案の定、そこに立っていたのは佐久間で、その頬には笑みが浮かんでいるものの目元はなぜか厳しい光がある。
しかし、それが向けられているのは自分ではなく側にいる伊丹で、大事な友人に対してそんな目を向ける佐久間に対して、尚
紀は先ほどから感じていた理由の分からないムカムカした気持ちをぶつけてしまった。
 「何しに来たんだよ」
 「ん?」
 「誰かと、用があったんじゃないのか?」
 本当は、無視をするのが一番だと思った。ここで佐久間と下手に係わりあったら、周りの興味を余計に引いてしまうというのは
分かっているつもりだが、何だか飄々と自分に話し掛ける佐久間に腹が立って仕方が無い。
 そもそも、男のくせに男の自分に付き合ってくれと言うこと自体馬鹿にしているのではないか。尚紀はそう思い、はっきり断ってや
ろうと改めて佐久間に言った。
 「悪いけど、俺は性質の悪い冗談に付き合ってられるほど心が広くないんだ」
 「別に、冗談のつもりじゃないけど?」
 「嘘だっ!」
 「どうして嘘だって言えるんだ?俺の気持ちを尚紀は分かるっていうの?」
 「・・・・・っ」
 思いがけず佐久間の声が真摯な響きを持っていたので、尚紀は自分の名前が呼び捨てにされているという事実を聞き逃して
しまった。
 「俺がさっきの子みたいに遊び友達を作るのは、今フリーだから。ちゃんと恋人が出来れば変わるよ」
 「・・・・・う・・・・・」
 「嘘じゃない。確かめたかったら、俺と付き合って、ハッチ」
 「・・・・・」
(誰か1人に決まれば、本当に遊ばないのか?)
 確かに、今佐久間にはちゃんとした恋人といえるような存在がいないということは聞いたことがある。では、本当に恋人が出来た
のなら彼は変わるのだろうか?
(絶対にないなんて・・・・・言えない、よな)
 男である自分にそんなことを言うこと自体おかしいのかもしれないが、女ではないからこそ今までとは違うということもありえないこ
とではない。
 あれだけ女遊びが激しい、ヤリキングという不名誉な呼び名まである佐久間。もしかしたら、それを変えることが自分には出来
るのかもしれないと言われて、即座に駄目だと答えられる人間なんて・・・・・。
 「ハッチ!」
 考え込んでしまった尚紀の腕を掴んだ伊丹が、流されるなよと鋭い声で言った。
 「人間の性格なんて変わらないって」
 「で、でもさ」
 「絶対に、止せ」
自分と伊丹。今、どちらの方が冷静に今の状況を判断しているのか考えてしまい、尚紀は困って思わず縋るように伊丹を振り
返ってしまった。




(馬鹿っ)
 伊丹は眉を顰めた。
佐久間の言葉や眼差しは、確かに常日頃の噂から考えられる男とは違うものの、だからといってそういうこと・・・・・恋人に対して
誠実かどうかは言い切ることは出来なかった。
 いや、多分、佐久間は誰か1人に対して愛情を傾けることが出来ない性質、言い換えれば、本気になれない男ではないかと
思っている。
それが佐久間にとって不幸なことかどうかは、傍から見ている自分には全く関係ない。・・・・・尚紀を巻き込まなければ。
 「引きずられるな」
 「お、俺は別に・・・・・」
 「そうやって、誤魔化そうとしている時点でそうとしか思えない」
 物腰が柔らかい佐久間の雰囲気に、尚紀が今にも流されそうになっている様子がよく分かるからこそ言うのだ。
 「行こう」
 「え・・・・・」
 「ちょっと」
 「・・・・・」
 「俺が今話しているのはハッチとなんだけど。どうして関係ない人間がしゃしゃり出てくるんだ?」
 「・・・・・っ」
(お前だってっ、こいつの名前を最近まで知らなかったくせに!)
構内でセックスをしている場面を見られたからこそ、尚紀に興味を持つようになったくせに、何を偉そうに言っているのだという感情
が湧き上がる。
自分はもっと前から、尚紀の良さも、弱さも、側で見てきて知っているのだ。
 「・・・・・俺は、こいつの友人だから」
 「保護者じゃなくて?」
 目が細められ、まるでからかうように言われた。
さすがにカッときた伊丹が手を伸ばそうとすると、慌てて尚紀がその腕を掴んで止める。
 「落ち着けって!お前が興奮してどうするんだよっ」
 「・・・・・っ」
 「佐久間も、あんまり喧嘩腰に言うな。・・・・・返事は、明日、ちゃんと自分で考えて言うから。行こう」
 尚紀の眼差しは佐久間ではなく、自分に向けられている。そのことが妙に嬉しく感じ、伊丹はチラッと佐久間に視線を向けたも
のの、おとなしく立ち上がって尚紀の背中を押した。




