竜の王様2

竜の番い





第二章 
孵化の音色








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





(なんか、まずいこと言ったかなあ・・・・・)
 再び黙り込み、さらに険しくなったコクヨーの横顔を見つめ、昂也は自分の言葉を頭の中で何度も繰り返してみた。
言葉が通じるからと自分の考えをそのまま口にしてしまったが、コクヨーにとってそれはあまり面白い話ではなかったのかもしれない。
 それでも、昂也は今の自分の言葉を後悔しなかった。シオンを大切に思う気持ちは本当だし、彼を助けたいと思うものの、彼のす
べてを抱えられるほど自分が大人だとはとても思えないのだ。
 「ここだ」
 「・・・・・え?」
 考え込んでいた昂也は不意に声を掛けられ、慌てて顔を上げた。
 「ここに、コハクがいる?」
 「浅葱も共にいる」
 「アサギも?」
2人は別々だと思っていた昂也は驚いたが、コクヨーはそんな昂也の驚きなど意に介さないかのように扉を数回ノックしてから開けて中
へと入っていく。その後を、昂也も慌てて追いかけた。
 「あ」
 「・・・・・っ」
 その部屋は、シオンがいた所と同じように牢屋ではなかった。ごく普通のシンプルな部屋で、床に片膝を立てて座っていた2人は、突
然入ってきた昂也とコクヨーの姿に目を瞠っている。
 「コハク、アサギ」
 「お前・・・・・」
 「人間界に戻ったのではなかったのか?」
 「あ・・・・・」
(やっぱり、そう思われてたんだ)
 昂也にとって、あれは自分の意図しない期間だったが、残された者にとっては昂也自身が望んで帰ったと思ったに違いない。
元々、ずっと元の世界に戻ると口にしていたのでわからなくもなかった。
 部屋の奥に入っていく時も、昂也は2人の視線をずっと感じる。そんなに見られると身体に穴が開きそうだなとなんだかおかしく思い
ながら、昂也は2人の前に立った。
 「俺、戻ってきたんだ」
 「・・・・・戻ってきた?」
 コハクは昂也の言葉を繰り返す。まだ信じられないという表情だが、どうやら驚きからは覚めたようだ。
 「うん」
 「・・・・・また、呼ばれたのか?」
 「はは、前はそうだったけど、今回はちゃんと自分の意思で来たんだよ」
理由を一から説明するのは大変だしと、昂也は端的に現状を告げた。
だが、どうやらそれだけでは昂也がここにいる意味がわかりかねたらしい。眉間の皺が深くなるのを見て、昂也はどう説明しようかと考
えた。
 だが、多分どんな言い方をしようとも、昂也がこの世界に戻ってきた気持ちを理解してくれというのは難しいかもしれない。
それならば、今自分がここにいる事実だけを知ってもらったらいいと思った。
 「こうして、ちゃんと会えてよかった」
 「・・・・・」
 「人間の俺が、この世界のことに口出しできるなんて思っていないけど・・・・・それでも、少しは関わったからさ。グレンと話出来た?
ちゃんと自分たちの言いたいこと、伝えられた?」
 以前の彼は自分にも他人にも厳しいように感じた。それだけ、王子という立場にプレッシャーを感じていたのかもしれない。そんな彼
は自分の理解出来ない思想など初めから絶対に受け入れられなかったのかもしれないが、今のグレンならば・・・・・。
 「・・・・・私たちが言いたいことは伝えた」
 昂也の心配をどう捉えたのか、コハクはそう答えてくれた。
無視することも、反論することも出来たのに、こんなふうにちゃんと応えてくれたことが嬉しい。
 「そっか。グレン、ちゃんと聞いてくれたんだ」
 「コーヤ」
 「え?」
 「お前は、どうしてここに戻ってきた?お前の生きるべき場所は人間界だろう」
 「う・・・・・ん、それは、わかってるつもり、だけど」
 今となっては、自分の僅かな協力なども必要ないほど、グレンがちゃんと周りに目を配っていることがわかるが、あの時は本当に自
分も何かしたいと急きたてられるように思いこんでいたのだ。
(結局、迷惑をかけちゃったけど・・・・・)
 助けてくれた茜や、自分を探していてくれたコーゲンやスオーに、心配ばかり掛けてしまっている。申し訳なさはもちろん大きくて、少
しだけ、自分がこの世界に戻ってきたことを後悔しそうになってしまうが、昂也はそんな自分に何度も言い聞かせていた。
 何の力もない自分が、こうして再びこの世界にやってこれたということは、僅かでも自分という存在がこの世界に必要なのだ、と。
ポジティブに物事を見ていきたい。
昂也は自分をじっと見ているコハクを見つめ返した。
 「ここに、戻ってきたいって思ったんだ」
 「・・・・・」
 理解出来ない・・・・・眉間に皺を寄せたコハクはそう言いたいようだ。
どう説明しようかと考えた昂也は、不意に肩に手を置かれて顔を上げた。




