正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 「父上がいらして下さいました。お前は何の心配もせずともよいと・・・・・」
 「そう」
 翌朝、やはりレスターが気になって仕方がなかった有希はそのまま部屋を訪ね、その言葉を聞いて思わず安堵の溜め息
をついた。
(アルティウス、約束守ってくれたんだ・・・・・)
その行動が嬉しかったし、レスターが意外にもそれほど落ち込んでいなかったことにホッとした。
 「兄上がよく来て下さるんです」
 「エディエスが?」
 「母上は私と兄上が親しくするのは嫌がっていたので、今まであまり行き来出来なかったのですが・・・・・今は自由に兄上
とお会い出来るので嬉しいんです」
 「レスターはエディエスが好きなんだね」
 「はい、大好きです。父上も尊敬していますし、兄弟達も可愛いです。・・・・・ユキ様のことも・・・・・嫌いではありません」
 「・・・・・ありがと」
母親のリタのことを思えば、それがレスターに言える精一杯の言葉なのだろう。
有希は十分嬉しくてにっこり笑うと、レスターは顔を赤くして下を向いた。



 幾分気持ちの軽くなった有希は、アルティウスに礼を言おうと執務室に向かう。
行き交う衛兵や召使いが深々と頭を下げて礼をとるのは何時もの光景だったが、今日はどこか重苦しい雰囲気に包まれ
ていた。
(どうしたんだろ・・・・・リタのこと・・・・・?)
 皆、有希にはなかなか実情を言ってくれないので、有希には何が起こっているかは全く分からない。
有希は回りくどいことは止めることにする。
 「アルティウス」
 「おお、ユキ!」
 何時ものように、有希の姿を見るとアルティウスは直ぐに立ち上がって近付いてくると、その長い腕ですっぽりと有希の身
体を抱きしめた。
 「朝からそなたの顔を見れるとは僥倖だな」
 「・・・・・何があるの?」
 「ユキ?」
 有希はアルティウスの顔を見上げる。
真っ直ぐな有希の視線に、正直なアルティウスは目を逸らしてしまった。
 「何がある?」
アルティウスは有希に嘘は言わない。
確信している有希に、やはりアルティウスは真実を口にした。
 「今日正午、処刑がある」
 「しょけい?」
聞き慣れない言葉に戸惑っていると、部屋にいたマクシーが説明した。
 「罪人を処罰するのです。今日の罪人は王を裏切った大罪を犯した者。十の弓で射、十の槍で突き、十の剣で切る・・
・・・それほどの罪を犯したのです」
 「そ・・・・・んな・・・・・」
 有希は一瞬にして真っ青になると、ブルッと身体を震わせた。
 「罪を犯したからって・・・・・そんな酷い・・・・・」
 「ユキ、これは見せしめだ。頂点に立つ王を裏切った時どういう目に遭うのか、王は絶対的な存在でなければならぬ」
 「でもっ」
 「ユキ、この国ではそれが当たり前なのだ」
 「!」
それ以上聞きたくなくて、有希は部屋から飛び出した。



 「王」
 「処刑は決めた通りに」
 「・・・・・御意」
 マクシーが去って1人になったアルティウスは、直ぐにでも有希の後を追いたいのを耐えた。今回ばかりは、有希の言葉は
聞けないのだ。
 「王とは・・・・・こういうものなのだ、ユキ」
 今情けを掛ければ、次の人間には甘えが生まれる。そこからは傲慢が生まれる。王に対しての畏敬が薄れ、何をしても
許される、何を・・・・・王を討っても・・・・・そんな思いが生まれないとは限らない。
王家に生まれ、なるべくして王座に就いたアルティウスも、油断すればすぐさま追い立てられ引きずり下ろされてもおかしくな
いのだ。
 アルティウスも、イッダにはそれほど怒りは感じていない。
確かに脱走を手助けしたのは許しがたいが、リタと関係を持ったということは特に何とも思っていなかった。
実際、妾妃宮に入って直ぐ、数回の交わりしかない。むしろ、それだけでレスターが出来たことの方が驚きだった。
 「・・・・・」
 「王」
 「・・・・・ジャピオか。何用だ」
 「王宮にまで足を踏み入れたことをお許しくださいませ」
 ジャピオは入口で跪くと、深々と頭を下げたまま言った。
 「イッダの処刑を、どうぞお取りやめなさってください」
 「政に口を出すのか」
 「イッダが犯したのは確かに大罪でございます。しかし、イッダはまだ若い。どうかお慈悲を」
 「ならぬ」
 「王!」
 「ジャピオ、そなた、なぜイッダの命乞いをする?あ奴に想いでもあるのか?」
 「いいえ、そんな・・・・・っ」
 「それとも、イッダがヒューティックの弟だからか?」
 「・・・・・っ」
 「グランモアとの国境に討伐に行ったまま帰らぬ男を、今だ想い続けておるのか」
 「・・・・・ご存知でしたか、イッダのことを」
 「イッダではないだろう。あ奴の本名は、ヴェルニ。13年前、前の戦の折、グランモアに行ったまま戻らなかったヒューティッ
ク将軍の弟だ」