竜の王様2

竜の番い





第二章 
孵化の音色








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 「絶対に、紅蓮が断らないようにするから」

 コーゲンはそう言ったが、昂也はグレンが何も言わず王宮を出ることを許してくれるのか不安だった。
そうでなくても、グレンは昂也をずっと探してくれていたのだ。ようやく出会い王宮に連れてこられてまだ一日も経っておらず、せめてもう
少しここにいた方がいいのではないかとさすがに思った。
 しかし、コーゲンはあくまでも自信満々で、絶対にグレンが断らないだろうと確信しているようにさえ思える。どうしてそんなに自信があ
るのだろうと思いながらコーゲンについて歩いていると、ふとここにいない茜の顔が思い浮かんだ。
 ここに連れてきてしまった自分がいなくなってしまうと言うのに、茜だけをここに置いて行ってもいいものだろうか。
 「コーゲン」
 「ん?」
 「あのさ、茜も一緒にいい?」
コーゲンやスオーが茜のことをどう思っているのかよくわからないが、それでも嫌っているようには思えない。それならば、頼めばなんとか
一緒に連れて行ってもらえるのではないか・・・・・そう考えた。
 「・・・・・茜も一緒がいいのかい?」
 一瞬、コーゲンの赤い目の色が深くなったような気がした。しかし、口調は怒っているようには感じない。
 「う、うん」
 「そうだねえ」
 「・・・・・駄目、とか?」
 「とりあえず、本人にその気があるのかを聞いてみようか。今の言葉はその後に聞くから」
 「茜に・・・・・」
確かに、茜が自分たちに同行するかどうかは本人に確かめなければわからない。もしかしたら、このまま王宮に残る可能性もまったくな
いというわけでもないので、昂也は素直に頷いた。




 宛がわれた部屋は、何の身分もない者にはもったいないほどに立派なところだった。
(これも、コーヤと関係しているせいか)
初め、宰相の白鳴がコーヤを探していると聞いた時、それはきっと竜人界に紛れ込んだ人間を速やかに確保し、追放するか何らか
の処罰を与えるかするためだと思っていた。
 だからこそ、その存在を隠そうと思ったし、さらにはその存在に興味をもったらしい常盤には絶対に渡さないつもりだった。
だが。

 「コーヤを保護した功労と、コーヤ自身の進言もあり、お前をこうして王都にまで連れてきたが、少しでも怪しげなふるまいをすれば
即刻国に送り返す。その時は、誰のどんなとりなしがあろうとも覆ることはない・・・・・よいな」

