竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
38
※ここでの『』の言葉は日本語です
ヤマブキに同行して彩加に行くことは、昂也にとっては自分がしたことを最後まで見届ける意味で必要で絶対なことだった。
それに、自分にくっ付いて離れない青嵐を連れていくことは仕方がないと思っていたし、コーゲンとスオーが同行してくれるのは心強い
と思っていた。
しかし・・・・・。
「え・・・・・グレン、も?」
当然のような顔をして目の前にいるグレンを見て、昂也はどうしたらいいのかと戸惑ってしまった。
これが、普通の立場の竜人ならいいよと直ぐに答えられるのだが、相手は次期竜王となる王子様だ。付いている者も黒蓉しかおら
ず、そんな中でさらなる寄り道をさせるわけにはいかないと思う。
それでも、どうやら目の前の男の意思は固く決まっているらしい。
「お前が呂槻に行くのなら、私も同行するのは当然だろう」
「と、ぜん?」
「何のために、私が今までお前を捜していたと思うんだ」
少し眉を顰めて言うグレンは、どうやらなかなか頷かない昂也に対し苛立っているようだ。
だが、昂也はグレンの気持ちがわからない。
「怒る、ため?」
「・・・・・」
「あれ?ちがう?」
「コーヤ、そいつのことなんか放っておけばいい。子守りは黒蓉がするだろう」
フンッと馬鹿にしたように言うスオーの言葉に、グレンではなくコクヨーが一歩足を踏み出した。一触即発の様子に、昂也は焦って割
り込む。
「い、いっしょ、行こう!」
(グレンがいたら話が早くまとまるかもしれないし!)
今回のことで、勝手に話を進めたヤマブキが呂槻の長に叱りを受ける可能性も無くはない。そんな時、この世界で一番地位のある
グレンがいれば、その怒りもいくらか鎮まるのではないかと考えた。
なんだかんだと考えても、やはり力のある者がいるのは心強い。昂也は機嫌が悪そうなスオーの腕をくいっと引っ張りながら言った。
「いいだろ?」
「・・・・・」
「蘇芳がコーヤの願いを叶えないということはないからね」
無言のスオーの代わりに苦笑しながら言うコーゲンに、そんなことはないと思うけどなと昂也は首を傾げた。
結局、グレンとコクヨーも同行することになった。それも、陸路を行くのではなく、竜に変化したものに乗って、だ。
ヤマブキ以外の呂槻の者たちはグレンがいるということだけでも顔面が蒼白になりそうなほど緊張している様子なのに、その上竜に乗
ると告げられて恐れ多いとその場に平伏する始末だ。
「コーゲン、竜にのるってすごいこと?」
「まあ、滅多にあることではないからね」
「そーなんだ」
昂也にとっては幾度もあったことなのでそれほど珍しいことだとは思えないのだが、どうやらこの世界に生きる者たちにとっては竜に
変化出来る能力者というのはある種特別な存在らしい。
「で、誰が竜になる?」
ここにいる者だけでも・・・・・グレン、コクヨー、コーゲン、スオー、そして青嵐までも竜に変化出来る。
しかし、人数的にもせいぜい二匹いれば十分なくらいだ。
「・・・・・」
なぜか、男達は無言のまま顔を見合わせている。
その中でも昂也にくっ付いて離れない青嵐だけは、我関せずと言った表情のままだった。
背中に紅蓮を乗せる。
それだけでも緊張するのに、その上コーヤまで己の背に乗ることになった。
「みんな、きんちょーって」
能力者と接することがほとんどない平民にとって、紅蓮の側近の背に乗るよりも、親しみやすい医者の背に乗る方がまだ緊張が少
しで済むらしい。
山吹を始め呂気の者たちはすべて江幻の背に乗り、紅蓮を始めコーヤに青嵐、そして蘇芳と茜という男は自分の背に乗った。
(この男まで・・・・・)
他の者はともかく、蘇芳を背に乗せるのは気が進まなかったが、こちら側に乗るコーヤを心配するあまり蘇芳は頑として譲らなかった。
