竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 常盤は白々と明るくなってきた空を見上げた。
(なぜ、紅蓮様ご本人が・・・・・?)
連絡があってから時間もそう経っていないが、その間に考えても少しもその意味が分からない。
 先日訪れた紅蓮の名代に対し、自分は完璧な対応をしたはずだ。そのことについて、何事かの指導が入るとはとても考えられな
かった。
 また、広くふれが出ていること、

《黒き髪、黒き瞳のコーヤという少年を見付け次第、王宮に連れてくるように》

と、白鳴の言葉通りにその人物を捜しているということを不審に思われているのだろうか。
(私がその者を・・・・・利用しようとしていると)
コーヤという少年自身にどれほどの価値があるのかは、今の常盤は判断出来るほどの材料を持っていない。それでも、白鳴が捜し
ているという事実が重要だった。
 白鳴がそう言うということは、紅蓮が命じていると言っても過言ではない。
結局、コーヤを必要としているのは紅蓮だということだ。
誰よりも早くコーヤを紅蓮のもとに連れて行けば、それだけ常盤の名は高まる。
(四方地の首長と言う地位にとどまらず、王都で紅蓮様のお側に仕えることも・・・・・)
 常盤自身、自分は冷静に己を分析出来ると思っていた。
聖樹のように無謀に王座を狙うのは愚か者がすることで、真の勝者は王の後ろで操る者。今の常盤はその立場にはないが、コーヤ
を手に入れたら少なくとも切っ掛けは掴めるはずだ。
 そう思い、情報を収集してコーヤを捜していたが、力の無い人間だろうと予想していた反面、なぜか何時も先回りをして逃げられて
いて、常盤は何時の間にかコーヤという人物そのものにも興味を持つようになっていた。
 「常盤様」
 「・・・・・」
 何時の間にか部屋の中に入ってきた灰白が静かに声を掛けてくる。
 「紅蓮様をお迎えする用意は整いました」
急なこととはいえ、何も出来なかったという醜態だけは晒せない。
そんな常盤の思いを忠実に体現した灰白に労いの言葉を掛けることなく、常盤は視線を外さないまま言った。
 「紅蓮様の目的は何だと思う?」
 「・・・・・私のような愚鈍な者には分かりかねます」
 「・・・・・」
 「ですが、常盤様に猜疑心を抱かれているということは無いはず。危惧されることはありませんよ」
 灰白はそう言うが、常盤は胸の奥のざわめきを打ち消すことが出来ない。
すべて完璧に考え、行動しているとはいえ、どこかで手抜かりがあったという可能性は皆無ではないからだ。
 「どちらにせよ、もう紅蓮様はこちらに向かわれている・・・・・まあ、何事かあったとしても、私の忠誠心をお見せすればその疑念も晴
れるだろう」
 表に立つ者はすべてに視線を注がれてしまうが、後ろにいる者はその翼の陰になる。
本当の権力者と言うものは裏に立つ者だと思っている常盤は、絶対に紅蓮を蹴落とすつもりはない。
 「・・・・・来られたようですね」
 日が昇る先に、違う一点の輝きが見えた。
 「下に参る」
竜の舞い降りることが出来る裏手の草原に早く向かわねばならなかった。




