竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 まるで、自分がコーヤを責め立てているようだ。もちろん、そんなつもりの無い紅蓮にとっては面白くない反応だが、今は周りを気にし
ている場合ではない。
あれほど待ち望んでいたコーヤが目の前にいるのだ、紅蓮は自分の気持ちに正直にいたかった。
 「コーヤ、どうして直ぐに私のもとに来なかった?」
 「グ、グレン」
 「お前が元の世界に戻った時も、私に何も告げなかったな。ここに戻ってきた今、その理由を聞いても仕方がないが、なぜ私のもとに
来なかったかというわけは聞かせてもらおう」
 誤魔化すことは許さない。そんな思いでコーヤを真っ直ぐに見つめると、コーヤは迷うように瞳を揺らしている。
そんなに言い難いことなのだろうかと思うが、一度目を伏せたコーヤは次の瞬間には真っ直ぐに紅蓮を見つめてきた。黒く、透き通るほ
どに透明な瞳に自分の姿が映っていた。
 「俺、人間。力、ないし・・・・・」
 「・・・・・」
 「でも、でも・・・・・」
 「・・・・・」
 そこまで話したコーヤは、隣にいるコーゲンを振り返る。
 「・・・・・っ、コーゲン、緋玉!」
どうやら、言葉がままならないことに焦れてしまったらしい。
いや、ここにきてようやく、紅蓮はコーヤがこちらの世界の言葉を話していたことに気づいた。まだ発音は不安定ではあるものの、それ
でも十分何を言っているのかは分かる。
(言葉を、覚えたというのか・・・・・?)
 江幻の差し出す緋玉を手にしたコーヤは再びこちらに向き直った。
 「俺、確かに元の世界に戻りたいって思ってたけど、あの時は本当にあっという間で・・・・・本当は、後悔しっぱなしだった」
 「コーヤ・・・・・」
 「まだ、あの戦いの後始末だってちゃんと終わっていなかったし、トーエンも置いてきてしまった。赤ん坊になっちゃった青嵐や、掴まっ
たコハクたちのことも、怪我したソージュ、残された朱里も、全部全部、気になって・・・・・俺、どうして帰ってしまったんだろうってすっごく
考えたよ」
 コーヤにとってまったく関係の無い反乱のことをそこまで気にしてくれていたのが意外だった。どうしてあんな争いに巻き込んだのかと、
恨まれている可能性の方が高いと思っていたからだ。
 「俺は、何も出来ないまま帰ってしまった意味を考えたよ。あの世界に俺の力なんて全然必要とされていないのかもって思ったし、
このまますべて忘れてしまうのが普通の生活に戻る方法だとも思った」
 「・・・・・」
 「でもっ、駄目なんだ!どうしても気になって仕方なかった!俺に出来ることなんてほとんどないだろうけど、もしかしたら邪魔にしかな
らないかもしれないけどっ、それでも何か、この世界がやり直す手助けがしたいって!」
 だから、もう一度戻ってきたのだとコーヤは言った。
方法が不確かなので本当に来られるのか不安だったと続け、考えなしだからと泣きそうな顔で笑った。
 「ここにちゃんと戻って来たけど、今度は本当にこれで間違いじゃ無かったのかって不安になった。何しに戻ってきたかって言われちゃう
のも怖かったし・・・・・自分に何ができるのか、ちゃんと考えてから会いに行った方がいいんじゃないかと思ったりして、さ。はは、こう言っ
たら本当に俺って考え無しだな」
 目を伏せるコーヤに何と告げようか。
そう考える間もなく、紅蓮はその身体を抱きしめていた。
 「うわっ、グ、グレンッ?」
 「馬鹿者が」
 「・・・・・何だよ、それ!馬鹿だっていうのは自覚してる!」
 「そうではない。なぜ自分が何も出来ないと諦める?お前は何時でも前向きだったではないか」
 何も考えず、真っ直ぐに戻ってきたら良かったのだ。コーヤの価値はコーヤが決めるものではなく、自分や周りにいる者が決めればい
いことだ。価値の無い人間に、これほど人が集まるのか・・・・・考えたら分かる。
 「本当に・・・・・どうしてもっと早く・・・・・っ」
 無駄な心配などする必要も無かったと零せば、慌てたようにごめんと謝罪してくる。
言葉も、行動も、とても竜王に対するものではなかったが、その不敬な態度もなぜかコーヤならば許せた。