紅蓮も拒絶をしなかったので自分の我が儘を通すことは出来ず、黒蓉は渋々自分の背に乗ることを許す。
「お願い」
紅蓮の後ろに乗ったコーヤが、まるで愛撫するかのように滑らかな鱗をするっと撫でてきた。
その瞬間、ゾクッと感じた快感を得たような気がしたが、黒蓉は信じたくなくて誤魔化すように大きな嘶きを上げると、長い尾と太い後
ろ足で地面を蹴って空へと舞い上がった。
数日掛かった陸路は、竜が空を飛べばあっという間の時間だった。
頬を撫でる風も気持ち良く、空から見下ろす目新しい景色はさらに興味深いもので、昂也は我知らずに身を乗り出していた。
「こーや、あぶない」
「・・・・・あ、ごめん」
昂也の腹にしがみ付き、進行方向には背を向けていた青嵐の言葉に、昂也は焦って体勢を整えた。こんな上空から落ちたら大変
だ。
(今までそんな心配もしたことはないけどな・・・・・)
不思議と、恐怖は感じない。元の世界なら、飛行機に乗らなければ来れないような高さだというのに、息苦しくなく、寒くも無い。
空を飛べたら良いなと、幼い頃に漠然と夢を見たそのままの状態でいられるような感じなのだ。
『でも、みんな綺麗な竜だよなあ』
「コーヤ?」
思わず漏れた日本語に、後ろにいたスオーが怪訝そうに聞いてくる。
「ううん」
スオーなら、俺が一番綺麗だろうと言いそうだ。
誰がということは今の時点ではとても決められないので、コーヤは曖昧に笑って見せた。
竜はあっという間に呂槻に到着した。
体の大きさから町中に下りることはとても出来ないので、少し外れた場所にあった開けた砂地に2匹の竜は舞い降りた。
「ついた〜!」
まだ、空は赤く暮れてもいない時刻だ。想像以上に早かったなあと思いながら、昂也は数メートル下の地面を見下ろす。
もう少し足を折ってくれたら何とか滑り降りることが出来そうなのに、どうやらそこまではしてくれそうにない。
(青嵐を抱いたまま飛び降りても大丈夫かな・・・・・)
捻挫ぐらいならと昂也が青嵐の身体を抱き抱え直していると、
「うわっ?」
いきなり前方から伸びてきた手が腰を抱き、そのまま軽々と地面に飛び降りた。
「グ、グレン?」
(どうしてグレンが?)
再会してから時間は経っていないが、その間にもグレンの自分に対する態度があまりにも変わり過ぎることを感じ、昂也は居心地
が悪くて仕方がなかった。
始めから好意を持たれず、初対面で酷いことをされた。それ以降も、事あるごとに厳しい眼差しや言葉を掛けられていたので、些
細な気遣いも何だかわけがあるのではないかと深く考えてしまうのだ。
「・・・・・」
チラッとグレンの顔を見上げると、彼の赤い瞳がじっと自分を見ていた。
話してくれないので、必然的に昂也の方が礼を切り出す。
「あ、ありがと」
「・・・・・」
「こーや、いこ」
「あ、うん」
もっと何か話した方が良いのだろうかと考えていると、青嵐が小さな手で引っ張ってきた。それに少し救われた気がしながら、昂也
は先に行くヤマブキの背中を追い掛ける。
(そう言えば、ここの長に会うのって、初めてだったっけ)
あの時はバタバタとして、周りをゆっくり見る余裕もなかった。
今もグレンがいるのでゆっくりしていく時間はないだろうが、それでも追われる怖さも感じないので少しだけ気楽だった。
紅蓮は先を行くコーヤの背中を見送る。そして、じっと自分の手を見下ろした。
コーヤ自身に力はないし、身体能力もごく普通だと言うのはわかっている。ただし、側にいる青嵐や蘇芳は並はずれた能力者なので、
自分が気にかけてやる必要など無かった。
それはわかっていたはずなのに、飛び降りることを躊躇うコーヤを感じた途端に手が伸び、その身体を抱いて地に飛び降りていた。
自分でも理解不能な行動を、どう考えたらいいのだろうか。
「紅蓮様」
