14
女の中からペニスを抜いた佐久間は、そのまま慣れた手つきでコンドームの始末をした。
自分で用意し、付ける時も外す時も絶対に女の手は借りない。以前、コンドームに細工をされたことがあり、セックスの後それを
聞かされた佐久間は無言のまま女をバスルームに連れて行き、その部分を自分の目の前で洗い流させた。
酷い男だと自覚している。
不特定多数の女と関係する時点で、佐久間のことを縛りたいと思う女の暴走は考えられたが、佐久間にとってはセックスはあく
まで気持ちが良いスポーツと同じで、そこに強い愛情を求めてもらっても迷惑なだけだった。
それに懲りた佐久間は真面目な女には手を出さないようにしたが、割り切った関係を前面に押し出して近づいてくる女も、何
時しか佐久間を自分1人のものにしたくなるらしく、同じようなことをされ掛けた。
それ以来、佐久間は絶対にコンドームを女から受け取らないようにしている。生でするのが気持ちがいいのは当たり前だが、そ
れで子持ちになっても困る。
「やっぱり、佐久間とのエッチが一番気持ちい〜」
スポーツをした後のような女の言葉に、佐久間は苦笑をして振り返った。
「それは光栄だな」
「ねえ、何時までも特定の彼女なんか作らないでよ?」
「ん〜」
(彼女はいないけど、彼氏はいるんだよな)
目の前の女に尚紀のことを言うつもりはなかったが、そもそも時折身体を合わせるくらいの女にそこまで縛られたくない。
「俺だって、何時好きな子が出来るかわからないじゃない」
「佐久間に限ってないよ〜」
「そう?」
「絶対に本気にならない感じだもん」
あまりにもきっぱりと言われ、佐久間は自分でもそうだろうかと考えた。しかし、今実際に尚紀という恋人がいる自分にはその言
葉は当てはまらない。
傍から見ればわからなくても、佐久間は佐久間なりに尚紀のことを今まで出会った者たちの誰よりも気に入っていて、彼を誰にも
渡したくないと思っている。
その一方で、自分が尚紀だけのものになるということはなぜか考えられなかった。
主導権をずっと握ってきた佐久間は、今さら誰かに合わせることなど出来ないのだ。
「・・・・・まあ、たとえ恋人が出来たとしても、多分今まで通りこうして会うだろうな」
「うわぁ〜、佐久間の彼女、かわいそ〜」
可哀想だと言いながら、女は楽しそうに笑っている。これからもきっと、この女は佐久間が誘えば絶対に断らないだろうし、自分
からも誘ってくる。
結局、自身の快楽を抑えることなどするつもりもないのだろう。
(ナオは、多分違うだろうけど)
身体を合わせたばかりの尚紀は、その性格からいっても恋人を裏切るような真似などしない。誰かに誘われたとしても、きっぱ
りと断るはずだ。
尚紀に関して心配することは全然ないと思うと、佐久間はなぜか安心する。自分のことはさておき、尚紀が他の誰かとなんて許
せない。
「・・・・・俺って勝手だな」
「え?」
「何でもない」
小さな言葉を聞き咎めて聞き返され、佐久間は誤魔化すように女の唇を奪う。
直ぐに快感を求め始める女の痴態を冷静な目で見つめながら、頭の中では初めてのセックスに戸惑い、押し殺せない快感に涙
を流していた尚紀のことを考えていた。
付き合うと言って、身体も重ねた。
尚紀の常識ではそれは恋人というものなのだが、どうやら佐久間の常識には当てはまらないらしい。
男同士という、初めからイレギュラーな関係だからかもしれない。しかし、男でも女でも、恋人に対して誠実に対するというのは
普通ではないだろうか。
「・・・・・って、いうか・・・・・それ自体が間違えてるってわけ?」
ふと口から零れ、尚紀は慌てて周りを見た。
講義が終わったばかりの教室の中には人影もまばらで、どうやら尚紀の言葉は聞かれていなかったらしい。
「・・・・・」
尚紀は溜め息をつく。ここに伊丹がいれば色んな話をして気も紛れるが、今の講義は彼は取っていないのでこうして考える時
間が増えてしまう。
友人や知り合いがいないわけではない。ただ、佐久間との関係を知っているのは伊丹だけなので、落ち込んだ今の気持ちを聞
かれたとしても応えることも出来ないのだ。