 あの言葉は、単なる自分への脅しの意味が強いだけではない。
コーヤの保護、コーヤの進言・・・・・それが、紅蓮の口から出たことに大きな意味があった。
 「紅蓮様にとって、コーヤは特別な存在ということだ・・・・・」
人間嫌いだと広く知られていた紅蓮が、コーヤに関しては理解不能な言動を取る。それが、どういうことか・・・・・。
 そこまで考えた時、部屋の扉が叩かれる。直ぐに立ち上がった茜が扉を開くと、そこにはコーヤと江幻、そして蘇芳が揃って立ってい
た。
 「こっちにいるって聞いたから」
 「ああ、色々と聞かれることがあってな」
 「・・・・・ごめん」
 茜の返答に、コーヤは申し訳なさそうに目を伏せる。どうやら、自分のせいで茜が余計な問題を背負ってしまったと思ったらしい。
けしてそうではないと直ぐに否定しようとしたが、口を開き掛けて茜はコーヤの背後に視線を向けて思いなおした。
 コーヤに負い目を感じて欲しいわけではないが、それでも、自分よりも長い付き合いらしいこの2人と対等になるためには、多少自
分が優位な事実はそのままにしておいた方がいいかもしれない。きっと、コーヤはこんな卑怯な自分のことは気づいていないんだろ
うなと苦い笑みを口元に浮かべながら、
 「気にするな」
そう、短い言葉で答えた。
 「俺も、お前を探しに行こうかと思っていたんだ」
 「そっか」
 「コーヤは?何か俺に用があったんじゃないか?」
 「・・・・・うん、そうなんだけど・・・・・」
コーヤらしくない、はっきりとしない口調に、その背後にいる江幻に問い掛けるような眼を向ける。勘の良い男は、直ぐに茜が知りたい
事を答えてくれた。
 「私たちは、これから火焔の森に行くつもりなんだ」
 「火焔の森?」
 名前だけは聞いたことがある。深い森だというのに、そこには強い力を持つ神官がいると・・・・・。
(・・・・・神官・・・・・?)
 「・・・・・江幻、まさかあんた・・・・・神官か?」
 「まあ、なりそこないの、だけれどね」
あっさりと認めた江幻は、どうやら自身が神官だということを隠すつもりはないらしい。しかし、茜はそれで、ようやく江幻から感じる不思
議な雰囲気のわけに納得がいった。
明らかな敵意を自分に向けてくる蘇芳は、ある意味わかりやすい男だった。もちろん、相当な気の持ち主だというのは感じたし、けし
て江幻に劣っているとも思っていない。それでも、江幻の方が得体がしれないのだ。
 怖いわけではないが、選択を誤らないようにしなければ・・・・・茜はそう思いながらもう一度コーヤを見た。
 「コーヤも行くのか?」
 「うん。会いたい奴もいるし」
 「・・・・・」
 「でも、グレンに話すのは今からだから、直ぐに許してもらえるかどうかわからないけど」
 「だから、紅蓮のことは心配ないよ」
少し不安げなコーヤに、江幻は宥めるように肩を叩いてそう言う。その後、江幻は黙ったまま視線を向けていた茜に向き直った。
 「コーヤが、君の意見も聞きたいって言ってね。どうする?」
どうするも何も、ここにコーヤがいないのなら茜もいる意味がない。答えは当然決まっていた。




 一緒に行くと言ってくれた茜に、昂也は内心ホッとした。ここに茜が残るという選択も十分あったが、同行すると即決してくれた気持
ちが嬉しい。
 「じゃあ、紅蓮の所に行こうか」
 「うん」
 コーゲンの秘策はわからないが、それでも自分も一緒に行った方がいいだろうと当然のように歩き始めた昂也だったが、静かな廊下
を歩いてしばらく、反対側から慌ただしい足音が聞こえてきて足を止めた。
(・・・・・何?)
 「あっ、コーヤ!」
 「コーシ?」
走ってきたのはコーシだった。
普段は自分よりも年下なのに落ち着いた物腰の彼が、今は焦ったようにいきなり昂也の腕を掴んでくる。
 「一緒に来てくださいっ」
 「え?ど、どうしたんだ?」
 「子供たちが・・・・・っ」
 「子供たちっ?」
 コーシが言うのが誰を指しているかなんて考えなくてもわかる。昂也は直ぐに、反対にコーシの腕を掴んで走り出したが、数メートル
行くとはたと足を止めた。
 「部屋はどっちだったっ?」

 綺麗だが、これといった特徴のない廊下や扉は、昂也がいくら覚えようとしてもなかなか覚えられるものではない。
結局コーシに先導されて子供たちの部屋に掛け込んだ昂也は、
 「!」
目の前で繰り広げられる光景に思わず立ちすくんでしまった。
 「こ、これって・・・・・」
 この部屋の中には、青嵐を含めて9人の赤ん坊がいたはずだ。彼らは一見人間の赤ん坊と大差ない容姿をしていたが、良く見ると
腕や足、背中などに、薄い鱗のようなものが見えていた。もちろん、それは気にするほどのものではなかったのだが・・・・・。
(どうして・・・・・?)
 1人、その鱗が目に見えて鮮やかに浮き上がっていた。半獣人・・・・・そんな言葉が一瞬頭の中を過ったが、昂也は直ぐにそれを打
ち消すと赤ん坊の側に跪いた。
 「おいっ、大丈夫かっ?」
 昂也の言葉がわかったのかどうか、小さな手が伸びてきて昂也の腕を掴む。だが、それは既に腕というよりは爬虫類の手のようにざ
らざらとした緑色の肌で覆われており、大きな鱗がびっしりととりまいていた。無意識のうちに、掴まれた腕に鳥肌が立ち、爪が食い込
んだ部分に痛みが走る。
 怖いとか、気味が悪いとか考えていないのに、生理的な反応を示す自分の身体が情けなかった。
(俺は、ちゃんとわかっているはずだよな・・・・・?)
この世界にいるのは人間ではなく、竜人だ。
見掛けは人間と変わりなくても、良く見れば耳の形は尖り、手の爪は長く、鋭いものを持っていた。
(俺は・・・・・)
 「・・・・・コーシ、これって、何時から?」
 「つい先ほどですっ。少し前に食事を与えた時は変わりなかったのに・・・・・っ」
 「・・・・・」
 昂也は、恐る恐る自分の腕を掴む小さな手に自身の手を重ねる。
縋るような眼差しを向けてくる顔は、既に人間のものではなくなっていた。それでも、僅かに残る面影や目の色に、昂也はそっと問い掛
けてみる。
 「シロガネ?」
 ひと際小さな身体の主は、
 「アギャァゥ」
鈍い声で鳴いた。




