竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「では、俺が早速常盤殿のもとに向かおう」
 自分以外の3人の間では着々と話が進み、どうやらヤマブキがトキワのもとに行くことになったらしい。
正式に結婚したことで、瑠璃姫の不安と緊張感が一気に増したとして、静養のためにしばらく故郷である呂槻に戻る許可を貰う為
だ。
(結婚したばっかりなのに・・・・・少しは側にいたいって思うかも・・・・・)
もちろん、そうなったらそうなったで困るのだが・・・・・。
 「・・・・・っ」
 「!」
 「・・・・・ちっ」
 その時だ。
3人の気配が一瞬のうちに緊迫感を増し、昂也はコーゲンの背に匿われる。
 「な、なに?」
 いったい、何が起こったのか分からないままコーゲンの服を掴んでしまうと、コーゲンは隣にいた茜に視線を向けた。
茜はその視線に応えるかのように素早く動いて奥のドアから外に向かう。
 「あ・・・・・」
 「黙って」
 茜を呼ぼうとした昂也に、コーゲンはにっこりと笑いながら有無を言わせないように肩を抱き寄せ、しかし、次の瞬間にはヤマブキの
元へと背中を押された。
続いて、頭の上から先程脱ぎ捨てた布をすっぽりと被せられる。
 「ちょ・・・・・っ」
何が何だか分からないまま昂也が振り向こうとすると、軽くドアが叩かれる音がして、こちらが許可を与える前に向こう側から開けられ
てしまった。
 「お疲れのところを申し訳ありません」
 「・・・・・っ」
そこに立っていたのはカイハクで、その後ろにはスオーの姿もある。
(どうしてこの2人が・・・・・)
想像していなかった組み合わせに、昂也は考える前に直ぐにヤマブキの背中に隠れてしまった。




 灰白はゆっくりと一礼をした後、目の前にいる主人の第三妃の瑠璃に向かって・・・・・いや、その瑠璃が身体を隠す山吹に向かっ
て口を開いた。
 「瑠璃様のご様子を窺いに参ったのですが・・・・・」
 気分が悪いからと早々に退出した瑠璃は、身体を休めることなく居間にいる。
山吹の背中に隠れているので顔色までは分からないが、様子を見たところ寝込むほどの体調の悪さではないようだ。
(常盤様の気に当てられたのだろうが・・・・・)
 心持ちが弱いものは、常盤の圧倒的な気に触れるだけでも恐れ戦き、体調を崩す者もいるのでそれほど不思議なことではない。
その上、相手はまだ子供で女としての強かな面もまだ出来ていない。
そんな子供相手に脅すような物言いは好まないが、後見人のような部下に対してはどちらが上なのかを知らしめておかなければなら
ないだろう。
 「本当は常盤様が来られるのが一番よろしいのでしょうが、あいにく火急の用件がございまして」
 「花嫁を差し置いてでも急ぐものらしい」
 山吹が苦々しい口調で言った。
山吹の立場としてはそう言うしかないだろうが、灰白にしては第三妃に対してここまでおもねいているだけでもいいだろうと思える。
 「我が君は南の首都、彩加の首長です。ただの長とは比べ物にならぬほどの問題を抱えていることは御承知願いたい。瑠璃様、あ
なたの夫となられる方はそれだけ大切なお役目を担っておられるのです、お分かりか?」
 「・・・・・」
 山吹の背中の少女は動かない。
その子供っぽい反応に、灰白はわざとらしく大きな息をついた。
 「あなたも首長の妻となられたのですよ」
 「灰白殿」
 「・・・・・何か?」
 さらに瑠璃を説き伏せようとした灰白は、別の方向から掛けられた声に視線を向ける。
部屋に入った時からその存在には気づいていたが、どうしてここにこの男がいるのか・・・・・灰白はあからさまに警戒する口調で問い掛
けた。
 「江幻殿はなぜにここにいらっしゃるのですか?」
 「姫様が御気分が優れないとのことでね。多少医療の心得はあるので」
 「・・・・・お気遣い感謝致します。ですが、まだ花嫁となられたばかりの瑠璃様の居所にいらっしゃるのは感心致しませんね」
 「それは失礼。でも、病人を放ってはおけないし」
 「・・・・・病人?」
(そこまで何か・・・・・)
 単に、子供らしい我が儘で引っ込んだのではないのかと思っていると、共にここまでやってきた蘇芳が後ろから声を掛けてくる。
 「こんな子供に、笑ってすべてを受け入れろというのは酷だと分かっているんじゃないか?」
 「蘇芳殿」
 「もう式も済んだんだ。いったん親元に帰してやったらどうだ?常盤もたいして気にしないと思うがな」
飄々とした物言いに、灰白はしんなりと眉を顰めた。
ここに来たのは自身の意図からだが、何だか面白くない方向に話が進んでいる気がする。
(何か、引っ掛かるが・・・・・)
 ここで拒否することは容易い。
しかし、簡単にその言葉を告げてもいいものかどうか、灰白は悩んでしまった。




