓮様」
 「どうした?」
 「あの者達の処罰は・・・・・」
 後ろを歩く白鳴が静かに訊ねてくる。
紫苑の時と同様、彼らの処罰も自身が決めるとあらかじめ伝えていたため、白鳴はいまだその内容を知らない。
それでも、紫苑に告げた罰の内容から、紅蓮がどのような考えを持って動いているかは気が付いているはずだ。
 「白鳴」
 「はい」
 「私は、間違えるかもしれない」
 周りをよく見、出来るだけ冷静な判断をしようと心掛けてはいるものの、それでも絶対に間違えないという確約は出来ない。
(王としての経験のない私は、いまだ偉大なる父を超えることは出来ないだろうが・・・・・)
 「紅蓮様っ」
 その時、見張りの兵士が紅蓮の姿を見つけて膝を折った。
 「どうだ」
 「変わりはありません」
 「そうか」
当初は食事を運ぶ召使いたちにも反抗的で、一切口もきかず、怒りの眼差しを向けていた2人。
しかし、その感情が落ち着き、さらにはコーヤがいなくなり、自分達が王に祭り上げようとしていた人間の少年が人間界に戻ってしまう
と、驚くほどに感情の波が穏やかになったという報告が上がった。
 何度か彼らと面談した白鳴からの報告を聞いた時、紅蓮は一刻も早く彼らの処遇も決めなければと思った。
改心したかどうかまでは分からないが、その心中に何らかの変化があった時点で、彼らはもう紅蓮にとっての敵では無くなっているの
だ。
 「・・・・・」
 紅蓮はもう一度白鳴を振り返る。
 「私を信じろ。新しい竜人界にとって必要な力をこのまま失うつもりはない」
その後、目線で合図をした紅蓮に、兵士が一礼してから扉を大きく開ける。
そこは2人を軟禁しているにしては少し広い、ただ、必要最小限の家具しか揃っていない部屋だった。
 「・・・・・っ」
 「紅蓮、様」
 椅子に座っていた2人は、突然入ってきた紅蓮に揃って驚いた表情をする。
そして、次の瞬間には椅子から立ち上がり、その場に跪くものの・・・・・まだ僅かに残っている対抗心からか、顔は俯かずに真っ直ぐに
紅蓮に向けられた。
 「今、紫苑に処罰を言い渡してきた」
 「紫苑に・・・・・」
 琥珀の頬が強張るのが分かる。
 「神官長としての位を剥奪すると共に、一介の兵士として我が手足となるように申し渡した」
 「!」
 「どうした?」
 「・・・・・死罪か・・・・・恩赦があって、追放だと・・・・・」
その答えに、紅蓮はさすがに苦笑を零した。一体、彼らの目には自分はどんなふうに映っているのか。
紅蓮の側近中の側近であった紫苑の裏切りは大きな罪で、本来なら厳罰を与える所だと確信していただろうし、これまでの紅蓮は
迷わずそうしてきた。
 だが、自分は変わったのだ。
己の矜持よりも、もっと大切なものがあるということに気付いた紅蓮にとって、その信じるものに心を揺さぶられることは無い。