 「・・・・・」
 近付いてくる強い気に閉じていた目を開いた江幻は、薄明るくなった窓の向こうに視線を向けた。
(この気は・・・・・)
側で共に戦ったからこそ馴染みのあるこの気の主は当然誰だか分かっている。
 ただ、どうして彼がこの彩加に現れたのか、その理由が頭の中で結びつかずにいると、向かいの長椅子に横になっていた蘇芳が寝
返りを打ちながら声を掛けてきた。
 「お前、奴に連絡していないだろうな」
 「するわけ無いだろう。ここにコーヤがいる確信は無かったし」
 「・・・・・ったく、いい所だけを取ろうとするな、あの王子は」
 「もう、竜王になるけどね」
 わざわざ訂正してやると、蘇芳は不満そうに鼻を鳴らす。
蘇芳にとって紅蓮は腹違いの兄弟だが、本人にとれば自分だけがぬくぬくと幸せに暮らしてきたと妬む気持ちもあるのかもしれない。
 幸いか・・・・・不幸か、蘇芳も並はずれた能力者で、結果的には聖樹との戦いの時は紅蓮側に付いたが、もちろんコーヤという存
在が無ければありえなかったことだ。
 紅蓮がコーヤにどういう感情を抱いているのか・・・・・まだ本人には自覚は無いようだが、傍から見れば見え見えだ。
あれだけの人間嫌いを変え、眩いほどの生命力と前を向く強さを見せてくれた小さな人間に、惹かれないという方がおかしいだろう。
(それにしても、どうして・・・・・)
 茜という能力者のせいで、コーヤの気は綺麗に消されていた。
それを、いくら竜王になったからとはいえ、紅蓮が気づくかどうか・・・・・。
 「・・・・・もしかしたら、コーヤが目的ではないかも」
 「ああ?」
 「彩加には、他にも問題がありそうだし」
 江幻がふっと口元を緩ませて言えば、直ぐにその言葉の意味に気付いた蘇芳がにんまりと口角を上げる。
 「確かに。あいつだけでも、紅蓮が動くことはあり得る」
 「むしろ、今まで野放しにしておいた方が不思議だけどね」
 「あいつが無能だったんだ」
あっさりと紅蓮を落とした蘇芳は、完全に目が覚めたのか椅子から起き上がった。
硬いそれの上には何枚かの布を敷いてはいたものの、硬くて身体が強張ってしまったのは江幻も同様だ。同じように身体を起こし、
一度軽く首を動かして、江幻は昨日コーヤが姿を消した扉に視線を向けた。
 「しばらくは私達だけでコーヤを堪能したかったけれど、どうやら無理のようだ」
 「・・・・・」
 「紅蓮に悟らせないでここを出るのは無理だよ」
 自分たちだけならばまだしも、自身の放つ気の光に無頓着なコーヤをどう説得すればいいのか。
まだ、江幻はこの世界に戻ってきたコーヤが直ぐに自分たちのいる場所に来なかった理由を詳しくは聞いていない。
現実的に連絡のしようが無かったと言えばそれまでだが、茜という協力者を得てもなお、王都に向かわなかった理由はもしかしたら。
(あまり、考えたくは無いけれど)
それだけ、紅蓮を意識しているのだとしたら、蘇芳ではないがやはり面白くない気分にもなる。




 スオーとコーゲンと再会し、トキワと対面して。
離れてしまった茜とも合流し、昂也はきっと興奮で寝れないと思っていたのだが・・・・・案外、図太い神経だったらしく、身体を揺り動
かされるまでしっかりと眠っていた。
 「・・・・・んぁ?」
 「おはよう、コーヤ」
 「・・・・・コーゲン」
 優しい笑顔で挨拶をされ、昂也も自然に顔が緩む。
 「おはよー・・・・・あっ」
しかし、次の瞬間には今己の置かれている現状を思い出し、パッとベッドから飛び起きた。
新婚の、年若い姫のために用意されたベッドはこちらが恥ずかしくなるくらい可愛らしい装飾がされていたが、一回寝るだけだと我慢
してそのまま身を横たえた。
 そうすると、柔らかな敷布に身体が沈んで、その感触が面白くなって。
堪能するようにゴロゴロと寝返りを打っている間に、何時の間にか眠ってしまった。
 「よく眠れたようだね」
 涎が垂れてると笑いながら言われ、昂也は焦って手の甲で口元を拭う。どれほど子供なんだと内心突っ込みながら、チラッとコーゲ
ンを見ると、彼の笑みはさらに深いものになっていた。
 「コーヤを見ていると気持ちが和むなあ」
 「はぁ?」
 「焦っている方が馬鹿馬鹿しくなってしまう」
そう言いながら頭を撫でてくるコーゲンの雰囲気こそ、何だか現状に合わないほどにのんびりとしている。
(俺の方こそ、なんだかフニャフニャになりそう・・・・・)

