竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
40
※ここでの『』の言葉は日本語です
グレンに腕を取られて歩きながら、昂也はふとヤマブキに何の挨拶もしていなかったことに気付いた。ヤマブキ本人もとても忙しいは
ずだが、せめてさよならくらいは言いたい。
「グレンッ」
「・・・・・なんだ」
強引な行動をとるものの、一応は話を聞いてくれるらしい。昂也はそれにホッとしてヤマブキに会いたいことを伝えた。
「なぜだ?お前があの男に何の用がある?」
「な、何のようって・・・・・えっと・・・・・」
「呂槻での所要はすべて済んだと言っただろう。家臣であるあの者に改めて会う必要などまったくない」
「・・・・・会えない?」
どうやら、グレンはヤマブキと会うことを快くは思っていないらしい。それがどんな感情からきているのかわからない昂也は、今の段階
では別れの挨拶を諦めるしかなさそうだということだけは悟った。
「・・・・・」
後ろを振り向けば、そこにはコーゲンとスオー、そして茜もちゃんとついて来てくれている。
青嵐は自分の隣でしっかりと服の裾を握っていて・・・・・これだけ一緒にいるのだ、寂しいなどと思うのも悪い気がした。
(あ、そうだ!)
「グレン」
「今度は何事だ」
また名前を呼ぶと、今度はもっと額に皺を寄せられたが、それでもきちんと返事を返してくれるというのが妙に嬉しく感じる。
だが、今から聞くことはけして楽しいことではない。昂也は一度深呼吸してから、ゆっくりと口を開いた。
「シオン・・・・・どうした?」
「・・・・・」
「バツ、受けた?」
元の世界に戻ってからも、竜人界のことで気になることは沢山あった。
竜王になるグレンはどうなったか、青嵐は泣いていないだろうか。
残して行った龍巳やアオカ、コーゲンやスオーは怒っていないだろうか。
なにより、自分の主人であるグレンを裏切ってしまったシオンがどうなったか、昂也は気になって仕方がなかった。
(あんなにも、大変な戦いになったんだし・・・・・)
死者はセージュだけだったが、負傷者はかなりいた。この世界を揺らがすほどの大事の片棒を担いでしまったシオンが、何の咎めも
無かったとは考えられない。
本人は死ぬことも厭わないように言っていたが、どんな罰を受けるにしろ、昂也はシオンに生きていて欲しかった。
死ぬことよりも辛いかもしれないが、生きてこそ・・・・・罰なんだと思う。
「・・・・・」
グレンはじっと昂也を見つめてくる。その沈黙の長さがとても不安に感じたが、やがてグレンは背を向け、歩き出してしまった。
「グ、グレンッ?」
「それは、お前の目で確かめると良い」
「え・・・・・」
「・・・・・」
それ以上は何も言ってくれないらしい。
昂也は少し引きずられるようにして歩きながらも、シオンの面影を頭の中に思い浮かべていた。
竜に変化したのは黒蓉だ。
(こーやはぼくがせなかにのせたいのに)
コーヤが自分以外に触れるのは嫌だし、かといって背の乗せてしまえば自分がコーヤに触れることが出来ない。
どちらがましなのか考え、コーヤの細い腰に抱きつける方がより良いと思った青嵐は、素直に黒蓉の背に乗ることにした。
「俺にちゃんと掴まってるんだぞ?」
「うん」
青嵐が竜に変化した所を見たし、並みの能力者よりも大きな力を操る様子も見たはずなのに、コーヤは自分のことを幼い子供扱
いする。くすぐったくて、しかし、なんだか頼りないと言われている気もして、青嵐は今までにない感情の揺れを体験していた。
(ぼくは、こーやをまもれるんだよ?)