 「そこまで」
 今にも気で吹き飛ばしたくなるのを辛うじて抑えた蘇芳は、馴れ馴れしくコーヤを抱きしめる紅蓮の手を掴んだ。
まるで所有を主張するような態度を取っているが、当たり前だがコーヤは紅蓮のものではない。
 「・・・・・」
 不満そうに視線を向けてくる紅蓮に恐ろしさなど感じず、蘇芳は今度は自分がコーヤの肩を抱き寄せた。
 「もう、話は済んだろ?」
 「でも、まだっ」
コーヤは直ぐに否定しようとするが、今の言葉だけでも十二分に紅蓮の質問には答えている。あれ以上言えばもっと紅蓮を喜ばすだ
けだ。
 「お前が王都に向かわなかったのは、頭の堅い紅蓮と会いたくなかっただけ。それでいいな?」
 「はあ?全然違うじゃん!」
 緋玉を手にしたコーヤはポンポンと言葉を返してきてとても生き生きとしている。
慣れないこちらの世界の言葉を操っているのも初々しくて可愛らしかったが、コーヤはやはりこちらの方が蘇芳の好みだった。
(とりあえず紅蓮のことはいい。それよりも・・・・・)
 蘇芳は先程からコーヤから視線を動かさない常盤のことが気になって仕方がない。
花嫁の身代わりのことではどんなに責められても仕方がないはずだが、どうやらそんな様子は伺えない。元々独自でコーヤを探そうと
していた男だ、今目の前で起きている状況をどう判断するか、蘇芳は何時でも反撃できるように身がまえた。




 肩は蘇芳に抱き寄せられ、膝の上では青嵐を抱っこして。
それ以外にも、まるで守られているようにコーゲンやヤマブキが側にいてくれる。もちろん心強いが、このままでいいとも思えなかった。
(せっかく緋玉があるんだし、俺の気持ちをちゃんと伝えるように・・・・・)
 「申し訳ありませんが、少しよろしいでしょうか」
 その時、冷やかな声が話に割って入ってきた。
 「そちらの方は・・・・・コーヤという名で間違いは無いのですね?」
 「・・・・・っ!」
(こ、こっちの問題もあったんだっけっ!)
花嫁の身代わりという作戦がまだ遂行途中だった。この時点でばれてしまったことは最悪で、コーヤは常盤の冷たい眼差しを真っ直
ぐに受け止めながら唇を噛みしめる。
 「どうなのですか?」
 「そ、それは・・・・・」
 誤魔化しきれないと、俯いた昂也の耳に、
 「いかにも。この者はコーヤといいます」
 「ヤ、ヤマブキさんっ?」
きっぱりと言い切るヤマブキの声が届いた。
まさかこの時点で彼がこんなにもはっきりと認めるとは思わなくて、昂也はどうするんだよと焦って服を引っ張ってしまう。
そんな昂也を安心させるように笑みを向けてくれたヤマブキは、その場に跪き、深く頭を下げた。
 「常盤殿、今回のことはすべて私の一存で行ったこと。呂槻の長を含め、瑠璃姫もなにもご存じなく、そしてこのコーヤも、ただ私の
言葉に従って動いてくれただけなのです。どうか処罰は私1人に」
 「ヤマブキさん!」
 昂也は焦ってヤマブキの隣に膝をつくが、ヤマブキは頭を上げてくれない。腹にしがみついていた青嵐も一緒に倒れ込んでしまい、
昂也は焦ってその身体を抱きしめながらも大きな声で叫んだ。
 「ヤ、ヤマブキさん1人のせいじゃないよ!」
確かに、この作戦を考えついたのはヤマブキだが、それにOKし、協力したのは自分だ。何も知らずに言葉に従ったのではなく、状況
も経緯もすべて聞いたうえで、自分も協力すると決めたのだ。
バレたからといって、自分だけが逃げようなどとは思ってもいない。
 「俺にだって責任が・・・・・!」
 「コーヤ!」
 言い切る前に、ヤマブキに遮られてしまった。
 「この件に関してのすべての責任は私にある」
 「・・・・・ど、して・・・・・っ」
 「・・・・・ありがとう」
そんな礼の言葉など聞きたいわけではなかった。昂也は何度も激しく首を横に振ったが、ヤマブキの決意は固いようで、頑として昂也
の責任を認めようとはしない。どうしたらいいのか、どうすればいいのか、焦れば焦るほど言葉が出てこなかった。
 「・・・・・」
 一連の動きを、トキワは黙って見ていた。何を考えているのか、その表情からは一切読みとれない。
 「・・・・・っそ」
(どうしようもなんないのかっ?)
この状況を大きく変えることは出来ないのだろうか。




