竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 「南の首都、彩加(さいか)に行かなければならなくなった。良かったらお前も連れて行きたいいんだが・・・・・どうする?」
 突然の茜の言葉に、昂也は目を瞬かせた。
(南、サイカ・・・・・行く?)
昨日まで全くそんなことは言っていなかったし、先ほど起きてからも変わった様子はなかったので、突然のその提案に驚きの方が先に
立った。
 この集落は南の領土の中でもかなり辺境にあるらしく、首都はかなり遠くだという話は聞いた。行ってみたくないわけではないが、自
分が同行することで茜の負担が増えないか心配だった。
 「おれ、だいじょーぶ?おかし、ない?」
 言葉の不自由さは黙っていれば誤魔化せるが、この髪の色と目の色は隠すことなど出来ない。
グレンに会いに来たのだと説明したとしても、話が上に届く前にシャットアウトされてしまいそうだ。
 「ん?大丈夫だぞ」
 「・・・・・ホント?」
自信たっぷりに言う茜に、昂也は確認するように問い返す。すると茜は笑いながらもう一度大丈夫だと力強く頷いてくれた。
 「ただ、コーヤには少し協力してもらわないといけないが」
 「・・・・・きょ、りょ?」
 「力を貸してもらいたいということ。これからの旅でお前が目立たないようにすることが俺には出来るから」
 それがいったいどういうことなのかは分からないが、昂也はコクンと頷いた。
ここでの生活は居心地が良いが、かといって何時までもここにいるという選択は出来ない。自分の存在がこの世界にどう影響するの
か、グレン達が受け入れてくれるのか不安はまだ残っているが、前に進む勇気を持たなければならなかった。

 食事が済むと、茜は早速旅の仕度を始めた。
こんなに急ぐのかと昂也は多少戸惑ったが、それでも彼を手伝い、自分も少し大きめだが旅着を着て、この世界にやってきた時に着
ていた自分の服と鞄は大きな袋に詰めて茜の前に立った。
 「お、似合うな」
 「似合う?」
 「後は・・・・・」
 そう言いながら茜が取り出したのは、桶に汲まれた水だ。
 「?」
(水・・・・・顔はもう洗ったんだけどな)
 わけが分からず昂也がじっと見ていると、茜が水の中に片手を入れて何かを念じるように目を閉じる。
しかし、昂也の目では水には全く変化が見えなかった。
 「・・・・・よし」
 少しして自ら手を上げた茜は、大人しく待っている昂也に視線を向けた。
 「少し冷たいが我慢しろ」
 「え?・・・・・ひゃっ」
いきなり手の平で水をすくったかと思うと、茜はそれを昂也の頭の上に垂らした。
途端に冷たさを感じて昂也は声を上げてしまったが、茜はそのまま何度も同じ行為を繰り返し・・・・・俯いた昂也が自身の前髪か
ら雫が落ちてくるのが見えた頃、ようやく手を止めて側の布で髪を拭ってくれた。
 「いいぞ」
 「はあ?」
 いったい、何があったのか分からないまま、昂也は顔を上げて茜の顔を見つめる。
すると、茜はまじまじと顔を見つめて満足そうに頷いた。
 「綺麗に変わった」
 「変わった?」
 「外に出て、壷を覗いてみろ」
何が起こったのか知りたくてウズウズした昂也は、その言葉に急いで家の裏庭に向かうと普段顔を洗う水が溜まっている壷を覗きこん
でみる。
すると・・・・・。
 『茶髪になってる・・・・・』
 鏡のように鮮明に見えるわけではないが、自分の髪の色が変化したのは分かった。
 「ここでは、その色が一番一般的な色だからな。瞳の色までは変えられないが、一見すれば誰もコーヤが珍しい存在だとは分から
ないはずだ」




 防寒用のマントを頭から羽織った昂也は、集落から出た途端ホッと息をついた。
(ぜ、全然バレなかったよ)
隣に茜がいるせいで頻繁に声を掛けられたが、誰もがコーヤはどうしたんだと聞いてきた。少し離れて歩いている昂也がその人だとは
全く気付いていないようだ。
 もちろん、見慣れぬ昂也の姿に誰だと必ず聞いてきたが、茜は首都からやってきた友人の使いだと誤魔化していた。
基本的に人の良い集落の人々はその言葉を疑いもしなかったようだが・・・・・。
(外見って大事だよなあ)
 視界の端に映る自分の髪の毛を見てから、昂也は目の前を歩く茜の背中を見つめた。
いったどんな魔法を使ったのだと訊ねてみたが、茜は笑って答えてくれなかった。今まで一緒に暮らしている間にも、彼があの王宮に
いた人々と同じような・・・・・いわゆる不思議な力を使う者にはとても思えなかったのでさらに謎は深まる。
(畑仕事して、学校に行って・・・・・その間も、全然力なんて使わなかったのに・・・・・)
 不思議な力がある者のほとんどは王都に召集されると聞いたが、コーゲンやスオーという例もある。
(コーゲンがいたら説明してくれたかも・・・・・)
 「コーヤ」
 「あ、な、なに?」
 「足は大丈夫か?」
 「あし?うん、だいじょーぶ」
 しっかりした革で作ったらしい靴は少し大きめで本当は歩き難いが、それを訴えてもどうしようもないことは分かっている。
だからわざと元気良く答えて見せると、茜は少し考えるように眉を顰めた。
 「移動手段が必要だな」
 「・・・・・」
 「とにかく、この隣村まで頑張って歩いてくれ。そこに行けば何かあるだろう」
 「うん」
 もちろん弱音など吐くつもりがなかった昂也はしっかりと頷いたが、その時大きく風が吹いてマントをたなびかせた。
 「うわっ」
何が起こったのだろうと慌てて顔を上げれば、それに一匹の青い竜が飛ぶのが見えた。
 『りゅ、竜だ!』
 だが、今まで見たことの無い色の竜に、自分の知っている者達ではないことは直ぐに分かる。
 「来たか」
 「茜?」
 「急ごう」
なぜか硬い表情のままの茜に肩を抱き寄せられ、先程よりも早いスピードで歩かされた。
 「あ、茜っ?」
今さっき気遣う言葉を掛けてくれたのに、どうして急に無理を言うのか分からない。身長差のせいで歩幅も当然違い、昂也は引きず
られそうになって声を上げてしまう。
 すると、ようやく今の状況に気付いたらしい茜が足を止め、悪いと謝ってくれた。
 「あの姿を見ると平静でいられなくなった。悪かったな、コーヤ」
 「あれ・・・・・知ってる相手?」
あの竜は誰かが変化したものだというのは確かだ。自然とそう訊ねた昂也に、茜は案外すんなりと答えてくれた。
 「あれは南の首都、彩加の首長、常盤(ときわ)だ」
 「と、とき、わ」




