竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
5
※ここでの『』の言葉は日本語です
何軒かある宿の中で、茜は一番ランクの良い場所を選んでくれたらしい。
部屋にはちゃんと2つの寝台があったし、身体を洗う風呂場のようなもの(共同らしいが)も別棟にあった。
『ふ〜、気持ち良かったあ』
いわゆる入り慣れた風呂とは違うが、それでも熱い湯と冷たい水が分けて置いてあっただけ、久し振りに風呂らしい風呂に入った気
がした。
「おさきー!」
昂也が部屋に戻ると、茜はそこにいなかった。
どこに行ったんだろうと考えている間に部屋のドアが開き、手に何か持った茜が入って来る。
「お、戻ったか」
「うん」
茜の言葉に答えながらも、昂也はその手に持ったものが気になって仕方がない。どうやら果物らしいが・・・・・。
「食堂から貰ってきた。喉が渇いていただろう?水よりはこっちの方がいいと思ってな」
「あ、ありがと!」
「その前に、そこに座れ」
「え?」
早速手を伸ばした昂也に果物は渡されず、そのままベッドに腰掛けさせられた。続いて、靴を脱がされる。
『・・・・・痛っ』
多分、マメが出来ているのだろうが、見てしまうとなんだか痛みが倍増しそうなので顔を反らした。だから、感覚でしか何をされている
のか分からないが、足全体を冷たい何かで包まれているようだ。
「あ、茜?」
「薬草を巻いているだけだ。これをして寝たら明日はかなり痛みは減る」
「や、やく・・・・・っと」
「明日は大丈夫、だ」
言い変えてもらい何とか意味は分かった。
昂也がそうっと目を開けて自分の足元を見下ろすと、そこには笹のような葉が器用に巻かれ、その上からちょうど押さえるために布を
巻いてくれていた。
「ありがと、茜」
「よし、出来た。じゃあ、これを食べようか」
真っ赤なリンゴのような実を差し出され、昂也はそのままカプリと齧る。歯ごたえはとても柔らかくて、リンゴというよりは桃のような感
触だったが、瑞々しくて乾いた喉を潤してくれた。
『うわっ、これ、美味い!』
この感動を伝えるには使い慣れない異国の言葉よりも日本語の方がいい。意味が分からなくても気持ちが伝わってくれれば嬉しい
と思いながら茜を見ると、茜も笑ってそうかと頷いてくれた。
どうやら、自分の気持ちは伝わったらしい。何だか嬉しくて、昂也はもう一つに手を伸ばした。
深夜。
茜は寝台から身を起こした。
「・・・・・」
そのまま立ち上がると、隣の寝台に眠っていたコーヤを見下ろし、続いて足元の掛け布を捲る。
夕方巻いた薬草を外して見ると、痛々しいほど赤くなっていた足の裏は少し色身が引いていた。
治癒の力を持っていればもっと簡単に、もっと完璧に治してやるのだが、今の自分に出来ることはせいぜいこのくらいしかない。
そう思いながら、茜はよく眠っているコーヤの足の薬草を新しいものに替えてやった。
「よく、頑張ったな」
わけが分からないまま、茜の言う通り旅に連れ出された上、その旅は強行なものだった。
もっと文句を言ってもいいのに我慢している姿は、コーヤもちゃんと男なのだなということを教えてくれる。
「コーヤ、あいつ手配されているぞ」
いったい、なぜ、宰相である白鳴直々にその身を手配されているのか分からないが、今の王宮は信用がならない。
民の方を見ない皇太子に仕える宰相などにコーヤの身柄を渡してしまえば、異な存在として即刻処罰されてしまうかもしれない。
「それだけは、駄目だ」
コーヤを見付けたのも何かの縁だと思っている茜は、その身を守るのも自分の役割だと感じている。
ただ逃げているだけなのかもしれないが・・・・・狭い集落にいるよりは確実に彩加に行った方がその存在を隠すことが出来るはずだ。
「・・・・・守ってやるからな、コーヤ」
翌朝の目覚めは良かった。
昂也はぱっちりと目が開いたと同時に身を起こし、布団をとって足を見た。
「・・・・・」
布に包まれているそれの指先を意識して動かしてみると、感じる痛みはごく僅かなものになっている。どうやら昨日茜が巻いてくれた
葉っぱは役に立ったらしい。
「どうだ?」
その一連の動作を見ていたらしい茜が笑いを含んだ声で聞いてきた。
「だいじょーぶみたい!」
「そうか」
「ありがと、茜」
「今日からまた頑張ってもらわなくちゃいけないからな。朝飯を食ったら直ぐに出発をするつもりなんだが・・・・・」
大丈夫かと問われ、昂也はしっかりと頷く。痛みがこれくらいなら我慢出来るし、足に合う靴も買ってもらった。それに、あの馬のような
乗り物。あれに乗るのならばさらに楽だ。
「朝飯は下の食堂で取るが、出来るだけ視線は上げないようにな」
「は〜い!」
ここで目立つのはちょっとまずい。さすがにそれは分かるので、昂也もしっかりと頷いて同意した。
食堂には十数人の男達がいた。
この宿は少し高めの料金らしいが、結構泊る人も多いようだ。
(やっぱり風呂とベッドは必要だもんなあ)
出された野菜スープと平らなパン(甘くないホットケーキみたいなもの)を俯いてモソモソ食べている昂也の耳には、そこかしこで交わ
される言葉が耳に入ってきた。
「ところで、紅蓮様の王位継承式は何時になるんだ?」
「さあなあ。決まったのも最近のことだろう?」
「・・・・・」
(グレン?)
