竜の王様2
竜の番い
第二章 孵化の音色
3
※ここでの『』の言葉は日本語です
コーシが複雑な表情で青嵐を見ている。それだけ、竜人にとって角持ちと言う存在は脅威で、容易には受け入れがたい存在なの
かもしれない。
あんなに力の強いグレンやコーゲンたちでさえ、青嵐の力を目の当たりにした時は相当に驚き、警戒をしていたように思えた。
(俺の考えが短絡なのかな・・・・・)
「コーヤ」
「・・・・・どうした?眠たいなら寝ていいぞ?」
甘えて寄り添ってくる青嵐の背中をポンポンと叩いてやると、安心したのかうつらうつらと目を閉じ始める。
つられたように他の子供たちも寝る体勢になったのを見て、コーシは側に畳んでいた布を取りに行った。
「ここに寝かせていい?」
「はい」
しばらくすると、子供たちはまるでプッツリと意識が途切れたように眠りに落ちる。
丸まって、団子のように寄り添って眠る子供たちの髪を1人1人撫でてやり、コーシや他の神官たちと共にその身体に布を掛けてやっ
た。柔らかで軽いそれは綿菓子のようにふわふわで、きっとぐっすり眠れるに違いない。
寝ている子供たちを起こさないようにそっと部屋を出た昂也は、ふうっと大きな溜め息をついてからコーシを振り返った。
「なあ、コハクたちがどこにいるか知ってる?」
「琥珀、ですか?それは、反逆者の・・・・・」
「う、ん、そう」
昂也にとって、最後の最後でこちら側に付いてくれたコハクとアサギは裏切り者だという認識ではない。少しだけ、方法は違っても、グ
レンたちと同じように、この世界を良くしたいと思う人たちだった。
だからこそ、コーシの口から反逆者だと聞くのはつらい。だが、それも事実なのだ。
「・・・・・私には出来ません」
「え・・・・・知らない?」
「知っていますが、勝手に案内は出来ません。紅蓮様にお伺いをたて、許可を頂いてからなら・・・・・」
「グレンにかあ」
「すべては紅蓮様がお決めになることですから」
確かにそうかもしれない。グレンが簡単にOKを出してくれるかどうかはわからない・・・・・いや、高い確率で駄目だと言われそうだが、
昂也はやはり彼らと会っておきたかった。
セージュと共にこの世界を変えようとしたのを、直前になってそのセージュを裏切ってしまったことを後悔はしていないか。
ちゃんと、これからのこの世界の中で生きていくと考えてくれたか、気になって仕方がない。
「じゃあ、今からグレンのとこに戻って・・・・・」
「その必要はない」
「え?」
突然割り込んできた声に慌てて顔を上げた昂也は、何時の間にかたたずんでいたコクヨーの姿に思わずドキッとしてしまった。
(い、何時の間に現れたんだ?)
まったく気配を感じさせなかったコクヨーに驚くひまもなく、彼は付いて来いと背中を向ける。
「あ、あのっ」
「琥珀と浅葱に会いたいのだろう。お前はきっとそう言うだろうと、紅蓮様はわかっていらした」
「じゃあ・・・・・」
わかっていて、こうしてコクヨーを寄越したということは、それを許可してくれたということなのだろうか。
嬉しいが、心のどこかできっと反対されると思っていただけに戸惑いも大きく、昂也の足はなかなか前に一歩踏み出すことが出来な
い。
すると、しばらく先を歩いていたコクヨーは立ち上がり、無表情な中眉だけを顰めて口を開いた。
「早くしろ。私も暇ではない」
「う、うん、ごめんっ」
その言葉にようやく背中を押された気分になり、昂也は慌ててコクヨーの側に駆け寄る。それを待っていてくれたコクヨーは昂也が追
いつくとまた歩き出した。
扉が叩かれ、紅蓮は顔を上げた。
「紅蓮様、茜を連れて参りました」
白鳴の言葉に顔を上げた紅蓮は、入室して扉近くに片膝を着く茜に視線を向けた。
「茜」
「はい」
「お前と常盤の関係を聞いておきたい。隠さず、すべてを話せ」
南の都、彩加の首長、常盤と、辺境の地に暮らしていたという茜の間に何があったのか。コーヤのことは関係なく、この2人の間に
は何か深いかかわりがあるような気がした。
紅蓮の言葉に茜は顔を伏せたまま、先ほどと変わらない体勢でいる。それが質問を拒否しているつもりなのかはわからないまま、
紅蓮は顔を上げろと促した。
「・・・・・」
言葉に従い、茜は顔を上げる。その表情の中に動揺はなく、むしろ、こういう場面があることを覚悟していたような顔付だ。
「・・・・・確かに、彩加の首長、常盤と私の間には、浅からぬ因縁がございます。しかし、それはわざわざ紅蓮様がお聞きになるよう
なことではございません」
「茜」
「ですが、一言だけ言わせていただけるならば、常盤と言う男の心中はけして清廉潔白などではなく、紅蓮様にお見せしている忠誠
の中にも明らかな綻びがございます。くれぐれもあの者の言葉をうのみになどなさらぬよう」
茜の様子から、その浅からぬ因縁とやらを口にする気はないというのは伝わってくる。個人的な諍いなのかどうか、身分の違い過ぎる
2人の関係性は想像も困難だった。
しかし、茜の言葉の中に出てきた常盤の人となりは、紅蓮も密かに思い描いていたことだ。表向きはけして裏切ることがないと見せ
ているのに、その目の中に底知れに欲があるような・・・・・。
(そのあたりで、何かあったというのか?)