 集落の上を何度も旋回した後、青竜は地に下り立つ。
見る間に変化を解いてそこに現れた人物は、鮮やかな青の衣装を身にまとった、金髪に明るい青い目をした男だった。
この村にこれほど高い地位の者がやってくるのは初めてで、人々は遠巻きにしながら男を見つめている。
 「首長様」
 訪れを知らされて待っていた長老が、一歩前に進み出て深く頭を下げる。それに一瞬視線を向けた男は、辺りを見渡しながら低
い声で言った。
 「最近変わったことは?」
 「特にございませんが」
 「本当に?何者かがこの地に流れてきたということはなかったか?」
重ねて聞かれた長老は、そういえばと口を開く。
 「神官の見習いという少年が」
 「神官見習い?どのような容姿をしている」
 「はい・・・・・珍しい黒髪に、見たことの無い黒い瞳を持つ少年でございます」
長老がそう言った瞬間に男の口元が緩んだ。
 「案内せい」
 「はっ・・・・・青磁っ、茜の家に首長様をご案内してくれ」
 「・・・・・はい」
 青磁は深く頭を下げた後、こちらですと言いながら歩き始める。そう広くない集落の中で目当ての家に着くのは直ぐだ。
 「私が手に入れるのか・・・・・」
目を細めて笑う男・・・・・常盤の気配を背中に感じながら、青磁はどうかそこに茜と昂也がいないことを願った。




 どのくらい歩いたのか・・・・・多分、三時間は歩き続けたと思う。
途中何度か休憩を取ったが、合わない靴を履いた昂也にとっては苦行のようなものだった。
 「コーヤ、大丈夫か?」
 「・・・・・うん」
 このやり取りも何度か繰り返したが、段々元気がなくなってきたのは自分でも分かっていた。それでも、もう空元気を出すことも出来
ないほど疲れていたのだ。

 青い竜を見てから直ぐに、茜は近くの森の中に身を潜めた。
しばらくしてまた大きな風を感じて・・・・・どうやら、あの竜がまた頭上を飛んだというのは分かったが、どうしてこんな短時間に移動した
のだろうというのは分からない。
 茜は昂也の身体に覆いかぶさるようにして、しばらくそこから動かなかった。
何がどうなっているのか、全く説明をされないままなので昂也は戸惑うばかりだったが、今は茜のすることに従うしかないとじっとしてい
て、ようやく動き出したのはかなり時間をおいた後だった。
 「そろそろいいな」
 「え?」
 「俺達がいないことに気付いたらしいが、まさか自分のいる場所に来るとは思わないだろう」
 「茜」
 「これから頑張って歩いてもらうぞ、コーヤ」
腕を引かれて立ち上がった昂也に、アカネは少し余裕を取り戻したのか笑みを向けてくれた。

 それからずっと歩き続けて、ようやく見えてきた家のようなもの。昂也はここが目指す隣の村かと思ったが、どうやらそこは旅をしている
者相手の宿屋や雑貨屋が集まっている場所らしい。
 「ここで一泊しよう」
 「泊まる?」
 「それと、コーヤの足に合う履物も揃えようか」
 昂也が歩きにくくしていることに気付いていたらしい茜の言葉に、自然と頬が緩んでしまう。無駄遣いをさせてしまうのは申し訳ない
が、それでもこの大きな靴を履いてこの先歩くのはとても無理のような気がした。
 「ほら、こっちだ」
 歩いて移動する者は割りと多いらしく、せいぜい10軒ほどしかないこの場所にはかなりの人々がいた。
 「色々、ある」
 「ああ、水や食料の補充は大切だしな」
茜の連れて行ってくれた雑貨屋には靴の他、旅着や剣、そして・・・・・。
 『馬?』
 馬・・・・・よりも、足が太く、胴も長い。白と黒が混ざり合っているような毛並みで、目が合うとギャオウと啼かれてしまった。
 「これは羅馬(らば)という生き物だ。大人しいし、足も強くて、旅には便利な乗り物だ。一匹買うか」
 「か、買うって・・・・・っ」
(そんなに安くないよなっ?)
ボロボロの家に住んでいた茜に金の余裕があるとは思えなかったが、彼は店の主人としばらく交渉してから大きな羅馬を一頭買ったら
しい。
その上、昂也の靴と、他にも剣を買い求めて、昂也はいったいいくら散在したのかと気になってしまった。
 「あ、茜、だいじょーぶ?」
 「このくらい大丈夫だ。ほら、次は宿を探すぞ」
 思いがけず太っ腹な茜の言葉をどこまで信用していいのか分からなかったが、それでも昂也は羅馬の背に乗せられて歩くことから開
放されたことは素直に嬉しく感じていた。






                                        






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