竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「どのような処罰も覚悟しておりますが、どうか長と姫様には何の罪も無いことをご承知いただきたく、改めて深くお願い致します」
 山吹は深く頭を垂れた。こんな言葉で、本当の意味で常盤が自分を許すとはとても思わないが、それでも山吹はそう願わずにはい
られない。
(町を巻き込む大事にはしたくない・・・・・っ)
コーヤに身代わりを頼み、それがなんとか露見せずに彩加から出ることになった途端、思い掛けないことからその身代わりが露見し
てしまった。
 幸運にもその場に次期竜王である皇太子紅蓮がいたことによってその件に関しては不問になりそうだが、根本的な問題・・・・・二つ
の町の婚姻による同盟の話は残ったままだ。
 元々、その婚姻が一方的な申し出から結ばれた話で、呂槻側はあくまでも彩加を信用していない。
ただし、それを表立って言うことも出来ず、山吹は今回のことはすべて個人で考え、実行したということにした。
 「では、呂槻の長は何も知らなかったということか」
 「そうです」
 常盤の詰問にも同じ言葉を繰り返す。罰はすべて自分が受けるつもりだった。
 「・・・・・わかった」
 「・・・・・は?」
 「紅蓮様の御前でも言ったが、今回の件に関してはこちらは不問にするつもりだ」
 「まこと・・・・・ですか?」
絶対に何かの処罰が与えられると思ったのに、意外にも常盤は笑みを浮かべたままそう言う。
 「今回の婚姻は、姫が幼いとわかっていながら申し込んだこちらにも非があったかもしれない。このことは、今後長と話をして、良い
方向に決めていこう」
 こちら側がやってしまった重大な約束違反に対し、それはあまりにも寛大な処置だった。
その、呆気ないほどの申し出の裏を考えた山吹だったが、今ここでそれを追求することは止めた。常盤の思惑がどうであれ、こちら
側もその言質を取ったと思っておこうと考える。
 「では」
 話は終わったと立ち上がった常盤は、続けて山吹に言った。
 「コーヤに会いに行くことにしよう」
 「え・・・・・」
 「今回、重要な役割を担った相手だ。私も一度ゆっくりと話がしたい」
 「それはっ」
 「お前は案内するだけで良い」
常盤はどうあってもコーヤに会うつもりのようだが、山吹は出来ればこのまま会わせない方がいいような気がしている。
何をするという確信はないが、あれだけ茜が避けようとした相手だし、山吹自身どうしても常盤に良い印象は持っていなかった。そん
な男にコーヤを会わせて良いのかどうか、考えなくても結果は一つだ。
 「お待ちください、コーヤはっ」
 それこそ、コーヤは関係ないのだと言おうとした山吹は、常盤が開けた扉の向こうに思い掛けない人物を見てあっと顔色を変えてし
まった。




 呂槻との問題は、山吹ではなく長と直接話して決めるつもりだ。権限の無いものと話し合っても仕方がなく、それよりも早くコーヤ
と話がしたいと常盤は会談を切りあげた。
 このままコーヤを紅蓮と王都に戻せば、対面が難しいのは目に見えている。その前に・・・・・そう思った常盤は山吹との会談をさっさ
と切り上げて部屋を出ようとしたが、
 「・・・・・」
扉を開けたその前に目的の相手が立っているのを見て、思わず口元を綻ばせた。
 「コーヤ」
 「・・・・・っ」
 「そう、呼んでもいいだろうか」
 「は、はい」
 常盤の言葉に、コーヤは慌てたように頷いた。
黒髪の竜人も数は少ないながらいるものの、黒い瞳の主は皆無だ。人間界には珍しいことではないと文献に書いてあったが、これほ
ど透明で、強い生命力に輝く瞳は見たことがない。
夜の闇を凝縮したようなそれに自身が映っているのが、なぜか心地良く感じた。
 「私の方から訪ねていくつもりだったが・・・・・会えて良かった」
 「あのっ」
 「どうした?」