「あ、普通のハッチ君だ」
「え?」
あまり自慢出来るあだ名ではないが、尚紀は自分が《ハッチ》と呼ばれていることを知っている。聞き慣れない声だがその名を
呼ばれ、慌てて顔を上げてしまった。
(・・・・・あ・・・・・)
綺麗に染めた髪と、派手なネイル。にっこりと笑うその顔が妙に大人っぽい女は、数日前尚紀の恋人である佐久間と腕を組
んで消えた女だった。
あの時は佐久間しか見ていないような感じで尚紀とはまったく目が合わなかったが、今の言葉を聞けばどうやら相手は尚紀の
ことを知っているらしい。どんな反応をすればいいのか悩み、結局尚紀はどうもとペコっと頭を下げた。
「この間、佐久間と一緒にいたわよね?友達なの?」
「い、いや、俺は・・・・・」
「違うの?」
「・・・・・友達っていうのは、ちょっと」
あくまでも、尚紀と佐久間は恋人で、友人関係ではない。あんな性格の男と友人関係を成立させる自信はまったくなかった。
すると、その言葉に女は楽しげに笑う。
「そうよね、あなたと佐久間とじゃ全然合わなそうだもの」
「・・・・・」
女の言葉に顔を逸らそうとしたが、その顔は意外にも近くにあって・・・・・目を離せなかった。
声の調子は軽かったのでてっきり笑われていると思ったが、女は探るような眼差しを向けてきている。どうしてそんな目を向けら
れるのかわからなくて、尚紀は戸惑い、無意識のうちに椅子の上で後ろに背中を反ってしまった。
「でも、佐久間はハッチ君を気に入っているのよねえ・・・・・どうして?」
「!」
(う・・・・・たがわれてる?)
初めは、単に佐久間がからかっている自分に面白半分に声を掛けてきたのだと思った。だが、どうやらこの女は自分と佐久間
の関係を疑っている。
あれだけ女と噂がある佐久間が男に手を出すとは思っていなくても、誰かに、いや、何かに深い興味を持つことなどない佐久間
が、あからさまな関心を寄せる尚紀のことを、女の勘で警戒すべきものと判断しているのかもしれない。
もしもここで、尚紀が佐久間と付き合っていると言ったらどうなるだろうか。
プラトニックな関係ではなく、身体まで重ねた関係だと告げたら、それこそ・・・・・。
「そ、それは・・・・・」
何と答えていいのか、焦る尚紀はいい案が浮かばない。このまま回れ右をしてこの場から逃げ出したい・・・・・そんなふうに思っ
た時、
「な〜にしてるの?」
「・・・・・っ」
笑いを含んだ声に反射的に振り返る前に、尚紀は痛いほど強く背後から肩を掴まれた。
「あれ?同じ講義取ってた?」
「・・・・・」
目の前に立った男を見上げ、佐久間はふっと口元に笑みを浮かべた。
周りにいる女目当ての軽い男たちは取り巻きにいるが、普通の男はどちらかというと佐久間を敬遠する。目の前の男は特に、自
分のような男は嫌いなはずだ。
(まあ、生理的にってわけだけじゃないだろうけど)
この男には、もっと大きな自分を嫌う理由がある。わかっていたが、佐久間は特に気にすることはなかった。この男が・・・・・伊丹
がどう思うとも、せっかく手に入れたものを手放す気など毛頭ない。
「・・・・・話がある」
「どうぞ」
周りには佐久間に近づこうとしている女たちの姿があるし、その中の何人かは伊丹に対しても意味深な視線を向けている者も
いた。
そう言えば、この伊丹も女たちに人気があると寝物語に聞いたことがある。その割には硬派で、浮いた噂はないのだとなぜか楽し
そうに言っていた女の顔も思い出せないまま、佐久間は椅子から立ち上がった。
「おい」
「ここじゃまずいんだろう?」
「・・・・・」
「俺だって、秘密にしておきたいことはあるよ」
特にせっかくすべてを手に入れたばかりの恋人はねと心の中で言いながら、先に立って教室を出た。
振り向かなくてもその後ろから伊丹がついてきているのはわかる。珍しい組み合わせにすれ違う学生たちの好奇の眼差しが向け
られていたが、佐久間はもちろん伊丹も気にしないようだ。
そして、人通りの少ない非常階段に向かうと、佐久間はくるりと振り向いた。
「で?伊丹が言いたいのはナオのこと?」
「・・・・・そうだ」
「何が言いたいわけ?」