「告げぬというのを無理やり口を割らせようとしても、お前ほどの能力者を簡単に御することが出来ないというのはわかっている」
「・・・・・」
「しかし、常盤はコーヤという存在と、角持ちの存在も知った男だ。この先王家への忠誠を忘れなければよいが、その存在が災い
の種になりうる可能性もある。その時は、どのような手段を用いてもお前の口を割るつもりだ。その覚悟は今のうちから持っているが
よい」
民を疑うことなど今までになかった。それほど、王家の存在は絶対だったし、皇太子として生まれた紅蓮はその忠誠を一身に受け
止める側だった。
だが、それも聖樹の起こした反乱で変わってしまった。いや、聖樹と言うよりも、紫苑の裏切りの方が大きかったかもしれない。
どんなに親しい間柄でも、表面上は忠誠を誓われても、知らぬところで裏切られている可能性もあることを身をもって知った紅蓮は、
前々から曲者だと思っていた常盤への警戒心を強くしていた。
「紅蓮様」
「なんだ」
もう下がってもいいと言おうとした紅蓮は、改めて声を掛けられて茜を促した。
「あなたはコーヤをどうするつもりですか?」
「・・・・・」
「人間でありながら、コーヤはこの竜人界の未来を憂いてここにいてくれている。あなたはそのコーヤの好意を純粋に受け止めるだけ
なのか、それとも、他に思いがあってコーヤを御自身の身の内に引きとめようとなさっておいでなのか・・・・・お教え願いたい」
「・・・・・お前に言う必要などない」
紅蓮にとって、自分のものであるコーヤを側に置いておくことはごく当たり前だ。勝手に人間界へと戻り、再び竜人界に現れたというの
に直ぐに自分のもとにやってこなかったコーヤこそが、自身の立場を今もってよくわかっていないだけなのだ。
竜人と人間。
相いれない者同士だとわかっているうえで、紅蓮はコーヤを欲している。あの人間が自分にとって必要なのだと、強く自覚はしていた。
それがどういった意味からかは明確に言葉には出来ないが、それでも、知ってしまったあの存在を知らなかった頃には戻ることは出来
ず、いない間にあれほど乾いてしまった自身の心を思えば、もう二度と失うことなど考えられない。
「コーヤを保護した功労と、コーヤ自身の進言もあり、お前をこうして王都にまで連れてきたが、少しでも怪しげなふるまいをすれば
即刻国に送り返す。その時は、誰のどんなとりなしがあろうとも覆ることはない・・・・・よいな」
「・・・・・はい」
きっぱりとした口調で言った茜を今度こそ下がらせると、それまで同じ空間にいたと気付かないほどに静かに控えていた白鳴に視線
を向けた。
「あれの身元は確かか?」
「調べましたところ、両親祖父母の代も何ら問題はございませんでした」
「・・・・・そうか」
(もしかしたら、どこかで王家の血が混じることがあったかもしれないと思ったのだが・・・・・)
江幻や蘇芳のように、何らかの形で王家の血をその身に受け継いでいる可能性もあると考えて白鳴に調べさせたが、その血統に
不審はないという。
単に、考え過ぎなのだろうかと思う反面、紅蓮はやはり茜を唯の田舎者だとは思えなかった。
前を歩くコクヨーは相変わらず無口で、昂也はどうやって会話の糸口を掴もうかと悩んだ。
しかし、その気配を探ってもなかなかきっかけは掴めない。それならば少々場違いと思われようと強引に話を切り出すことにした。
「コクヨー、シオンはどうなるんだ?」
「・・・・・」
「生きていてくれたことは嬉しいし、思った以上に綺麗な部屋に入れられていたことにも安心したけど・・・・・グレンはシオンに罰を与
えようとしているのかな?」
シオンが無事に目の前にいてくれたことに思いがこみ上げてきて、本当に良かったと思ったのだが、少し気持ちが落ち着くと彼がこの
後どうなるのかが心配になってきた。
最悪の事態は多分、ないと思う。グレンが本当にシオンを許さないと思っていたら、あの戦いが終わってすぐに何らかの決定をしてい
たはずだ。ただ、本当にこのままシオンを許してくれるのかと楽観は出来ないような気もするのだ。
(シオンがグレンを裏切ってしまったのは事実だし・・・・・シオンを許すと、他の人たちも・・・・・)
シオンだけを許し、セージュに付いた他の反乱側の竜人たちだけに罰を与えることなど、きっとあのグレンはしないだろう。