誰よりも、それこそ紅蓮よりも大きな力を持つ自分を、コーヤはもっと頼って欲しい。
「ほら」
「・・・・・」
それでも、広げてくれる両腕の中は青嵐の特等席だ。
ぎゅうっと強く抱きつくと、周りの男達の強い視線を感じ、優越感に頬が緩む。
(こーやはぼくのだ)
誰にも、この場所を譲る気はなかった。
夜更けに旅立った一行が王都に着いたのは、翌日の日が高くなる前だった。
流れる景色を視界の端に捕らえるのが精一杯な感じで、昂也は必死に竜の鱗にしがみつく。
何度も乗った竜の背中。それに乗っていると、自分が本当に異世界に来ているのだという感じがして妙に胸の中がざわつくが、以前
とは違い、自分の意思でここまで戻ってきた昂也にやはり恐怖はなかった。
ただ、改めて自分自身の必要性を考えて不安になる。
(今更、かも)
何度も何度も考えたことを、グレンと再会してより強く感じるようになった。この世界の王となるものが自分をどう扱うか、王都に着けば
わかることだが、それが少しでも遅くなるように・・・・・いや、早く分かれば良い。
「あ・・・・・城だ」
体感では今までで一番早かったように思うコクヨーが王宮の裏山に降り立ち、一行がその背から下りるとコクヨーは直ぐにその変化
を解いた。
「先に参ります」
どうやら、グレンが帰ったことを王宮の人達に知らせに行くようだ。日が高いので竜が空を飛んでいるのも見えたはずだが、そのあた
りはコクヨーの生真面目さがそうさせているのかもしれない。
(でも、グレンが一緒だから当たり前か)
やはり、王様を迎えるとなるとそれなりの準備が必要なのだろうと直ぐに納得した昂也は、差し出された青嵐の手をギュッと握り締め
た。
「・・・・・」
昂也は、ゆっくり周りを見る。ここからいなくなってひと月くらい経っただろうか・・・・・しかし、そんな時間では景色は大きく変わっては
いない。
実際に戦ったのはこの地ではないが、それでも本当にそんなことがあったのだろうかと思うほどの静けさだ。
『本当に・・・・・戻ってきたんだ・・・・・』
考えれば、ここからすべてが始まった。自分が暮らしていた世界とはまったく別の世界があることを知ったし、そこで人間が持ちえな
い不思議な力を持つ竜人たちと知り合うことも出来た。
始めは扱いもあまり良くはなかったが、それも今となっては大変だったなあと思い出すくらいだ。
それよりも昂也の記憶に深く刻まれているのは、やはりあのセージュとの戦いの日々だった。
(なんか、今も落ち付かない気持ちはあるんだけど)
実際に力をぶつけあったのは自分ではないし、あの時はただみんなの間をウロウロとして、子供のように叫んで、返って迷惑だった
のではないかと思う。
城に向かって山道を歩きながら、昂也は前を行くグレンの背中を見た。
一つの世界を背負わなければならない者の大きな責任感か、それとも威圧感か。こうして見ると真正面から顔を見るよりも声が掛け
づらいが、昂也はこの地に来てどうしても一番にしたいことがあった。
「グレン」
「・・・・・」
歩みは止まらない。それでも、紅蓮には自分の声が聞こえているはずだ。
「グレン、直ぐにシオンに会いたい」
「・・・・・」
「お願い」
出来るだけ感情的にならないように、自分の気持ちを伝える。
自分で確かめろと言ったグレンの言葉もあったが、彼が今もちゃんと無事なのかどうか、早くこの目で見て安心したかった。もう既に
罰を与えられているのか、それとも・・・・・。考え出すとドンドン悪い方へ思考は傾く。
今のグレンを見れば、そんなに最悪なことはない・・・・・とは思っても、話してくれなければ何もわからないのだ。
もう一度問い直そうとした時、不意に足を止めたグレンが振り返った。
「・・・・・っ」
(わ、笑ってる?)
いや、正しくは苦笑いと言う方が近いのかもしれないが、口元が緩むグレンというのは見慣れなくて、昂也は思わず青嵐と繋いでい
た手に力を込めてしまった。
「あ奴も、お前に会いたいだろう」
「え・・・・・?」
「行くぞ」
それが目の錯覚だったかのように、何時もの無表情に戻ったグレンは再び背を向けて歩き始める。
しばらくその場から足が動かなかった昂也は、青嵐に促されて慌てて歩みを再会した。
(あ、あれって、反則だろっ?)