一歩も足を踏み出さない紅蓮の名を、変化を解いた黒蓉が呼ぶ。
それに顔を上げ、紅蓮はようやく歩き始めた。
「呂槻の長には会われますか」
「立ち寄った挨拶はしなければなるまい」
紅蓮がわざわざ足を向けるなど何事かと、結局は恐縮させてしまうだけだろうが、それでも声を掛けない方が相手に対して変な威
圧感を感じさせるということはわかっていた。
しばらくは黙って紅蓮の後ろを歩いていた黒蓉だったが、前後の人影が少し離れたのを確認したのか改めて声を掛けてくる。
「・・・・・彩加の、常盤殿ですが」
「・・・・・」
「案外簡単に引き下がりましたね」
「・・・・・そうだな」
紅蓮も、それは少し気になっていた。
山吹に同行してコーヤが呂槻に行くことを知り、紅蓮も同行すると告げた時、少しは動揺が顔に表れると思ったのだが。
「それは・・・・・早々のお帰りは残念ですが、どうかお気をつけて」
微笑みながらそう言った常盤の真意は不透明だ。
何か引っかかる部分もあるのだが、それをわざわざ掘り起こすことも無いだろう。
(今はただ、一刻も早くコーヤを我が王宮に連れ帰るだけだ)
自身の一番安心する場所に連れていき、そこで改めてコーヤと向かい合う。
そこからどんな思いや考えが出てくるかはわからないが、王座に就く前にようやく心に引っかかっているものが見え、解決するように思
えた。
直ぐにでも呂槻の長に会うのかと思ったが、その前にヤマブキは姫を迎えに行くと言った。
昂也もそれに同行したかったが、グレンの無言の圧力に屈してしまい、そのまま呂槻の城へと先に向かうことになった。
長はグレンの登場に目を見開いて驚き、茜の口から今回の花嫁の身代わりの話を聞いて絶句していた。
(何も言わなかったのは良かったのかどうか・・・・・)
それはそうだろう。政のために、可愛い末姫は歳の離れたトキワの第三妃になったと思い、悲嘆にくれた日々を送っていたのだ。家
臣に裏切られたという憤りよりも、よくぞ姫を守ってくれたという感謝の気持ちの方が大きいらしい。
もちろん、トキワとの・・・・・彩加との関係がどうなるかは心配でたまらないだろうが、それでも治めている町以上に我が子を愛する長
の姿に昂也はホッとしていた。
「ヤマブキ、遅くなるかな」
ここから姫が身を隠す森までどのくらい掛かるだろうか。
「それほど時間は掛からないはずだ」
「そう?」
「日は暮れてしまうだろうが」
この中で唯一場所の見当がつくらしい茜の言葉に、昂也はそうかあと窓の外に視線を向けた。
一応昂也たちも長に挨拶をしたが、今彼はグレンと話し合っている。身代わりの件で彩加と呂槻の関係が険悪にならないように懇
願しているのだろうと教えてくれたのはコーゲンだ。
やはり、グレンの力はかなり大きいらしい。
「グレン、ちゃんとするかな」
「あれでも、一応次期王だ」
「あれでもって」
スオーの言い方に昂也は眉を顰めるが、どうやらその言葉は撤回しないようだ。
(ホントに、口が悪いんだからなあ)
考えると、これだけあからさまな敵意を向けられ続けても権力を行使しないグレンは我慢強いのだろうか?
(でも・・・・・長に挨拶して、今回の話に決着をつけたら・・・・・)
多分、昂也は王都に行くことになる。新しい王座に就くグレンを見届けて、それからどうすればいいんだろうと漠然と思った。
この世界の再生に協力したいと思う気持ちでここにいるが、出来ることとは何だろうと何度も考えたことを今まで以上に切羽詰まった
気持ちで考えた。
「こーや?」
「ん?」
青嵐の小さな手が、そんな昂也の手を握り締める。
「ここにいていーよ」
「青嵐・・・・・」
今一番欲しい言葉を掛けられたような気がして、昂也は照れを誤魔化すように笑ってみせた。
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