 常盤の言葉を遮るコーヤに不快な思いもせず、快く先を促してやる。
 「お、俺っ、ごめんなさいっ」
 「・・・・・その謝罪の意味は?」
 「しゃ、しゃざ?」
どうやら、こちら側の言葉を完全には理解出来ていないらしい。言葉自体も拙く、まるで子供のようだ。
 「コーヤは謝りたいと言っているんですよ」
 そんな会話にいきなり割り込んできた相手。始めからその存在には気付いていたが、無視をするつもりだった。
しかし、コーヤが安堵した表情で振り返るので、どうしても常盤も視界に入れなければならない。
 「江幻、どうしてここに?」
 「コーヤの通訳」
 「と、あんたへの牽制」
 「・・・・・」
 江幻の隣にいた蘇芳が、平坦な口調で付け足した。
花嫁の身代わりが暴露する前まではそれなりに常盤を敬う態度を見せていたが、今の蘇芳にはそんなしおらしい様子は欠片も見え
ない。
 反対に、挑むような眼差しを向けられ、常盤はこの3人の関係がどんなものなのか考えた。
先読みと、神官の位を持つ医者。その2人がどうして人間のコーヤとこれほど親しく出来るのか。
(紅蓮様も許容していたご様子・・・・・)
 今まで何度か王都に上がったことがあるが、その時この2人の姿はなかった。何時の間に紅蓮にとりいったのか気になる所だが、
今は目の前のコーヤの方へと注意を向ける。
 「あのっ、ごめんなさいっ」
 何度も謝罪するコーヤを見て、相手が自分に対して負い目を持っているのがわかった。それを今後どう利用するか、常盤はなんだ
か背中がゾクゾクするほどの高揚感に襲われた。
 「謝る必要はない。今回の件に関しては・・・・・」
 「すべて私の責任です」
 「・・・・・」
(余計なことを・・・・・)
 黒い瞳に映っていたのは自分だけだったのに、何時の間にか身を乗り出していた山吹が余計なことを言いだした。
コーヤの眼差しは山吹に向けられてしまい、常盤は眉を顰める。
 「コーヤ、お前には何の責任もない」
 「ヤマブキ・・・・・」
 「常盤殿にも、ご了解いただいた・・・・・そう思ってよろしいですね?」
 言葉の最後は自分に向かって言われたが、それ自体に異議はなかったので頷いた。
そうすると、明らかにコーヤの表情が安堵に変わる。周りには落ち着いた配下の者しかいない常盤にとって、目まぐるしく表情の変わ
るコーヤが物珍しかった。




 「今回のことには、事を急いた私の方にも非がある。これ以上謝罪する必要はない、コーヤ」

 思い掛けない笑みを浮かべながらそう言ってくれたトキワの真意をどう推測すればいいのかわからなかったが、スオーはその言葉を
聞いてさっさと昂也の手を取ってその場を辞した。
 「ス、スオーッ?」
 「本人がいいって言うなら気にすることはない」
 「そ、それは・・・・・」
 確かにそうだが、何だか胸がモヤモヤしたままだ。
昂也は一緒に歩いているヤマブキを見上げる。トキワに自分を庇うようなことを言ってくれたが、責任がヤマブキだけにあるとは思わな
かった。
 「ヤマブキ・・・・・どうする?」
 この後、ヤマブキはどうするのだろう。昂也の拙い言葉は、どうやらヤマブキにちゃんと理解してもらえたようだった。
 「俺は直ぐにでも呂槻に戻る。姫のご様子も気になるが、先ず長に事の経緯を説明しなければならないからな」
 「けーい?」
 「今回の身代わりは俺の独断で決めたことだ。きっと、長は今頃嫁いだ姫のことを気にされているだろう。安心していただき、今後の
ことも話し合わねば・・・・・」
難しい言葉の意味はわからないが、ヤマブキが呂槻に帰るということはわかった。それならば、当事者の1人として自分もついていき
たい。
 「俺もっ!」
 「コーヤ?」
 「おい」
 昂也の言葉に驚いたのはヤマブキだけでなく、スオーは咎めるように声を掛けてきた。