 「おい、これはどういうことだ?」
 コーヤの背後からその光景を見ていた蘇芳は、厳しい口調で江幻に問い掛けた。
竜人の赤ん坊は幼少の頃、特に鱗が目立つのは知っているし、実際に何人も見てきた。だが、あくまでもそれは背中や手足に関し
てで、形容から竜に近い姿になるものはいなかった。
 だが、今目の前にいる赤ん坊は明らかに違う。コーヤと共に対面した時は全然そんな気配はなかった・・・・・。
 「・・・・・」
江幻は目を細めて赤ん坊を見ていた。何かを探るようなその視線に蘇芳も同じように目を向ける。
 「変わったものは視えないな」
 「・・・・・」
 「蘇芳は?」
 「視てる」
 懐に入れている玉に手をやって視ているのだが、赤ん坊の背後には何も視えなかった。
普通の子供よりは力が強いように思うが、特別な何かはない。未来も視てみたが、薄闇の中、眩しい光が渦を巻くように天に向かっ
ている様が視えるだけだ。
(・・・・・前触れか?)
 もしかしたら、この赤ん坊は何らかの運命を背負って生まれ出たのかもしれない。それが、今この状態で運命が動き出した可能性
がある。
 「コーヤ」
 取りあえず、コーヤからは引き離した方がいいかもしれない。
そう思った蘇芳はコーヤの側に片膝を着くと、くっついている赤ん坊から引き離そうとした。
 「嫌だっ」
 しかし、小さく叫んだコーヤが、いきなり赤ん坊を抱きしめてしまった。ごつごつとした鱗や、鋭い爪先が柔らかな肌に食い込んで痛
いはずだ。
 「おい」
 「・・・・・っ」
嫌だと、コーヤはますます深く抱き込んでしまう。蘇芳は眉を顰めた。
(コーヤから引き離すのは簡単だが・・・・・)
 気を使えば、コーヤと赤ん坊を引き離すことは容易い。だが、そんなことをしてしまえば、コーヤの心が酷く傷付いてしまうだろう。
(・・・・・くそっ)
蘇芳は口の中で舌を打ち、呆然とした表情で立ちすくんでいる江紫に言った。
 「このことは紅蓮に知らせたのか」
 「・・・・・あ・・・・・」
 「どうなんだ」
 「ほ、他のものが今・・・・・」
 それならば、そう時間を置くことなく紅蓮もここにやってくるはずだ。きっと、あの男は有無を言わせず赤ん坊をコーヤから引き離すに
違いない。
 「おい、江幻」
取りあえず様子を見るしかないかと江幻を振り返ろうとした蘇芳は、背後にいたはずの江幻の姿がないことに気づき、どこにいるのか
と視線を彷徨わせた。すると、少し離れた所に江幻が膝をついている。
 「おい、どうし・・・・・」
 蘇芳の言葉は途中で止まった。
 「・・・・・!」
江幻の目の前に横たわっていた子供・・・・・角を持つ、伝説の《角持ち》、青嵐の全身が、眩いほどの金色に輝いていた。