 「常盤様に伺って参ります」

 当たり前と言えばそうな言葉を残して退去した灰白に、蘇芳はフンッと鼻を鳴らす。
 「聞いたとしても、答えは同じだと思うがな」
今の常盤の頭の中には、まだ見たこともない少年の姿しかないはずだ。
名目上は自身の妻となった少女を一度故郷に帰すことくらい何でもないと思うだろう。
 「スオー、だいじょぶだった?」
 灰白の気配が無くなると、江幻がコーヤに安心するようにと告げた。
するとコーヤは自分に向かって直ぐに気遣いの言葉を投げてくれる。心配してもらって嬉しくないはずがなく、蘇芳は自分でも分かるほ
どに顔をニヤつかせながらコーヤを抱きしめた。
 「今回の功労者の俺を褒めてくれ、コーヤ」
 「こ、ころ?」
 「・・・・・頑張ったってことだ」
 まだ難しい言葉が分からないコーヤに、子供に言い聞かせるようにして言い変えると、直ぐにうんと頷き、ありがとうと可愛らしい笑み
付きで言ってくれた。
 「スオー、がんばってくれた」
 「・・・・・ああ」
(お前のためだからな)
 呂槻の姫のためでも、山吹のためでもなく、コーヤのためだからこそここまで自分は動いている。
見返りを求めるような無粋な真似はしたくはないが、それでもこんな風に感謝の気持ちを向けられるのは嬉しかった。
 「まあ、後は常盤の返事待ちだが」
蘇芳はコーヤの肩を抱き寄せ、コーヤの気を心地良く感じながら言葉を続けた。
 「多分、許可は下りるはずだ」
 「早速用意をしておいた方がいいと思うけど」
 そして、その自分の言葉に重ねるように江幻も山吹に言う。
 「・・・・・大丈夫なのか?」
 「ああ」
 「茜を呼んで来よう。まだ色々と話し合わなければならないし」
灰白に姿を見られないようにと別室に逃げた茜を呼びに江幻が動くと、コーヤもその後を追おうとして身を捩る。
だが、なかなかコーヤといる時間を作れなかった蘇芳は、わざとギュウッとその細い身体を抱きしめ、やがてコーヤがその痛みに喚きだ
すまで離すことはしなかった。