会話の中にグレンの名前が出たので思わず顔を上げそうになったが、
「コーヤ」
その行動を見越したのか、茜が注意してきて辛うじて押さえる。
「出来れば早く王妃様も決まれば、この世界も安泰なんだがなあ」
言葉が難しくて内容までは良く分からないが、会話の調子からすれば悪い話ではないようだ。
まだセージュとの戦いを終えてから日は経っていないというのに、着実にグレンは前へと歩んでいるのかもしれない。そう思うと、何だ
か昂也まで嬉しくなった。
(俺なんか、何もしてないんだけどな)
グレンのことは少し聞けたが、昂也にはまだまだ心配することがある。
青嵐のことや、シオンのこと。それと、龍巳やアオカがどうなってしまったのか、自分がこの世界から去って今まで、王宮の中のことは
まったく分からないので気になって仕方がない。
(誰か少しでも噂に出してくれたらいいのに・・・・・)
そう思いながら耳をすませたものの、それからも出てきたのはグレンの名前ばかりだった。
食料と水も確保して、いよいよ出発となった。
「・・・・・」
「どうした?」
「・・・・・こわい、ない?」
生まれてから今まで、馬には乗ったことが無い。その代わり竜には乗ったことはあったが、あの時は驚きと興奮が先に立って恐怖を感
じることはなかった。
だが、こうして馬もどきの乗り物、羅馬は現実味があり過ぎて返って怖い。
「大人しい奴だぞ」
「う、うん」
ギャオオウ
(・・・・・泣き声は可愛くないけど)
なかなか身体は動かないが、それでもこのままここに立っているわけにもいかないので、昂也は先に羅馬の背に乗った茜の手を借り
てその背に乗った。
「うわぁ」
(毛、案外柔らかい)
腹周りや足、そして尻尾の毛は固かったが、背中の毛は思った以上に柔らかかった。これならば固くて乗り心地が悪いということは
無さそうだ。何だかその意外性だけでも可愛いと思ってしまい、昂也は恐る恐るその首筋を撫でてみた。
アウゥゥゥ
声も、気のせいか甘くなった気がする。
「かわいー」
「怖くなくなったのか?」
「うん!けっこーかわいーよ」
「じゃあ、しっかりと掴まっていろよ」
手綱代わりに首に巻いている綱を握り締めると、茜がポンと羅馬の腹を蹴る。
『ひゃあ!!』
いきなり凄いスピードで走り始めた羅馬に振り落とされないようにと、昂也は焦って身を屈めてしがみついた。
羅馬は恐ろしいほどの足の速さで走る。
頬に当たる風の冷たさはもはや痛みにさえ感じて、昂也はただ目を強くつぶっているしかなかった。
「ここは身を隠すような所が無いんだっ!隠れられる森に行くまで休み無しで行くぞ!」
「う、うん!」
周りは広々とした・・・・・と、いうより、草や木が少ししか生えていない荒れた土地だ。
もしも空から見下ろせば、自分達の姿は丸見えだろう。この世界に飛行機はないが、竜になれる者はいるのだ。
(そ、そんなにっ、見つかったらまずいのかなっ)
この世界に人間がいること自体問題かもしれないが、それでもここまで身を隠す必要があるのだろうかという疑問が湧くが、それを
今更茜に訊ねるというのも変だろう。
茜は昂也のことを考えて動いてくれている。その茜の指示には出来る限り従わなければ。こんなにも慌ただしいのは間もなく終わる
はずだという願いも込めて、そう考えるしかなかった。
やがて、一番近くの森に入った時、ようやく茜は羅馬の速度を落とした。
「少し休むか?」
「へ、へーき」
「しばらくはゆっくり歩かせるからな」
ようやくゆっくりと呼吸が出来てハフハフと深呼吸を繰り返していた昂也は首を横に振った。自分で歩いているのとは違い、こうして羅
馬に乗っているので身体が疲れるということはなかった。
ただ、気持ちはかなり疲れているが・・・・・。
「南、しゅうと、まだ?」
「まだまだだ」
昂也の気持ちが分かるのか、苦笑しながら茜が言う。想像はついていたが、改めてそう言われると何だかげっそりとしてしまった。
「ま、まだまだ?」
「後4、5日は掛かると思う」
「4、と、5」
(結構あるなあ)
「コーヤ」
「が、がんばる」
「・・・・・頑張ってくれ」
後ろに座っている茜が、ポンポンと頭を叩いてくる。こんな風にさりげなく気遣ってもらえると何だか甘えたくて仕方が無くなったが、今
の状況でそれはちょっと止めた方が良いような気がした。
![]()
![]()
![]()