 反乱という大罪を犯した自分達に与えられる罰。
それがどんなものでも受け入れるつもりだったし、聖樹の真意に気づかなかったとはいえ、この竜人界をより良いものにしようと思って
立ち上がったことを後悔はしていなかった。
 ただ、次期竜王となる紅蓮は自分達が思っていたような独善的で、他を顧みない者ではなかった。
こちら側の言い分も、最後まで聞く耳もあったのだ。
 それを早く知っていればとも思ったが、この紅蓮の変化が今回の戦いの中で生まれたものかもしれないと考えれば自分達の行動も
無駄ではなかったのだと思え、そのためにこの命を捧げたとしても後悔はしないとまで覚悟をしていた。
(だが・・・・・紫苑は違う)
 彼の真意はいまだに分からないが、それでもあれほどの能力者が闇に葬られなくて良かったと心から思った。
 「琥珀」
 「・・・・・」
琥珀は知らずに深い息をついたが、次の瞬間には深く頭を下げて紅蓮に言った。
 「寛大な処遇だと思います」
 多分、紫苑にとっても一番良い処遇だったのではないかと思い、そう言えば、紅蓮は少しだけ顔を歪めて静かに言葉を継いだ。
 「紫苑の思いは違っていたようだが」
 「違う、と?」
 「あれは、重い罰を願っていた」
 「・・・・・」
 「だが、私はそこで紫苑の願いどおりにしてやる気など無かった。あ奴がどれほど後悔の念に苛まれようと、傷付けた者たちへの懺
悔の思いが強くても・・・・・私は紫苑という存在を忘れられるものにしたくはなかった」
そう言うと、紅蓮は改めて琥珀と浅葱を交互に見つめる。
 「それはお前達も同様だ。重責を科せば話は早いだろう。お前達も、心のどこかでそうなることを願っていると感じている」
 「・・・・・っ」
 隣で跪く浅葱の拳が強く握り締められるのが目の端に映った。
紫苑に対する処罰が今聞いたものならば、多分自分達への罰も思い掛けないほど、いや、こちらが望まないほどに軽いものに違いな
い。あれほどの決意を込めて起こした乱の責任をとるまでが自身の責任だと思っている自分たちにとって、その温情こそが身を焼くほ
どに辛く、耐えがたい屈辱でもあった。
 しかし、紅蓮はそれを分かってなお、ここに立っているはずだ。
すべての思いを一心に受けとめ、昇華する。それこそ、この竜人界の頂点に立つ竜王と呼ばれる者の定めなのかもしれない。
 「琥珀、浅葱。お前達、および、今回の反乱に加わった能力者すべて王家の預かりとし、この先竜人界のために働いてもらう」
赤い眼差しが煌めいた。
 「反論は認めない、良いな」
 「・・・・・」
 否と言えば、どうなるのか。
そんな賭けをする気持ちは今の琥珀には無い。まだ王としては未完成の紅蓮を支え、更なる竜人界の発展をと、今の自身は望んで
いるのだ。
 「はい」
 「琥珀っ」
 「浅葱、お前もそう思っているのだろう?」
 何をと、すべてを言わなくても分かっているはずだ。
浅葱は眉間の皺を深くしたが、それでも琥珀にならって諾の返事を返した。




 もっと、激しい拒絶を受けると思ったが、琥珀も浅葱も紅蓮の言葉を受け入れてくれた。
中にはまだ反乱を犯した者たちを罰せずに受け入れるという紅蓮の手法に異議を申し立てる者たちが現れるだろうが、実際に闘った
軍の者たちは納得をするはずだ。
浅緋も、あの能力を葬ってしまうのは惜しいと進言していたし、白鳴も罰を与えるよりも身近に置いておいた方が制御しやすいと言っ
ていた。
 最終的な判断は自分でしたが、紅蓮はそれに後悔はしていない。
 「これからのことは白鳴や浅緋に決めさせる。それまで、今しばらくこの状態が続くが・・・・・辛抱いたせ」
そう言った紅蓮が退出しようと身を翻した時だった。
 「紅蓮様」
控えていた琥珀が声を掛けた。
 「なんだ」
 「罪を犯した我らが、これからの竜人界の発展に携わることを許していただいたこと、心より感謝致します。寛大なお気持ちを向けて
頂いた紅蓮様に対し、我らもこの竜人界のことを思い、懸念に感じていたことを進言いたします」
 「懸念?」
 思い掛けない言葉に紅蓮が訊ね返すと、琥珀は真っ直ぐな視線を向けて言葉を続けた。
 「先の反乱の謀議のおり、聖樹殿と顔を合わせた者が四方地(しほうち)の首長の中におります」
 「四方地の?」
それは、考えてもいない話だった。
竜人界を大きく分けた四つの地。東西南北にはそれぞれを治める首長がおり、その下に多くの町や村が存在している。
 四方地の首長は世襲ではなく、先代が指名した者が代々襲名し、その多くが能力者であって、王への様々な民の要望を伝える
窓口にもなっているので、大きな権力があるということは承知していた。
 だからこそ、王家に、いや、王に逆らう者などいないと思っていたのだが・・・・・。
 「・・・・・私に教えるというのか?」
 「その者と我らの間には、何のしがらみもありません。いえ、むしろ、わざわざこちらと接触したにも関わらず、その者は我らの志を鼻
で笑った。それでも聖樹殿はその力を欲していたようですが・・・・・今となっては、あの者がいなかったことを心から喜んでいます」
 聡明な琥珀がここまで言うのだ、その相手はかなり問題のある言動を見せたのだろう。
四方地の首長の顔を順に思い浮かべていた紅蓮に、琥珀ははっきりと強い口調で続けた。
 「それは・・・・・」
四方地の中で、突出して野心の強い男は・・・・・。
 「南の首都、彩加の首長、常盤です」




