盛 宴











 そして、週末。
誰の行いが良いのかは定かではないが、天気は日中から春の陽気で、日が暮れた今は薄赤く染まった空に星が幾つか見える
ほどの天気だった。



 「うわ・・・・・!!」
 主催者だからと、花見の場所である赤坂の料亭に一番に着いたのは上杉と太朗だった。
しかし、上杉は座敷に上がることはなく、そのまま庭を回って、開けた場所に太朗を連れて行く。
そこには・・・・・。
 「す・・・・・ごい・・・・・花火みたい・・・・・」
 どこの公園かとも思うほどの広く綺麗に整えられた庭の中に、見事な桜の大木が数本、既に満開に咲き誇っていた。
こんなにも大きく、綺麗な桜を、こんなにも間近で見たのは初めての太朗は、ただ呆然と口を開けたまま見上げている。
すると、花びらが一枚、太朗の開いた口に偶然入り込んでしまった。
 「あ・・・・・っ」
 「そんなものまで食うなよ」
 その様子をじっと見ていた上杉は、笑いながら太朗の舌に張り付いていた花びらを指先で取ってやると、そのまま自分も見事
に咲き誇る桜を見上げた。
 「散る前に間に合ったな。どうだ、見事なもんだろ」
 「・・・・・うん、凄いね」
 「今日は貸切にしたからな。どんなに騒いだって構わないぞ」
 「え?」
思い掛けない言葉に、太朗は慌てて上杉に視線を向けた。
 「貸切って、庭を借りてるってことだろ?」
 「バ〜カ。座敷から人目があっちゃ煩わしいだろ」
 「・・・・・勿体無い」
 「贅沢ってのはこういうもんだ」
 確かに、上杉の言っているように、例え側にはいなくても他人の気配があったら多少は気を遣ってしまうだろう。
しかし、太朗が今まで経験してきた花見は、隣の人間とほとんど肩が触れあうぐらいに混んでいて、何時の間にか合同の宴会
になっていたなんてざらにある光景だった。
(なんか・・・・・ホントに贅沢だよなあ)



 上杉達が着いてから間もなく、次にやってきたのは伊崎と楓だった。
 「・・・・・凄いな」
 この料亭には何度か連れて来てもらったことがあるが、桜のこの季節は見事な庭の風景を楽しみにしている客達が多くて、な
かなか丁度いい時期に見れるという事が無かったのだ。
それも、座敷ではなく、その桜の木の下・・・・・。
 「本当に花見なんだな」
 桜の木の下に広げられたシートを見て、楓はただ呆然と呟く。
すると、すでにシートの上に靴を脱いで座り込んでいた太朗は、ハイッと片手を楓に差し出してきた。
 「・・・・・何?」
 「楓の持ち込み分だよ。何持ってきた?」
 「お前は食べることしか考えないのか?」
 「花見ってそれが一番じゃん」
 「お前ね」
楓は呆れたように溜め息を付き、太朗の隣に胡坐をかいて座っている上杉にチラッと視線を向ける。
既に冷酒を口に運んでいた上杉は、楓に向かってニヤッと笑って見せた。
 「今日は全部持ち込みだからな」
 「・・・・・分かってますよ。恭祐」
 楓が振り向くと、伊崎は丁寧に上杉に頭を下げて言った。
 「今日は声を掛けて頂いてありがとうございました。お世話になります」
 「相変わらず固いな。今日は無礼講だ」
 「はい」
伊崎は苦笑を零すと、連れてきた組員が持っていたものをシートの上に広げていった。
 「わっ、ケンタだ!」
 「お前、絶対こういうの好きだと思って」
 「大好き!たまにすっごく食べたくなるんだよな〜。あ、なんか急にそんな気分」
 「ゲンキン」
楓達が持ってきたのは、ファーストフードの他に、楓が好きな店でテイクアウトしてきたサンドイッチやホットドックなど、どちらかとい
えば洋食のメニューが次々と並べられていく。
それを目を輝かせて見ていた太朗に、楓は先に並べられていた物を見ながら言った。
 「お前は?まさか、それ?」
 「へ?そうだけど?」
 「それって、料理じゃなくておやつばっかじゃん!」
楓達が来る前に並べられていたのは、バナナやミカンといった果物に、まるで駄菓子屋で買ったような細々なお菓子、そして真
ん中にはデンと大きなチーズケーキが鎮座していた。
 「だってさ、俺何も作れないし」
 「それは俺だって」
 「それに、ジローさんが料理は海藤さんに頼んであるって言ってたから」
ね、と、太朗が振り向くと、上杉は鷹揚に頷いた。
 「まあ、太朗らしくっていいだろ。汁もんだけは用意させたからな、好きなだけ頼んでくれ」
 「・・・・・」
(ホント、この人甘過ぎ!)
伊崎のことは置いておいて、楓は太朗の言動を全て受け入れる上杉の甘さに呆れてしまった。