 瑠璃のもとに行っていた灰白は、あまり面白くない問題を持ち帰ってきた。
結婚したばかりの花嫁が帰郷したがっている・・・・・新婚の今、そんな風に思われること自体夫としては不本意だったが、今は子供を
宥めている時間など無い。
 「たった今、使いが来た」
 「使い?」
 「紅蓮様がいらっしゃる」
 「・・・・・っ」
 普段は冷静沈着な灰白も、その言葉に驚いて目を見張っていた。
 「・・・・・初めてお聞きしますが」
 「夜明け前に着かれるということだ。お迎えするためにも私はここを動くことは出来ない」
 いったい、どのような用件でこの地にやってこようとしているのか、さすがの常盤も想像出来なかった。
彩加は四方地の中でも栄えているという自負があったし、先の聖樹の反乱のおりも、この地から反逆者は出していない。
 王への即位が決まった紅蓮は自ら色んな地に赴いているという話も聞いたが、この地には彼ではなくその臣下がやってきただけだ。
それだけ、信用があるのだと思っていたが・・・・・。
(紅蓮様の今の御心は分からない)
 王に逆らうつもりはない。
それでも、王に並ぶ力があれば・・・・・。
 「今は紅蓮様を滞りなくお迎えすることを優先しなければならない」
 「・・・・・そうですね」
 灰白も直ぐに意識を切り替えたらしいが、それではどういたしましょうと瑠璃の問題を促された。
正直に言えば、今あの子供のことを考えている気持ちの余裕など無い。昨夜、実際に顔を合わせた時は多少興味をそそられはした
が、今回の紅蓮の来訪にすべての意識はそちらに向いてしまった。
 「しばらく相手は出来ないからな。本人が望むのなら里帰りは許可しよう」
 「よろしいのですか?」
 「拒否をして、なんの拍子で紅蓮様に訴えられても困る」
 「・・・・・そのようなことをされるでしょうか」
 「子供の思惑など分からん」
 どうやら内にこもる性質のようだが、女というものは開き直ってしまうとどんな行動を取るのかは予想できない。
相手が次期竜王の紅蓮だとしても、あり得ないということは・・・・・。
 「紅蓮様は清廉潔白なお方だ。妙に固い所もある方だし、いくら政治のためだとはいえ、無理矢理に呂槻と縁を結んだことを快く思
われてはいないかもしれない」
四方地の首長と言う立場なので、今回の結婚のことももちろん許可を貰っている。
 双方合意した婚姻だが・・・・・先の反乱以来、紅蓮は妙に【正義】というものに重点を置いているようで、もしも今回の婚儀に一欠
片の問題でもあったら即座に認めないという結論を出されてしまうかもしれない。
 それくらいなら、瑠璃の願いを聞き入れ、理解ある夫として口添えしてもらった方が得策だ。
 「帰郷は許す。ただし、紅蓮様に挨拶をしてからと伝えろ」
 「はい」
 「・・・・・いや、今から伝えて混乱されても困る。出立は明日の朝以降とだけ告げておけ」
驚いている間に挨拶だけさせようと、常盤は狂ってしまったこの先の行動に苛立ちを募らせていた。




 戻ってきたカイハクは、トキワの許可の言葉を持ちかえってきた。
正直に言えばそれほど簡単に行くとは思わなかったので、なんだか昂也は拍子抜けしてしまう。ただし、

 「出立は明日の朝以降にするようにとのおおせです」

続けられた言葉にヤマブキは難色を示した。出来れば今夜のうちに発ちたいと告げたが、カイハクは頑としてその訴えを受け入れず、
ヤマブキも最後は諦めた。
 「まあ、帰郷を許されただけでもよしとするか」
 その言葉に昂也は頷いたが、スオーはまったく違うことを考えたらしい。
 「何かあるな」
スオーは今直ぐにでも発とうと言うが、
 「でも、無理に出立は出来ないだろう?向こうは帰ることは許してくれたんだ、大人しく夜明けを待った方がいい」
コーゲンは冷静にそう告げる。
 「確かに」
 「その方がいいだろう」
ヤマブキも茜もコーゲンの意見に賛成のようで、スオーは舌を打ちながらも自身の意見を引いた。
 「とりあえず、コーヤはもう寝ろ。明日は早いぞ」
 「う、うん」
(お、俺だけ、いいのかな)
 呑気に寝るということも躊躇われたが、確かに体力を温存するということくらいしか自分には出来ない。
明日、もしかしたらもう一度トキワに会わなくてはいけないかもしれないが、その時は彼の強烈な気にあてられてもしっかりと気力を保
とうと、昂也は皆にお休みなさいと断って寝室に向かった。