もちろん、実際に自分が行っても何も出来ないし、今後の彩加と呂槻の関係まで見届けることは出来ないが、それでも乗りかかった
問題をここですっぱりと断ち切ることは出来なかった。
 「コーゲン、スオー」
 お願いという思いを込めてじっと2人を見つめれば、しばらくしてスオーはう〜っと唸りながら髪をかきあげ、コーゲンは苦笑しながら
昂也の頭を軽く叩いた。
 「コーヤの意思は固いからね。ここで頷かなかったら勝手に1人で行きかねない」
 「・・・・・そんなこと、しない」
 「本当に?」
 「・・・・・」
反対されて、直ぐに納得するかどうかは自信無い。いや、多分このままでは頷くことは出来ないはずだ。
 「・・・・・」
 ヤマブキはスオーとコーゲンを交互に見つめた後、どうしようかと迷ったままの昂也に頭を下げてきた。
 「ありがとう、コーヤ」
 「ヤ、ヤマブキ?」
 「お前の気持ちがとても嬉しい」
昂也は慌てて頭を横に振る。こんな風に言ってもらえるほどに自分は何もしていないし、結局身代わりの件はトキワにバレてしまっ
て役目も無事に果たすことが出来なかった。
 こんな自分に頭を下げてもらう方が申し訳なくて、昂也は頭を下げるのを止めて欲しいと何度もヤマブキに頼んだ。

 「あ」
 呂槻から連れてきた召使いや部下たちに事情を説明し、早速帰る支度をさせると背中を向けたヤマブキを見送った昂也はハァと
息をついた後、あっと思い出して声を出した。
 「どうした?」
 そんな昂也の様子に直ぐに気付いたスオーが声を掛けてくる。そのスオーに対し、昂也はたった今思い当ったことを聞いてみた。
 「呂槻に行くの、グレンに言わないと、ダメ?」
 「紅蓮に?」
 「だって・・・・・俺、探してたみたいだし、心配、かけたし」
グレンの剣幕を見れば、どれほど彼が自分のことを心配してくれていたのかを感じる。
もちろん、それはコーゲンやスオーも同じだが、自分に対してあまりよい印象を持っていないだろうと思っていたグレンの一連の態度
は、余計に彼の心変わりを連想させて気になって仕方がないのだ。
 「奴なんか放っておけばいい」
 スオーはそう言うが、出来ないからこそ昂也はどうしようかと迷う。
 「コーゲン・・・・・」
頼るようにコーゲンを仰ぎ見れば、彼はそうだねと頷いた。
 「どちらにせよ、黙って行動も出来ないだろう」
 「え?」
 「青嵐も一緒に来ているしね。あの子がコーヤと別行動をとるとは思えないし、大切な角持ちを自由に動かすことはしないだろうし」
 「あ、そっか」
(この世界にとって、青嵐は凄く大切な存在だった)
 昂也にとっては甘えっ子の子供だとしか思えなくても、青嵐にはとてつもなく大きな力が備わっている。そんな存在をこの世界を統
べる者としては野放しには出来ないはずだ。
(ダメだって言っても、絶対に付いてくるだろうし・・・・・)
 昂也としても、きっとそう言う青嵐を拒めない。
 「じゃあ、言う」
 「江幻、コーヤに余計なことを言うな」
 「避けては通れないだろう?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(スオーってコーゲンに弱いよなあ)
どちらかといえばスオーの方が言動が強気だが、ここぞという時のコーゲンの言うことには渋々ながらも従っているように思える。
なんだかそれが2人の力関係を表しているようで、昂也は少しおかしくなって笑ってしまった。
 「コーヤ?」
 いきなり笑い始めた昂也に、2人が顔を見合わせている。
その姿も何だかおかしくて笑った昂也は、何だか重かった気持ちが少し軽くなった気がした。
 「俺、ちゃんとグレンに言うから」
 再会した今となっては、無理に姿を隠す必要もないだろう。それよりは、出来るだけ周りに心配や迷惑を掛けないように気をつけな
ければならない。
 「グレンとこいこ!」
コクヨーに預けてきた青嵐のことも気になって、昂也は足早に彼らがいる部屋へと向かった。