 「なに?今の」
 「ん〜?」
 尚紀と伊丹の姿が消えると、佐久間の周りには興味津々な顔をした女達が寄ってくる。全てとは言わないが、この中の半分と
はセックスをしてきた。
 顔を見れば何となく思い出すが、名前までは頭の中に残っていない。そんな相手に馴れ馴れしく身体に触られるのはうんざり
するものの、むげに振り払わないほどには佐久間も大人だった。
 「ハッチを誘ってた」
 「【普通のハッチ】?伊丹君の隣にいた奴でしょ?あんな平凡な奴に何絡んでるのよ」
 「・・・・・」
 「私は【学食のカレー君】って聞いたわよ?噂じゃどんな男だって思ってたけど、なんかすっごく平凡」
 「義仁が絡む必要なんて無いんじゃない?」
 1人1人付けている香水が違うので、香ってくるそれはあまり良いものではない。
柔らかな乳房を強調するような服を着て、これみよがしに自分に押し付けてくる行為は気を引こうと必死なのかもしれないが、
他の女達と話している顔は全く普通で・・・・・。
(抜け駆け無しって約束でもしてるのか?)
 快楽を分け合える女達を可愛いとは思う反面、どこかで覚めた目で見ている自分が居る。
例えば、こんなふうに自分が許可したわけでもなく名前を呼んでくる図々しさとか。
知らない相手なのに、噂だけで卑下するように話す無神経さとか。
 セックスをしていない時は女達の悪い面ばかりがよく見えてしまい、佐久間はさりげなく、しかし、少し冷ややかな視線を向けて
言った。
 「女の子があまり奴なんて言わない方がいいんじゃない?」
 「え?」
 「それに、ハッチには俺から話し掛けたんだよ。それだけの価値があるって思わないの?」
 まさか佐久間がそんなふうに反論してくるとは思わなかったのか、女達は気まずそうにお互いの顔を見ている。
(そこですぐに謝ればいいのに)
ごめんなさいの一言があれば、今夜気持ちよくベッドを共にすることが出来るのだが・・・・・今日はこの中から誰かを選ぶのはとて
も出来ないと思った。
 「義仁〜!」
 その時、入口で自分を呼ぶ声がする。最近セックスしたばかりで、自分が恋人と勘違いしている女だ。
(それでもいいか)
今佐久間に夢中で、他に目をくれない女の方が扱いやすい。
 「じゃあね」
 「あっ」
 軽く手を上げて挨拶をし、佐久間は入口へとゆっくり向かう。
(明日が楽しみだな)
尚紀は明日ちゃんと返事をすると言った。その言葉に嘘は無いと思うし、何だか自分にとってもよい内容になるような気がしてい
る。
自然に足取りも軽くなった佐久間は、ポウッと自分を見上げてくる女ににっこりと笑い掛けた。




 「いいか、絶対に変なこと考えるなよっ?」

 散々伊丹にそう言われた尚紀は、風呂上り、自分の部屋のベッドに寝転がって考えていた。
 「あー・・・・・どうしよう」
明日返事をすると言ってしまった手前、今夜自分の気持ちをはっきりと決めなければならない。伊丹は無視をすればいいと言っ
ていたけれど、いったん口にしたことは守りたい。
 「大体、本当に本気なのかどうかが分かんないんだけど・・・・・」
 自分と話していた途中でも、女の子に誘われたらさっさと行ってしまった佐久間。噂どおり女の子が好きなことがそれだけでも
分かった。
ただ、自分に向かって綺麗に微笑む顔も嘘だとは思えない。
 「・・・・・」

 「ん?だって、好きな相手とは少しでも長く一緒にいたいもんじゃない?」

 あの言葉は、嘘なのか?

 「人間の性格なんて変わらないって。絶対に、止せ」

それとも、伊丹の話の方が本当なのだろうか?
佐久間と伊丹を比べれば、親友の伊丹の言葉の方を信じる方が普通だというのは分かる。ただ、こうして悩んでいる時点で、
佐久間のことを気にしているということは事実で・・・・・。
 「ん〜・・・・・」
 考えれば考えるほど分からない。
うんうんと唸っていた尚紀は、考えているうちに何時の間にか睡魔に襲われてしまい、結局答えを決めないままに翌朝を迎えるこ
ととなってしまった。




 そして-------------------

 「・・・・・」
今、目の前には相変わらず眩しいほどにいい男である佐久間が立っていた。
まさかこんなに朝早くから佐久間が大学にきているとは思わなかった尚紀は、いまだ決めかねていた問題をいきなり面前に突きつ
けられたような気がしてしまった。
 「返事」
 「あ、うん」
 「YES?」
 ここで、NOという言葉が出ないのが佐久間らしい。
 「・・・・・」
(ど、どうしよう・・・・・)
何らかの答えを・・・・・。
 「あ、あのさ」
何か伝えなければ・・・・・。
 「俺、考えたんだけど」
 「ん?」
 「こ、恋人っていうか、俺、まだ佐久間のこと、ヤリチ・・・・・あ、その、女好きっていうことしか知らなくて」
 慌てて言い変えた言葉が、少しもフォローになっていないのは自分では気づかず、尚紀は苦笑を浮かべる佐久間に向かって思
い切ったように言った。
 「お試し期間として、しばらく猶予を下さい!」
 「お試し期間?」
 「そう!」
 「・・・・・それって、恋人じゃないってこと?」
言い逃れを逃さないような佐久間の言葉に、尚紀はまた頭の中で色々と考えるように視線を彷徨わせた。