 はっきりとした処罰はいまだ決められていないとはいえ、琥珀と浅葱は皇太子紅蓮に刃を向けた反逆者だ。
彼らには彼らなりの正義があるのかもしれないが、紅蓮がすべてである黒蓉にとって、いくら聖樹の甘言に騙されたとしても彼らは許
せない存在だった。
 コーヤが彼らに会うことを予想していた紅蓮が、黒蓉が付くという条件でそれを許したということも本当は納得をしていない。
彼らが改心をしていたとしても、会わせるのは危険過ぎだ。
 「ここに、戻ってきたいって思ったんだ」
 琥珀の問いにそう答えたコーヤに、さらに琥珀が何か問い掛けようとしている。それに気づいた黒蓉は反射的にコーヤの肩を掴んで
しまった。
 「コクヨー?」
 どうしたのかと、不思議そうな黒い瞳が自分を見上げてくる。
 「・・・・・もういいだろう」
 「え?で、でも」
 「この者たちは処罰を待っている。本来なら自由に発言することも許されない身だ」
 「あ・・・・・」
本当はここまで厳しくはないのだが、コーヤはその言葉に急に心配そうな眼差しで2人を振り返った。どうやら黒蓉の言葉で、反対に
2人の行く末に不安を抱いてしまったらしい。
 しかし、黒蓉にしてみれば、そんな気持ちをコーヤが抱いていること自体がなんだか・・・・・悔しい。
 「行くぞ」
 「うわっ」
コーヤの肩を抱くようして歩き始めた黒蓉は、しばらくして、
 「ちょ、ちょっと、ストップ!」
耳慣れない言葉と共に、数度手を叩かれてようやく立ち止まった。
 「なんだ」
 行動を制限されて少し不機嫌に問い掛けると、コーヤはなぜか浅い呼吸を繰り返しながら言う。
 「は、やいって!」
 「早い?」
 「足の長さが違うってーの!」
 「・・・・・」
改めてそう言われ、黒蓉はまじまじと隣に立つコーヤを見下ろした。
確かに、自分の胸元くらいしか身長のないコーヤと己とでは、当たり前だが手足の長さがまるで違う。歩幅も黒蓉の半分近くで、歩
く速度がまったく違うためにコーヤは疲れてしまったようだ。
 今まで誰かに合わせるということなど考えたこともなかった黒蓉は、改めて自分とは違うコーヤのことを見る。そして、今度はたった
今までコーヤの肩を抱いていた自分の手に視線を向けた。
(・・・・・小さい)
 ほんの少し力を入れただけで骨も砕けそうなほど華奢なコーヤ。気遣わなければならない・・・・・そう思ってしまった。
 「わかった」
 「え?」
今度はそっと、コーヤの肩を抱き寄せ、先ほどよりもゆっくりと歩き始める。どのくらいの速度で歩けばいいのかわからないが、せめて
コーヤが息を乱さないようにと心がけた。