伊丹が尚紀の保護者のような役割だというのは知っている。だが、どんなに友人として親しくても、恋人である自分の方が尚紀
にとって一番近い存在だ。
「お前・・・・・尚紀に・・・・・」
「セックスしたってわかった?」
「!」
「ナオ、初めてだったから、翌日結構辛そうだったよね。でも、ガニ股でヒョコヒョコ歩く姿、かなり可愛かったなあ」
「お前・・・・・っ!」
伊丹は怒りの唸り声を上げ、佐久間の襟元を掴みあげてくる。
体格も身長も似通った自分たちなので、この格好では伊丹の顔が間近で良く見えた。佐久間のことを憎々しげに睨みつけてく
る伊丹は、本当に友人としての気持ちだけでこんな行動をとっているのだろうか?それとも・・・・・。
「なに?お前に文句を言う権利なんてあるわけ?」
どんなに尚紀の側にいても、尚紀のことを考えていても。
友人どまりで満足していた男に文句を言われる筋合いなんてない。
「セックスしたのは同意の上だよ?」
佐久間より小柄とはいえ、尚紀はれっきとした男だ。本当に嫌なら殴ってでも逃げることは可能だった。そうせずに最後までセッ
クスをしたからには、尚紀にもその意思があったからだ。
目を逸らさずに真っ直ぐに伊丹を見ていると、相手の方が先に視線を逸らす。自分に何も言う権利がないことを知っているだけ
利口な男だ。
「・・・・・だったら、せめて尚紀だけにしろ。あいつがいるのに他の女に手を出すなんて・・・・・」
「恋人はナオだけだ。他の子とのセックスは遊びだし、気持ちなんて入っていないんだからナオを裏切っていることにはならない
だろう?」
「それ、本気で言っているのか」
「本気。だいたい、伊丹がどうしてそこまで怒っているのか全然わからないな」
溜め息交じりに言うと、佐久間は一歩踏み出す。
これ以上伊丹とは何を放しても無駄なような気がしたし、伊丹も歩き始めた佐久間を止めようとはしなかった。
伊丹と話したからなのか、尚紀の顔を見たくなった佐久間は、彼が講義を受けているはずの教室に向かう。
(ナオの受けている講義を調べるくらいには、俺はちゃんと思っているんだけど)
他の相手なら、向こうからアプローチしない限りは能動的に動くつもりもない。
自分の感情に改めて納得しながら向かった先で、佐久間は女と居る尚紀の姿を見付けた。相手の女も知っている顔だ。さすが
に数日前にセックスした相手の顔を忘れるほどボケてはいない。
「・・・・・」
遠目から見る尚紀は困惑した表情で女を見ている。どう見ても尚紀から接触を図ったわけではないとわかったが、尚紀が女と話
しているのを見るのは面白くなかった。
「な〜にしてるの?」
「・・・・・っ」
後ろから近付き、その肩に手を置く。目の前の女に気を取られていたらしい尚紀はその瞬間までまったく佐久間の出現に気づ
かなかったようだ。・・・・・面白くない。
「さ、さく・・・・・」
「違うでしょ」
呼び方はそうではないと教えたはずだと視線で言えば、尚紀は落ちつかないように視線を揺らした。明らかに女のことを気にし
ている。
(俺のことだけ考えていればいいのに)
この女は自分たちには何の関係もない。佐久間は尚紀と付き合っていることを隠すつもりはないし、だいたいただのセフレをそこ
まで気にする尚紀の気持ちの方がわからなかった。そんなにも自分たちの関係を知られるのが怖いのだろうか。
佐久間は尚紀から目の前の女に視線を向ける。カチッと視線が合った途端、女の目元が赤く染まるのがわかった。佐久間の
前では物分かりがよく、遊び上手な女という面を見せていたが、どうやらそれはポーズだけで、その実かなり嫉妬深いようだ。
(男のナオにまで牽制を掛けていたなんて・・・・・な)
何も聞かなくても、2人の表情を見れば何があったかなんか直ぐにわかる。
スタイルのよい女の身体は抱き心地が良かったが、ここら辺りが潮時のようだ。恋人でもないのに自分を縛ろうなんて、自惚れが
強いにもほどがある。
(今の俺にナオほど興味がある相手はいないんだよ)
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