竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
32
※ここでの『』の言葉は日本語です
突然叫んだ昂也を、その場にいた男たちは驚いたように見つめてくる。
「コーヤ、どうしたんだ?」
さすがにコーゲンは今の昂也の言葉が日本語だということに気付いたようで、表情から笑みを消して訊ねてきた。しかし、その質問に
答えている余裕はない。
「おいっ」
止める言葉も聞かず、昂也はそのまま部屋から飛び出ようとした。だが、一瞬早くコーゲンに腕を掴まれてしまい、そのまま引き戻さ
れてしまった。
「コーゲンッ!」
離してくれと訴えるつもりで腕を振りながら叫んだが、コーゲンの手の力は一向に緩まない。
いや、むしろさらに拘束する力を強くされ、次第に昂也は興奮が収まった。頭の中に響く青嵐の声が無くなってしまったのも大きいが、
掴まれた部分から癒しのオーラが流れ込んで来ているからかもしれない。
「・・・・・ごめん」
落ち着くと、自分の今の行動があまりにも子供っぽく思えて、昂也はボソッと謝罪した。
「落ち着いたのなら良かった」
コーゲンはそのことには触れないまま、頬に笑みを取り戻している。
「それで、青嵐がどうかした?」
「せ、青嵐の声っ!」
「青嵐の声?」
「聞こえた、ちゃんと、聞こえたよ!あれ、青嵐の声!」
自分の頭の中でしか聞こえなかった声。それが真実かどうか、信じてもらうにはどうしていいのか分からない。
そうでなくても言葉はまだはっきりと伝えられていないのに、自身の思いや疑問をどう言えばいいのかなんて思いつかなかった。
それでも・・・・・。
「コーヤには青嵐の声が聞こえたのか」
コーゲンは信じてくれた。昂也は直ぐにうんうんと激しく頷く。
「青嵐、危ないっ?何か・・・・・!」
この世界で一番安全なはずのグレンの側にいる青嵐に、何か危険が迫っているのかと思うといてもたってもいられない。
だが、今まで避けていた王都にどんな顔をして行ったらいいのか、いや、その前にどうやって行ったらいいのかも分からない。
「コーゲン〜」
どうしようと助けを求めるように名前を呼べば、苦笑したコーゲンが頭を撫でてくれた。
(コーヤの勘がいいというのか、それとも・・・・・青嵐の力が強いのか)
紅蓮と共に彩加にやってきただろう青嵐は、早速コーヤに自分の来訪を告げたようだ。
この分ではコーヤをこのまま連れ出すのは難しいかもしれない。
「・・・・・」
江幻は茜に視線を向ける。
その正体が分からないにせよ、何者かがここに、コーヤの側に近付いてくることが分かっている茜に今更説明をすることもないだろうと、
江幻は事情がまったく分からない様子の山吹に言った。
「帰郷の準備は?」
「あ、ああ、出来ている」
「じゃあ、早速行こうか」
「コ、コーゲンッ?」
どうしてと訴えるコーヤに江幻は笑って見せた。
「私も蘇芳のことが言えないくらい独占欲が強くてね」
「え?」
「やっと見つけた大切なものは、もうしばらく自分たちだけで堪能したいんだよ」
そう遠くない未来、コーヤは紅蓮と再会する。
あの騒動以降、まるで性格が変わってしまったかのように賢王への道を歩み始めた紅蓮の活力の要因が何か、これだけ側で見てい
れば分からないはずなど無い。
最終的にコーヤがどんな選択をするのかはコーヤ自身の問題たが、まだ自分たちが誘導できる間はこちらの思惑に沿わせてもいい
のではないかと思った。
「青嵐のこともあるけど、その前に呂槻のお姫様のことも考えてあげないと」
責任感の強いコーヤは、その言葉だけでもハッと今の自分の使命を思い出したらしい。
「俺・・・・・」
「大丈夫、青嵐は無事だよ」
(なんてったって角持ちなんだから)
「ス、スオーは?いい?」
「城門で合流する予定だ」
いよいよ不機嫌になるだろう蘇芳の姿を想像したが、今更かもしれない。後はどれだけコーヤを自分たちの腕の中に閉じ込めておくこ
とが出来るかどうか。
(さて、紅蓮はどこまで知っているんだろうねえ)
青嵐のことが気になって仕方がないものの、コーゲンの言葉に昂也は今の自分の立場を自覚した。
今はトキワに入れ替わりがバレてしまう前にここを脱出しなければならないのだ。
(青嵐・・・・・無事でいろよ!)
