正妃の条件





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 そもそも、アルティウスは有希と妾妃達を会わせたくはなかった。
有希はまだ15歳で、あの嵐のような一夜を除けば、男とはもちろん女とも経験がない子供なのだ。
さすがに容姿を選りすぐった妾妃達を前に、有希が女に対して興味を抱いたとしたら・・・・・そんな、有希にしてみれば見
当違いの嫉妬心からなのだが、今のリタの発言で、それは激しい怒りに変わった。
 「そこへなおるがよい!」
 腰の剣に手をやりながら立ち上がったアルティウスに、リタは大げさな程泣き喚いた。
 「王の御子を生んだわたくしを手打ちになさるおつもりですか!レスターッ、お前は母を見殺しにするのか!」
 「は、母上っ」
レスターは慌ててリタの傍に駈け寄ると、その腰に抱きついて泣き始めた。
何時もならそんな我が子を疎ましく突き放すリタも、今ばかりはしっかりと自分の腕の中に抱き寄せる。
 「おお、レスター、お前の父は、わたくしを殺そうとなさったのですよ?さあ、お前にとって母がどれほど大切か、父上にしっか
りといいなさい!」
 「ち、父上、母上を、殺さないで・・・・・」
 緊張と恐怖で、それしか言えない我が子を一瞥した後、リタは立ち尽くしている有希に向かって言った。
 「お優しい《異国の星》よ、あなたなら王をお止めになれますわよね」
 「・・・・・アルティウス」
有希は剣を握るアルティウスの手にそっと触れた。
 「子供の見ている前で、母親を傷付けるのはよくない」
 「ユキ」
 「リタ、あなたは妾妃宮に残るということですね」
 「もちろんですわ!」
 「・・・・・分かりました」
 「ユキ!」
 アルティウスは納得する有希を睨んだ。
幾らごねたとしても、王であるアルティウスが一言言えば、リタは嫌でもその命に従わなければならないのだ。
その方が自分にとっても有希にとっても一番楽で確実な方法なのだが、有希はそうしようとは思っていないようだった。
 「納得がいかないまま出ても仕方ないよ。ただ、子供、レスターはこちらで引き取らせてください」
 「ユキッ?」
 「わたくしの子供を奪うというのっ?」
 「母親というのは、子供を守る存在。今のあなたに任せることは出来ない。いいよね?」
 小首を傾げて言う有希に、アルティウスが嫌だと言える筈がない。
もともと、妾妃達を宮から退去させれば、子供達は王宮の方へ引き取ることになっているのだ。
 「構わぬ」
 「王!わたくしからレスターを引き離すと言われるのですか!おお!何という酷い仕打ちを!」
リタの嘆きは、アルティウスには全く届かない。
アルティウスは控えていた衛兵に向かって言った。
 「リタを妾妃宮に軟禁せよ。他の妾妃達は退去の準備を」
 「王!」



 リタの叫び声がいまだに耳に残る。
有希ははあっと溜め息をついて、目の前の少年を見つめた。
 「こんにちは、レスター王子。僕はユキといいます」
 「・・・・・」
怯えた目を向けてくるレスターは、一定の距離から近付こうとはしない。
 「王子」
 「・・・・・は、母上は?」
 「え?」
 妾妃達が退去してから、有希は自分の部屋にレスターを呼んだ。
母親のあの姿を見て動揺しているだろうと思う子供と、ちゃんと話したいと思ったからだ。
レスターはエディエスと1歳違いということだが、めざましい成長をしているエディエスから比べれば随分線が細く、色白で、
身長も有希の目線ほどだった。
それでもアルティウスに良く似た整った容貌は目を惹いて、将来が楽しみだなと思ってしまう。
 そんなレスターは、衛兵に引きずられるように連れて行かれた母リタのことが心配で仕方がないようで、震える小さな声で
再度聞いてきた。
 「は、母上は・・・・・どうなるのでしょうか?」
 「王子は、お母さん好き?」
 「・・・・・はい」
少し躊躇った間が、あまり構われていない希薄な親子関係を感じさせる。
 「じゃあ、アルティウス、お父さんは?」
 「父上は尊敬しています」
王族の親子関係というのはこれほど普通とは違うんだと別の意味で感心しながら、有希はなるべくゆっくりと穏やかな口調
で言った。
 「命があぶないとか、そんな心配はしなくていいです。世話をする人も付いていると聞いたし、食事もあります」
 「そうですか」
 幾分安心したのか、レスターは上目使いに有希を見つめて言った。
 「あなたは、父上と婚儀を挙げられるのですか?」
 「え?」
 「宮では皆、噂しています。父上が得がたい星を手に入れたと。でも・・・・・」
 「でも、なに?」
 「男の人とは思いませんでした」
 言ってから、レスターはしまったと顔を歪めたが、有希は自分でもそう思っているので腹も立たない。
むしろ本当にそうだなと思って笑ってしまった。
 「ごめんね、分からない」
 「分からない?」
 「アルティウスのことは好きだし、とてもよくしてもらってると感謝してる。でも、結婚って、愛し合う者同士がすることでしょう?
僕は・・・・・まだ、分からないんだ」
 「・・・・・」
 「君がさっき言った、男同士っていうのも、分からない1つ」
 「あの・・・・・」
 「なに?何でも言って?」
 「父上と婚儀を挙げたら、あなたは僕の母上になられるんですよね?」
 「は、母上?お母さん・・・・・そっか、そういうことでもあるんだ」
 いきなり5人の子持ちの義母・・・・・有希は思わず吹き出してしまった。
 「ど、どうされたのですか?」
有希の笑いはしばらく治まらなかった。