 「紅蓮様がお呼びです!」

 紅蓮の火急の命を受けた黒蓉は、急いで執務室に向かった。
白鳴と共に紫苑及び、琥珀達に会うということはあらかじめ知っていて、出来れば自身も側に付いていたいと申し出たが、他にやるべ
きことがあるだろうとそれを却下された。
 心配する気持ちを抱いたまま、黒蓉は紅蓮に任されたことについて動いていたが、突然のその呼びだしにすべてを放ってしまった。
(いったい何事だっ?)
いずれかの者が、紅蓮の決めた処罰を不服としてあらがったのか、もしくは他の問題が浮かび上がったのか。
なんにせよ、自分が側にいなかったことを後悔しながら、黒蓉は慌ただしく扉を開く。
 「紅蓮様っ」
 「黒蓉」
 部屋の中央に紅蓮は立っていた。
しかし、その服装は王宮内で過ごすようなものではなく、明らかな旅装束だ。
(いったいどちらに・・・・・?)
東の都、真紫呂から戻ってきたばかりの紅蓮が、この後直ぐにどこに行くかなど聞いてはいない。紅蓮の一番身近で彼を守るべき自
分が何も知らないなど、黒蓉は内心焦りながら口を開いた。
 「一体何事でございますか?どちらに行かれるのか私は・・・・・」
 「黒蓉、お前は彩加に行ったな?」
 「・・・・・彩加、に?はい、確かに参りました」
 唐突な言葉に、黒蓉はただ頷くしかない。
聖樹の起こした反乱が治まり、秩序が乱れてしまった竜人界を立て直すべく奔走していた紅蓮。彼は主に今まで目が届かなかった
小さな町や村に直接赴いた。
 その間、四方地には黒蓉と白鳴が赴き、紅蓮の意思を伝えたのだ。
 「それが、何か?」
 「常盤はどのような様子だった?」
 「常盤殿は、紅蓮様に忠誠を誓うと。白鳴の言葉も伝えました」

 《黒き髪、黒き瞳のコーヤという少年を見付け次第、王宮に連れてくるように》

それは白鳴の命ではあるものの、もちろんそこには紅蓮の意思があるということは聞いた者には分かるはずだ。
常盤もそれを告げた時深く頷いていた。
 元々、出世欲が強く、真意の見えない笑みを浮かべる常盤のことをよくは思っていなかったが、それでもこの竜人界が危機の今、
紅蓮のために動いてくれるはずだと信じていた。
 「・・・・・」
 黒蓉の言葉に、紅蓮は思慮深い眼差しを閉じてしまう。
紅蓮の頭の中にどんなことが渦巻いているのか気になり、黒蓉はじっとそ口が開くのを待ち続ける。
そして・・・・・。
 「今から彩加に向かう。常盤の真意を問わなければならない」
 「彩加に?」
思い掛けないことに、黒蓉は何と言っていいのか分からなかった。