 コクヨーに連れられて行ったのはグレンの部屋だった。
コーヤの目ではどの部屋がだれの部屋かなどまったく見分けがつかなかったので、重いドアを開けた先にグレンの姿があった時にはや
はり驚いた。
 「どうして?」
 「・・・・・なにがだ」
 グレンはそんな昂也の反応が面白くなかったらしい。向かっていた机の前を離れると、ドアの近くに立ったままだった昂也の直ぐ側ま
で歩み寄ってきた。
(う・・・・・すっごい圧迫感、なんだけど・・・・・)
 慣れたつもりだったが、やはりグレンには圧倒的な威圧感というか、どこか恐怖を感じる気持ちがある。
 「あー、えっと、グレンの部屋にくるとは思わなかったから」
 「お前は私の側にいるんだ」
 「は?」
(それって、どういう意味?)
戴冠式が間近に迫っているグレンは、それこそ目が回るほどに忙しいはずだ。そうでなくても先の戦いの後始末もあるし、さらには昂也
探しも加わって、ますます時間は無くなってしまっただろう。
 そんな彼の側にいても何が出来るわけでもないし、どちらかと言えば今の昂也はあの子供たちの方が気になる。出来ればあの部屋
に戻して欲しいと思い、それを訴えようと口を開き掛けたが、
 「ご苦労だった」
その前に、グレンが昂也の後ろに立っているコクヨーに向かってそう言った。
 「あれらはどうだった」
 「それほど会話はしませんでした。何やら疑問を抱いたようでコーヤに問い掛けていましたが、コーヤも明確な答えを言ったわけでは
ありません」
 「ちょ・・・・・っ」
 そこまで詳しい報告などしなくてもと思ったが、コクヨーは昂也とコハクたちの会話を詳細にグレンに話した。
第三者の口から改めて聞く自分の言葉は本当に意味がわからないなと焦るものの、どうやらグレンにとってはある程度予想が出来た
展開だったらしい。
 「わかった。下がっていい」
 「・・・・・はい」
 コクヨーは一瞬昂也の方を見たが、直ぐに頭を下げて部屋から出ていった。静まりかえった部屋の中に2人きりになってしまい、昂也
はどうしようかと窺うようにグレンを見てしまう。
 「・・・・・あの」
 「・・・・・」
 「・・・・・青嵐のとこ、行ってもいい?」
 「駄目だ」
あまりの即答に、昂也は次の言葉が出てこなかった。




(私の側にいるのがそんなに嫌だというのか)
 うろうろと動き回っていたコーヤがようやく自分の傍で落ち着いたと思ったのに、当の本人からはまた違った相手の名前が出てくる。
どうして竜王たる自分を優先しないのか。
おとなしく側にいないのか。
 これは竜人だから、人間だからということは関係ない。コーヤの気持ちが問題なのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・?」
 「・・・・・」
(私が何のためにお前を探し続けたのか・・・・・わからないのか?)
始まりなど関係なく、コーヤは既に紅蓮のものだった。自らが捨てたのならまだしも、勝手にいなくなってしまったものを探し出し、再び
この手にするまでどれほど胸を痛めたか。
 「・・・・・あ」
 無意識のうちに伸ばした手がコーヤの腕を掴んでいた。グレンの片手でも容易に回りきれるほど細いその感触をしっかりと感じなが
ら、紅蓮はそのまま自身の胸の中に小さな身体を抱き込んでみる。
 「え?な、なに?」
 「・・・・・」
(・・・・・なぜ、こんなにも温かい・・・・・?)
 人間特有だからか、それともコーヤがまだ子供だからなのか、その身体はこうして腕の中に抱き締めているだけでとても温かい。
これが、素肌と素肌を合わせたら、もっと・・・・・熱いのだろうか?
 初めてコーヤが竜人界にやってきた時、有無を言わさずにこの腕の中に抱いたあの時は、いったいどれほどの熱さだったのだろうか。
思い出したいのに、あの時の自分は人間への憎悪でまともにコーヤの感触さえ感じたくなかった。
 それが、今はどんな些細なことでも、記憶に留めておきたいと思う。いや、誰よりもコーヤのことを知っていたい。
 「グレン?」
自身を凌辱した己にまったく警戒心を抱いていないコーヤを見ていると、あまりにも自分の存在が軽いように思えてしまう。
紅蓮はすっと目を眇めると、
 「!」
その小さな唇を奪っていた。