昂也はコーゲンに着付けをしてもらいながらずっとそう念じる。コーゲンが言うように絶対に無事だと信じきることは出来ないが、あの
戦いの中でも相当な力を発揮した青嵐だ、赤ん坊の姿でも無力ということは無いと思う。
(この一件が一段落ついたら、コーゲン達に頼んで会いに行こう!)
今は自分の存在意味なんて考えている場合ではない。たとえ無力であっても、側にいればどんなことでも、ただ抱き締めるだけでも
出来るはずだ。
「・・・・・よし」
「・・・・・」
「コーヤ」
「・・・・・うん、だいじょぶ」
昂也は気持ちを入れ替えるように頷く。ここまで来て失敗なんて絶対に出来ない。
「常盤は時間が取れないだろうが、灰白には挨拶をして行かないといけないだろうな」
「ああ」
彩加から供をしてきてくれた者達は既に帰郷の準備を終えていて、先程それを確認しに行っていたヤマブキがコーゲンの言葉に頷い
た。
元々、ヤマブキを含めた供の者たちは全員帰郷するようにと言われていたらしい。
(あの子、1人になるところだったんだよな・・・・・)
ヤマブキから事情は伝わっているとはいえ、きっと不安でたまらないだろう姫を早く安心させてやりたいと思う。
昂也は自身でも顔を隠している布をしっかりと確認してから、真新しい屋敷から足を踏み出した。
「俺は彼らと共に城門にいるから」
トキワの部下であるカイハクとも顔を合わせない用心から、茜は彩加の者達と一緒に先に城門に向かうことになり、昂也はコーゲン
とヤマブキと共に城の中を歩く。まだ朝早く、召使いたちはバタバタと準備をしていて、皆昂也たちを気にしている暇もないようだ。
(・・・・・なんか、慌ただしい?)
最初は朝の準備で忙しいのかと思ったが、兵士たちも表情を引き締めていた。披露目も終わったというのに、どうしてこれほど警戒
するのか、昂也は疑問に思って少し後ろを歩くコーゲンにチラッと視線を向ける。
何かあったのかと声を出して訊ねたかったが、周りに人がいるところでは男だとバレてしまう可能性がある。
不安に思ったまま押し黙っているのは苦しかったが、視線があったコーゲンは相変わらず余裕の笑みを返してくれたので、昂也は大
丈夫と何度も胸の中で繰り返した。
「この時間、各首長や長たちは祖竜に祈りを捧げている頃だ」
「・・・・・」
どういう意味だろうと疑問に首を傾げると、コーゲンが分かりやすく説明をしてくれた。
「私達の祖先だからね。民たちもそうだが、地位のある者たちは必ず早朝祈りを捧げるものなんだ」
「・・・・・」
(へ〜、そんなもんなのか)
「常盤はたぶん神殿にいるだろうし、灰白に会うのなら今のうちだな」
ヤマブキがそう言った時だった。ちょうど長い廊下の向こうから数人の兵士を従えた灰白の姿が見えた。
「・・・・・っ」
見咎められたわけではなかったが、自分に後ろ暗いところがあるせいかビクついてしまう昂也を上手く後ろに隠してくれたヤマブキが、
「これは・・・・・朝早くからいかがされました」
と、話し掛けてくるカイハクと対峙した。
「昨日もお伝えしたが、瑠璃様は本日よりしばらく呂槻に里帰りをさせていただく。常盤殿も承知されたし、一応ご挨拶をと思いまし
たが、ただいまは祈りのお時間。ならば、灰白殿に一言ご挨拶をと」
「確かに、常盤様は瑠璃様の里帰りをお許しになられましたが、このような早朝からとは少々非常識のような気がいたしますが。せ
めて常盤様にきちんと挨拶をされてからではありませんか」
どうやら、灰白の言い分は至極正論らしい。
相手を丸めこむ話術を持つコーゲンならまだしも、直情なヤマブキは直ぐに反論が出来ないようだ。
「だが・・・・・」
「ちょうどいい、今常盤様は神殿ではなく、来客を待たれるために城の裏手に行かれています。ご挨拶ならばお客様にもしていただき
ましょう」
「・・・・・」
(え、客?)