 「常盤殿、今回のことはすべて私の一存で行ったこと。呂槻の長を含め、瑠璃姫もなにもご存じなく、そしてこのコーヤも、ただ私の
言葉に従って動いてくれただけなのです。どうか処罰は私1人に」

 山吹の言葉にも常盤は冷静だった。
あの呂槻の長が大切にしている姫。しかし、それ以上に民のことを思っている長は、自身の大切な姫を犠牲にすることは厭わないは
ずだ。
 その長の気持ちに逆らってこのようなことをしでかしたのは山吹の一存だというのは十分考えられるし、腹立たしいが、そこにコーヤ
という存在が絡んできたことによって事態は少し変化していた。
(コーヤは人間・・・・・。白鳴様は人間を捜しておられた)
 いや、今の話からすれば、コーヤを捜していたのは紅蓮だ。人間嫌いと噂される紅蓮がなぜ・・・・・?疑問と好奇が頭をもたげる。
 「常盤」
名を呼ばれ、常盤は視線を向けた。
 「紅蓮様」
 「これはどういうことだ?」
紅蓮にどこまで説明をして良いものか。いくら婚姻はお互いの同意があれば許されているとはいえ、今回のことは少し事情が違う。
彩加が呂槻を支配下に置くための政治的手法の一つとして、まだ幼い姫を迎える。それを、生真面目な紅蓮が聞いてどう思うのか
考えてしまう。
 「お前が新しい妃を迎えるということは知っていたが、まさかそれは・・・・・」
 「紅蓮様」
 常盤は少し強引に話を切った。
 「こたびのことは、内々の話でございます。あなた様が気になさる話ではありません」
 「・・・・・」
 「山吹、紅蓮様の御前だ。無様な姿を晒すでない」
何を一番に考えるか。・・・・・簡単な話だ。
 「常盤」
 「何事もございませんでした」
 紅蓮の前でこうもはっきりと宣言してしまえば、面と向かって呂槻に対し抗議をすることも出来なくなる。
だが、呂槻を手に入れるという野望よりもさらに興味深い対象が目の前に現れたのだ、そちらを優先しなければ。
(紅蓮様があのようなお顔を見せる人間・・・・・)
どういった存在なのか、気になって仕方がない。
それだけではなく、先程からコーヤが抱きしめている子供も、ただの子供ではないことは分かっていた。額に角がある竜人など今まで
見たことも無い。
(伝説の、角持ち以外にはな)
 まさか、生きて動いている姿を目にするとは考えもしなかった。
手に入れた者は世界を手に出来るという存在・・・・・どうにも興味深いではないか。
(このまま見逃すことなど出来るはずがない)




 その場が少し落ち着いた所で、黒蓉は自分の方へと歩み寄ってくるコーヤに戸惑った。
無事な姿を見て安堵している自身の気持ちに戸惑っていたので、まだ面と向き合うつもりはなかったのだ。
 「コクヨー」
 しかし、コーヤはそんな黒蓉の気持ちに気づくことなく、真っ直ぐに目を見つめてきたかと思うと思い切りよく頭を下げてきた。
 「ごめんなさい!」
 「・・・・・何の真似だ」
 「だって、心配掛けたし」
 「・・・・・私がお前の心配をしたとでも?」
心配などしてはいない。どうしていきなり姿を消したのか、そのわけは知りたかったが、それ以上のことを知りたいとは思っていなかっ
た・・・・・多分。
 「でも、迷惑は掛けたよね?」
 「・・・・・」
(だから、そんな目で私を見るな)
あれだけ冷たい態度を取った自分に対し、どうしてこんな目を向けることが出来るのか理解出来ない。よほど忘れっぽいのか、それと
も人が良いのか。
 「・・・・・私など気にするな。お前のことは紅蓮様が・・・・・」
 「え?グレン?」
 「・・・・・いや」
 コーヤがいない間、紅蓮がどれだけその存在を欲していたのか。黒蓉は自分の口からそれを伝えることが、なぜか・・・・・出来なかっ
た。