 「おはよー」
 コーゲンとののんびりとした言い合いの中でも目はすっかりと覚めてしまい、昂也は元気よく居間へと足を踏み入れた。
今着ている服はやはり瑠璃姫のために用意されたものだが、煌びやかなものではなくシンプルで、ズボンも付いているので部屋着と
して利用させてもらうことにした。
 居間には既にヤマブキがいたが、茜とスオーの姿が無い。
昂也はキョロキョロと辺りを見回しながら言った。
 「スオーと茜は?」
 「蘇芳は偵察」
 「てーさつ?」
 「あいつは先読みだから、相手から警戒されずに話を聞けるだろう?」
 「話って・・・・・」
(何か、聞きたいことでもあるってこと?)
その理由こそ聞きたかったのだが、コーゲンはそれ以上は言わずに朝食はと聞いてくる。
聞かない方がいいのだろうかと思い、昂也は食べると告げた。




 異質な気を感じ、茜も夜明けと同時に身体を起こした。
完全には寝ていなかったが、同時に江幻と蘇芳も身体を起こしてきて、彼らも何事かを感じたことを知った。
 その偵察に蘇芳は早々に部屋を出て行ったが、直前まで文句を言っていたのは彼らしい。どうやらコーヤの事を江幻に任せるのが
嫌だったようだ。
分かりやすい独占欲だが、茜自身もそう思っていたので呆れることは出来なかった。
 この場にいることを知られてはならない立場だったが、茜もじっとしていることが出来ず、山吹から呂槻の兵士の服を借り、顔を隠し
て様子を探ってみた。
 そして、召使いたちの噂で聞いたのだ。
竜王、紅蓮がやってくる・・・・・。

 「あっ、茜!」
 再びコーヤのいる館に戻ってくると、目を覚ましていたコーヤが出迎えてくれた。
その明るい笑顔に張りつめていた緊張感が解けて行くような感覚に襲われる。
 「よく眠れたか?」
 「うん。どこ行ってた?」
 「・・・・・」
 それに応える前に、茜は江幻に視線を向けた。にこやかに笑っているあの男は、きっと紅蓮の来訪を知っているはずだ。
しかし、どうやらコーヤにはそれを告げていない様子なのが疑問だった。




(・・・・・茜も、怪しい)
 部屋の中に入ってきた瞬間は真っ直ぐに目線を合わせてくれた茜が、自分の言葉に微妙に視線を逸らしたのを昂也は見逃さな
かった。
彼が嘘をついたり、隠し事をしたりするのは考えにくいが、コーゲンの態度といい、スオーの不在といい、自分の知らないうちに何事
かが起きているような気がする。
(真正面から聞いたって、絶対に答えてくれそうにないもんなあ・・・・・)
 どういう作戦が一番効果的かと、ヤマブキが用意してくれた朝食の果物の小さな実を口に放り込んだ時だった。

 コーヤ

 「え?」
いきなり、頭の中に響いた声に、昂也は反射的に声を上げてしまう。
 「コーヤ?どうした?」
 コーゲンも、茜も、ヤマブキも、心配そうな眼差しで声を掛けてくるが、昂也は今聞こえてきた声の場所を確かめることに集中する。

 
コーヤ

さっきよりも、大きくなった声。そして、昂也はその主を確信した。
 「青嵐っ?」
 昂也の言葉に、珍しく驚いたように目を瞠るコーゲン。
今、どういう状況なのかを彼に伝えなければと思うのに、今意識を逸らしてしまうとこの声が消えてしまうかもしれないという恐れが
あって、昂也はどうしても神経を集中させる。
 どうして、ここで青嵐の声が聞こえるのか。もしかしたら直ぐ傍にいるのかもと考える半面、そんなことは無いはずだと自ら打ち消し
た。
青嵐は今、グレンの住む王宮で、安全に守られているはずだ。
(でも・・・・・!)
 『青嵐っ、どこにいるんだよ!』
そして、自ら使わないでおこうと決めていた日本語で問い掛けてしまった。