 次に、姿を現わせたのは海藤と真琴だった。
 「凄い!」
庭の桜を見た瞬間、真琴も例外なく感嘆の声をあげ、しばらくはうっとりと夜空に咲く花を見上げていた。
 「真琴さん!こんばんは!」
 「あ、こんばんは、太朗君、楓君。今日は誘ってくれてありがとう」
真琴は2人を見て笑い掛け、そのまま視線を下に向けてプッとふき出した。
 「すっごいおやつの量!食べきれる?」
 「タロの奴が考え無しに買って来ちゃって」
 「何だよ、その言い方!」
 「そこ〜、せっかくのお花見で喧嘩しないの!ほら、量があるんだから手伝って」
 子供同士の言い合いに発展しそうなのを一言で黙らせた綾辻が、ほらっと手にした重箱を太朗に手渡した。
その瞬間に感じた美味しそうな匂いに太朗の意識は直ぐに奪われてしまい、楓としても真琴の前で喧嘩を続けようとは思わな
かった。
 「うわ!なに、これ!作ったのっ?」
全てを運び終える前に早々に蓋を開けた太朗は、そこに並べられた色とりどりの料理に思わず叫んでいた。
 「うん、海藤さんが作ったんだよ」
 「お前も手伝っただろ」
 「俺なんか、卵混ぜたり、レモン切ったりとか、味付けとは全然関係ない雑用ばっかりだよ。海藤さんね、すっごく料理、上手
なんだよ?楓君や太朗君にいっぱい食べて欲しいんだ」
 「もったいないよ〜、こんなに綺麗なのに!なあ、楓っ」
 「・・・・・うん、美味しそう」
 漆塗りの重箱の中には、これぞ花見弁当というようなおかずがずらりと並べられていた。
唐揚げやエビフライなどの揚げ物から。
山菜の天ぷら。
鮭の塩焼きに、ブリの照り焼き。
根野菜の煮物に、綺麗な黄色のだし巻き卵。
所々にある付け合せの蒲鉾やウズラの卵にも丁寧な細工がされて、売り物だと言われても頷いてしまうほど、豪華さと彩りも満
点なものだった。
綺麗な三角をしたお握りも、ゴマをふったものや、昆布を巻いたものがあり、頭に少しだけのせている鮭や明太子、昆布に鰹は、
その中身が何かを教えるものらしい。
 「凄いですねっ、海藤さん!」
 太朗からの素直な賛辞に、海藤も頬に笑みを浮かべる。
 「い〜な〜、真琴さん、海藤さんこんなに料理が上手で」
 「・・・・・なんだ、タロ、俺の手料理が食べたいのか?」
あんまり海藤を褒める太朗が面白くなかったのか、上杉が少しだけ(わざと)拗ねたように口元を歪める。
それを見た太朗は、慌てて首を横に振った。
 「い、いいよ!ジローさん作らなくて!」
 「なんだ、それは」
 「俺、お腹壊したくないもん!」
・・・・・その爆弾発言に、上杉と太朗以外の者は思わず声を出して笑ってしまった。