どういう話の流れなんだと思いながらも、カイハクはにこやかに、しかし強引に昂也を促す。
ここで固辞しては返って怪しまれると思い、昂也は戸惑いながらカイハクの後を付いて行った。
長い回廊をカイハクの先導で歩いていた昂也は、やがて目の前が大きく開けたホールに出た。すぐ前方には大きな扉があるので、ど
うやらここが正面玄関といったところか。
(広いし・・・・・やっぱり、豪華)
初めに訪れた時もここを通ったはずだが、今の方がまだ落ち着いて見える。
豪奢な飾りなどは初めの印象そのままだったが、なぜかそこにはホールの半分を埋め尽くすほどの多くの兵士や召使いたちが勢揃いし
ていた。兵士たちの格好は、昨日よりももっとちゃんとした重装備で、なんだか怖さも感じる。
(まさか・・・・・俺達の魂胆がバレたのか?)
このままここで捕まえる気なのだろうかと焦ると、不意に大きく扉が開かれた。
「・・・・・っ」
眩しい朝日が奥まで差し込んできて、昂也は思わず目を眇める。
「いらっしゃいました!」
「そうか」
「・・・・・?」
(誰が?)
駆け込んできた兵士の言葉に、前に立つカイハクは頷いた。
まったく意味が分からない昂也は、隣に立つコーゲンの服をそっと引く。
「仕方ないなあ」
「?」
「後で蘇芳に愚痴を言われそうだ」
(スオーに、ぐち?)
もっとちゃんと説明して欲しいとさらに袖を引っ張ろうとした昂也は、
「わあぁぁぁぁぁーーーー!!」
「・・・・・え?」
いきなり上がったうねりのような歓声に、思わず耳を押さえてしまった。
最初に見えたのは、十数人もの兵士の姿だった。
その後ろには見覚えのあるトキワが続いて、さらにその後ろには・・・・・。
「!」
(ど、どうして、どうしてここに・・・・・?)
あまりにも見覚えのある長身2人の姿に昂也が呆然としていると、その陰に隠れてまったく見えなかった小さな影がいきなり表に飛び
出してきた。
「こーやぁ!」
嬉しそうに、大きく叫びながら真っ直ぐに自分の方へと走ってくるその姿は、最後に見た赤ん坊の姿ではなく、人間で言えば3、4歳
の小さな子供の姿だった。
しかし、確かに額に見える角と、愛くるしいその表情を忘れるはずがない。
「青嵐っ!」
口元を覆っている布のせいで少しくぐもった声になってしまったが、青嵐には、いや、その場にいた者達にはその声はしっかりと聞こえ
た。
隣で額を押さえるコーゲンの姿も、呆然と目を見開くヤマブキの姿も目に入らない。
何事かと振り返るカイハクの視線も、鋭い眼差しを向けてくるトキワの姿も今は置いておいて。
トキワの背後にいた長身の主、グレンとコクヨーの驚きに満ちた顔が視界に入っては来たものの、昂也は先ず自分に飛びついてきた小
さな身体を抱きしめる。
「こーや、こーやぁ!」
「青嵐、青嵐、おっきくなった!」
少し見ない間、また青嵐は成長していた。
その成長を見たかったと思う以上に、こうして会いに来てくれたという事実そのものが嬉しくて、昂也は何度も何度も小さな背中を撫で
ながら自分がつけた名前を呼び続けた。
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