「紅蓮様っ」
王宮の正門まで来ると、既に白鳴以下大勢の臣下が出迎えに出ていた。
今回の彩加への来訪が先の聖樹の反乱に係わることなので出発は隠密にしていたが、その結果も一応は杞憂ということになり、そ
の上捜していたコーヤも連れ帰るというので、皆の顔は紅蓮の想像以上に晴れやかになっている。
「ご無事のお帰り、安心致しました」
「突然の留守を頼んで申し訳なかった」
「いいえ。その結果、思い掛けない良い土産がありましたようで」
穏やかに笑む白鳴が何のことを言っているのかわかり、紅蓮は背後を振り返った。
想像以上の多くの出迎えに驚いたのか、大きな目をさらに大きくしているコーヤは、落ち付きなく動かしていた視線を白鳴で止め、直
ぐに大きく頭を下げた。
(そのように大きく動かせば、首がもげてしまうのではないか?)
忙しないコーヤの行動は突拍子もなさ過ぎて目が離せない。
「お帰り、コーヤ。そう言ってもいいだろうか?」
「え、あ、あのっ、ごめんなさい!」
「・・・・・」
「心配、した、から」
「・・・・・ああ、心配をさせたと言いたいのかな?それならば無用だ。無事な姿がここにあれば良いのだし」
どうやら白鳴はコーヤの言いたいことがわかるらしい。拙い言葉の中の真実をくみ取り、その結果コーヤがホッと安堵する様子は見て
いて複雑だったが、ここにいたいという理由になるのならば黙認するだけだ。。
「紫苑には?」
その質問をあらかじめ予期していたのか、白鳴は少しも表情を変えることなく淡々と答える。
「まだ知らせておりません」
「そうか・・・・・コーヤ、こちらだ」
反乱に手を貸した紫苑を自分がどう罰したのか。
その結果をコーヤがどう感じるか、紅蓮は早くその反応を見たかった。
(シオンに会える・・・・・)
最後、どんな会話を交わしただろうか。あの時は自分も必死で一言一言まで覚えていなかったが、それでもこれだけは伝えたはず
だ。
自ら自分の生を諦めないで欲しい。
生きて、欲しい。
必要なんだ、と。
グレンがシオンに罰を与えるのは仕方がないにしても、シオン自らが生を諦めることだけはして欲しくなかった。今のシオンは、ちゃん
と生きようとしてくれているだろうか。
「お前がいて・・・・・良かったと思う」
「グレン?」
前を向いて歩いたまま言うグレンの声は、不思議と穏やかだ。お前というのが自分のことを指しているのかと思いながら聞き返した
昂也に、グレンは今度こそ笑みを含んだ声で言った。
「お前以外、誰がいる」
「あ、うん、そっか」
(だ、だって、グレンに褒められるなんて考えてもいなかったし・・・・・なんだか、こそばゆい)
「紫苑に生きる力を与えたのは間違いなくお前だ。主として、礼を言わなければならないな」
「えっ?」
(れ、れいっ、お礼のことだよなっ?)
いまだ乏しい言葉の知識の中でも、その言葉は使うことが多かったのでちゃんと聞き分けられていると思う。
シオンのことでグレンが自分に礼を言う。なんだか本当に現実ではないようだ。
(本当に、変わったんだ、グレン)
威圧的な言動は落ち付いた物言いになり、一方的に命を下すわけでもなく、周りを、それも嫌っていたはずの人間である自分にも
気遣いを見せてくれる彼が、ほんの短期間にこれほど変わったということが信じられなくて驚くばかりだ。
「ここだ」
「・・・・・」
長い廊下を通り、やがて一つの扉の前に立つ。この向こうに、シオンがいる。
(俺も、ちゃんと向かい合わないと・・・・・)
感情だけで突っ走るだけではいけない。
ドアの向こうに待っているシオンとの再会が更に自分を成長させてくれるような予感を感じながら、周りの視線が集まる中、昂也は
重い扉を開いた。
第一章 完
![]()
![]()
![]()