 料理も揃い、面子も揃ったということで、上杉は乾杯をしようかとグラスを上げかけたが。
 「あれ?小田切さんは?」
太朗は、ここに来る時は一緒にいたはずの小田切の姿が見えないことに気付いた。
 「ああ、あいつは忘れ物の調達」
 「忘れ物?」
 「お前、車の中で団子買い忘れたって言ってたろ?」
 「あ〜!」
 「なんだ、お前団子まで食べる気?」
 「だ、だって、月を見ながらは、やっぱり、団子が・・・・・」
 「月見じゃないんだがな」
上杉の言葉に太朗は頬を膨らますが、その通りだとも思うので反論も出来ない。
 「まあ、もうじき来るだろうし、先に始めて・・・・・」
 そう言い掛けた上杉は、言葉通りに姿を現わせた小田切の姿を見つけ、その後ろにもう一つの影が見えたことに思わず笑み
を零した。
(おいおい、こんな席に連れて来ていいのか?)
 「お待たせしてすみません。重かったので、これの手を借りてしまいまして」
重い・・・・・とは、何を指しているのか。
小田切の後ろに大きな身体を縮めるようにして立っているサングラス姿の男の手には、和菓子屋の小さな包みがのっているだけ
だ。
しかし、それを小田切に問い詰める者は1人もいない。
 それが分かっているのか、小田切は上杉に顔を向けて言葉を続けた。
 「会長、外で珍しい方とお会いしまして」
 「ん?」
 「今夜ここで食事をされるおつもりだったらしいんですが、我々が貸切にしているでしょう?宜しかったらとお誘いしてお待たせし
てるんですが、いかがでしょう?」
 「お前なあ」
いかがでしょうと聞いているが、もう待たせてあるというのだ。否と言える筈がないだろう。
それに、小田切のこの言い方では、相手はかなりの地位の人間のようだ。そんな相手が、自分達の花見のせいで食事が出来
なかったとなると、後々不味いことになるかもしれない。
 「あちらがいいならどうぞと」
 「はい」
 その返事を予想していたのか、小田切は後ろの男に視線を向けないまま言った。
 「お連れしてくれ」
 「ゆ、裕さん」
 「早く」
男はチラッと居並ぶ面々に顔を向けてから、直ぐに踵を返して行く。
 「・・・・・誰?」
不思議そうに聞いてくる太朗に苦笑を浮かべたまま上杉は答えない。
そして・・・・・。
 「・・・・・」
 大柄な男が再び姿を現わし、その後ろに2人の男の姿が見えた瞬間、
 「え?」
 「恭祐?」
 「あ・・・・・」
上杉を始め、海藤、伊崎、そして倉橋と綾辻も立ち上がると、途惑う太朗や真琴の前できちんとした礼を取った。
上杉のこんな姿を見るのが初めての太朗は、急に不安になって隣の楓に訊ねる。
 「ど、どうなってんだよ?」
 「さあ・・・・・多分、上の人間なんだろ」
 「上の?」
それだけでは意味が分からないが、太朗はもう一度新たに姿を現わせた2人を見て・・・・・思わず声を漏らした。
 「綺麗・・・・・」
 2人のうちの1人、まだ若い青年は、まるで人形のように整った容貌だった。
太朗にとって、楓以上に綺麗な人間はいないと思っていたが、楓の華やかで目を惹く容貌とは対照的な、まるで闇の中に咲く
白い花のように静かで、切れ長の目をした日本風美人。
(・・・・・綺麗な人間っているんだなあ)
じっと視線を向けていると、その青年は途惑ったようにもう1人の男の背中に隠れてしまった。
(あ、隠れちゃった)
 必然的に、太朗の目はもう1人の男に向かってしまう。
上杉と同年輩の男は、整った容姿に掛けているフレームスの眼鏡が知的さを際立てている、一見して出来る大人の男といった
感じだ。
(頭良さそう・・・・・)
 そんな太朗の思惑など知るよしもなく、男はニコリともせずに上杉に向かって言った。
 「夜桜見物とは優雅だな、上杉」
 「お久し振りです、江坂理事」
羽生会、開成会、日向組・・・・・その上の母体組織、日本でも最大規模の広域指定暴力団大東組の、若き理事である
江坂凌二(えさか りょうじ)は抑揚なくそう言うと、呆然と自分を見つめる3人の歳若い相手に視線を向けた。






                                       






花見始まりました。
第二話に続いてあの人も、そして、ヤクザ部屋のもう一つのカップルも初登場です。
せっかく繋がりがあるから出したかったんです〜。