正妃の条件
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「ユキ、今から・・・・・」
「ごめんなさい、アセットとシェステと約束が先!」
「こ、この私よりも大事だと申すのかっ?」
「アルティウスも大事、でも、2人との約束が先」
「ユキ!」
有希は呼び止めるアルティウスの声を振り切って、中庭に向かって走っていった。
妾妃達との会見から2週間が経った。
ほとんどの妾妃達は既に宮から立ち去り、有希が今から会うアセットとシェステの母親達も3日前出て行った。
ジャピオも当初は他の妾妃達と一緒に出て行くはずだったのだが、リタのことがあり、レスターが心配だということと、有希がも
う少しいて欲しいと願った為、いまだに宮に残っていてくれる。
有希は母親達がいなくなった子供達が心配だったが、有希が思うほどダメージというものは無かった。
想像以上に親子の距離はあったらしく、年少の3人、第三皇子ファノス、第一皇女アセット、第二皇女シェステは直ぐに
有希に懐いた。
頻繁に会いに来てくれ、綺麗で柔らかいイメージの有希は、子供達にとって理想の母親像らしく、3人は時折「かあ様」と
呼んで有希を赤面させた。
「・・・・・」
でも・・・・・と、歩きながら有希は考える。
母親のリタを捕らえられている第二皇子のレスターの表情は暗いままだし、第一皇子のエディエスは何時もきつい眼差しを
向けてくる。
自分が母親になれるとは思っていないが、少しでも気持ちの安まる存在になれれば・・・・・しかし、2人の王子にとっては
自分は疫病神ではないかとさえ思えてくる。
ただ、有希は今度は逃げ出すつもりはない。
「あ!ユキさま!」
「かあさま!」
可愛らしいお揃いのドレスを着た2人の王女が、子供特有の高い声で叫びながら駈け寄ってきた。
思わず頬を綻ばせた有希は、そっと2人を抱きしめて言った。
「アセット、シェステ、遅くなってごめんね?」
有希に抱きしめられるのが嬉しい2人は、楽しそうに笑いながら報告してきた。
「おいしーおやつもってきたの!」
「わたしはネルのみ、かあさますきだって!」
「シェステ、ユキさまはかあさまじゃないわよ!」
「かあさまよ!とうさまのおよめさんになるんだから!ね?」
おしゃべりと甘いものが好きな小さな姫達は、そう言って有希の顔を見つめる。
今までに何度も同じ言葉を言われたが、有希は直ぐに頷くことが出来ずにあいまいに笑うだけだ。
(だって・・・・・僕が花嫁だよ・・・・・?)
子供が産めない・・・・・跡継ぎはいる。
周りの反応・・・・・皆から望まれている。
男同士・・・・・性行為は出来る。
相手の気持ち・・・・・愛されている。
断る理由は尽きている。後は本当に、ただ有希の気持ち一つなのだ。
(好きと愛してるって・・・・・どう違うんだろう?)
アルティウスは憤然とした表情で渡り廊下を大股で歩いていた。
(ユキの奴めっ、私よりも大切な用などあるはずがないだろうに!)
自分よりも子供を優先する有希に、アルティウスはもどかしい思いを抱く。
自分の子供達を大切にしてくれるのは悪いことではないが、その為に自分がないがしろにされるのは頭にくる。
(そうでなくとも、もうどのくらい抱いていないと思っているのだ・・・・・!)
有希を抱いたのは無理矢理のあの一度だけ。
それからゆうにひと月半近く・・・・・今までならどんな女でも望めば足を開いた。ただ欲求を解消したいと思えば、女の方が
積極的に上にのり、勝手に動いてアルティウスに射精させた。
思えば自分から積極的に誰かを抱こうと思ったことは無かったと、アルティウスは有希を思うたびに思い知らされる。
自分の欲望を自分で処理するなど、アルティウスはこの歳になって初めて経験した。
王である自分がと情けなくなったが、ただ処理をする為に女を抱こうとは思わなかった。
(欲しいのはユキだけだ!)
抱きたいのも有希だけで、それが叶わないのならばこうして自分で処理するのもやむおえまい・・・・・そうは思うものの、傍
にいればつい抱き寄せたくなるし、柔らかでいい匂いのする首筋に噛み付きたくもなる。
押し倒して、真っ白な身体を隅々まで嘗め回し、ほっそりとした足を大きく開かせ、有希の身体の奥深くに自身を埋めた
い・・・・・。
暴走しかける欲望を押し留めているのは、唯一有希への想いからだ。
今度こそはあんな風に泣かせることは無く、有希の方からも求めて欲しいと思うアルティウスは、今は待つしかないとかろうじ
て気を静めている状態だった。
「王!」
「何だ!」
執務室に入ろうとしたアルティウスは、慌てて駈け寄ってきた衛兵に鋭い視線を向ける。
ビクッと姿勢を正した衛兵は、それでも焦ったように言葉を続けた。
「リタ様が脱走されました!」
「何っ?」
「先程食事を運んだ者が、空になっている部屋を確認しました!今妾妃宮とその周辺を捜索していますが、既に街に
逃れた可能性も・・・・・」
「見張りは何をしていたのだ!!誰も見ていなかったというのか!」
「そ、それは、私には何とも・・・・・」
「話にならんわ!責任者を連れてまいれ!!」
「は!」
慌てて出て行く衛兵を舌打ちをして見送ったアルティウスは、予想外のことに自分の甘さを後悔した。
有希に吐いた暴言は許しがたかったし、それまでの行動も目に余っていたリタを軟禁という処遇にしたのは、あくまでリタがレ
スターの生母だといこと、その一点からだけだった。
そうでなければ、牢獄に入れたところだし、以前のアルティウスならば手打ちにした可能性もあった。
人が傷付くのを自分のことのように悲しむ有希の為に、そして政治的なこととはいえ自分の子供を生んだ女ということで、軟
禁という温情をかけたが・・・・・。
「それが間違いだったか・・・・・っ」
脱走したリタがこの先どういう行動を取るのか・・・・・アルティウスは厳しい目で空を睨んだ。
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