だからこそ、昂也はコハクたちに会っておきたいと思った。
「グレンだって、ちゃんと考えてると思うけど・・・・・」
「・・・・・」
「上に立つ立場って難しいよなあ」
話しているうちに、昂也はコクヨーに対してというよりも自分自身の考えに問い掛けるような気になっていた。
この世界のことを詳しく知らない自分が何を言っても、すべての竜人を守らなければならないグレンの大変さをわかるはずはない。
「・・・・・もう、罰は与えられた」
コクヨーの返事を期待していなかった昂也は、唐突にそう言われて思わずその顔を見上げてしまった。相変わらずあまり表情のない
顔だったが、その口調だけでコクヨーの無念さが昂也にも感じ取れる。
考えたら、彼は昔からのシオンの友人で、同じようにグレンに仕えていたのだ。その無念さは当然、昂也以上のものがあるはずだ。
もしかしたら、暴走してしまったシオンを責めるよりも、そんなシオンを止めることが出来なかった自分を責めている・・・・・そんなふう
にさえ見えた。
「紫苑は力をなくした」
「・・・・・え?」
「一度能力者として生きた者が、その力をなくしてこの先残りの生を送るのだ。紫苑にとってこれ以上の罰はないだろう。紅蓮様も
それを考えて、身柄を王宮に残したのかもしれない」
「・・・・・そう、なんだ」
シオンに降りかかった思いがけない大きな試練に、昂也は溜め息と共にそう呟く。満身創痍な彼の後遺症を考えないわけではな
かったが、まったく力を失ってしまうとは思ってもみなかった。
「・・・・・」
「・・・・・なに?」
じっと自分の顔を見下ろしてくるコクヨーの眼差しに聞き返すと、コクヨーは視線を逸らさないまま言う。
「もっと、驚くかと思った」
「驚いているよ?」
ただ、何の力も持っていない昂也は、その力がないとどう変わるのかが想像出来なかった。シオンやコクヨーが当たり前のように使っ
ている力は本来、とても特別なものだと思う。
(俺の想像力が貧困なのかもしれないけど)
グレンがシオンを見捨てず、追放したり重い罰を与えなかっただけでも喜んでいいのではないか。
「それならば、どうしてもっと嘆き悲しまない?」
だが、コクヨーにとっては昂也の反応は解せないものだったらしい。まるで責めるようなコクヨーの口調に、昂也は首を横に振った。
「だって・・・・・俺はシオンじゃない。シオンの辛さを代わって口にすることなんて出来ないよ」
まるで諭すようなコーヤの言葉に、黒蓉の胸の中のざわめきはさらに大きくなった。
紫苑の身に降りかかった重大事を知れば、コーヤならばきっと我がことのように涙を流し、嘆くだろうと思っていた。それが、単なる自
分の思いすごしで、今目の前のコーヤの反応はとても大人びたもので、普段の彼との差があまりにもあるように感じたのだ。
「力をなくしたのは紫苑の罪ゆえ仕方がないと言うのか」
「・・・・・仕方がないなんて思ってない。俺に出来ることだったらしたいって思ってるし、シオンのことだって彼が望むなら手助けもした
いよ。でも、シオンが自分で背負おうとしている分は、シオンがちゃんと向き直らないといけないんじゃないかって思う」
一言一言、コーヤ自身噛みしめるように口にする言葉に、黒蓉は意識しないまま紫苑よりも自身を優位に考えていたという事実に
愕然としてしまった。
紫苑の痛みを癒してやりたいと、同じ悲しみを共有しなければと、どこかで自分自身が悲壮な覚悟をしていた。いや、わかってやら
なければという気持ちが強くあった。
しかし、コーヤはそうではないと言う。周りが支えてやるということとは別に、本人が乗り越えなければならないことが確かにあると言
うのだ。
(私は・・・・・紫苑を憐れんでいただけなのかもしれない・・・・・)
「コクヨー?」
「・・・・・」
力を失ってしまった紫苑をどうにかしてやれるのは自分たちなのだと、紫苑が自分自身で立ち向かおうとする力を奪おうとしていた。
(・・・・・お前に、教えられるとは・・・・・)
自身よりも年少の人間の少年にその事実を突き付けられ、黒蓉は自分自身の甘さと傲慢さを恥じて視線を逸らしてしまった。
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