正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 マクシーは書類をじっと見下ろしていた。
イッダ・・・・・ヴェルニの処刑を承認するアルティウスの印は既に押してあり、その横にマクシーの印を押せば書類は正式に
完成する。
アルティウスの命に逆らうつもりはないし、ヴェルニのした行為は十分重罪に当たる行為で、処刑されるのは当然だ。
しかし、どこかで納得出来ないのは、若いヴェルニがリタの甘言にのせられたのであろうという哀れさと、昔いたヴェルニによく
似た青年の存在からかもしれなかった。
(生きているのか・・・・・死んでいるのか・・・・・)
 その頃はまだ宰相ではなかったマクシーも、その男とジャピオの関係は知っていたし、アルティウスがジャピオを妾妃に迎え
入れた真意も分かっていると思う。
今更ながら過去の悲劇が蒸し返されていくのを、マクシーは沈痛な思いで受け入れるしかなかった。
 「マクシー!」
 突然、扉が開いたかと思うと、そこに現れたのは有希だった。
 「ユキ様」
アルティウスの執務室から飛び出してから数刻、有希の表情に何か強い意思が表れているのに気付き、マクシーはゆっくり
と立ち上がって傍に歩み寄った。
 「いかがされた、ユキ様」
 「婚儀って、どのくらい時間かかるっ?」
 「は?」
 突然の問いに、マクシーは一瞬虚をつかれた。
 「直ぐに婚儀の用意をして欲しい!直ぐに王妃になりたいんです!」
 「ユキ様っ?おっしゃっている意味がお分かりか?王妃になるということは、アルティウス様の妻になられること。王と同等
の立場になるということですよ?」
 「分かってるっ。僕は王妃になって、今日の処刑を中止にしたいんだ!」
 「・・・・・!」
思い掛けない有希の発言は、さすがのマクシーにも想像出来なかったことだった。



 有希は決心した。
まだ心に迷いは残っているが、自分が出来ることはこれしかないと思った。
どういう形であれ婚儀を挙げ、アルティウスの正妃になって、今日の処刑を止めたいと思った。
 「マクシー、準備、どれくらい掛かる?」
 「・・・・・本気でございますか?」
 確かめるようにマクシーが聞く。
有希は真っ直ぐ顔を上げて、はっきりと頷いた。
 「・・・・・よろしい。時間は簡略化してもかなり掛かるものですが、正式な儀は後日でも構いますまい。要は、エクテシアを
守る神々の前で、王とあなたが誓えばよろしいのです。立会いは私とベルーク、ああ、ディーガもいらっしゃっている。後は宮
にいる大臣達を急遽招集しましょう」
 「ごめんなさい、迷惑掛ける」
 「いいえ。王とあなたの結婚は、我々の望みでもあります。どんな理由であれ、あなたが王と添い遂げる決意をされたこと
は嬉しい」
 「そ、添い遂げる・・・・・」
その意味を考え、有希の頬が熱くなる。
 「ところで、ユキ様。肝心の王のご了承は得ておいでか?さんざんあなたに求婚をなさっておったが、今回のこと、もうお伝
えされたのかな?」
 「あ!」
 そう言われて初めて、有希はアルティウスに何も言っていないことに気付いた。
早くしなければと気ばかり焦って、肝心のアルティウスの返事を貰っていなかったのだ。
 「行ってくる!」
とにかく絶対にうんと言わせてみせると、有希はアルティウスの執務室に向かった。



 「・・・・・くそっ・・・・・身が入らぬっ」
 アルティウスは舌打ちをして立ち上がった。
ジャピオが下がってから執務の続きを始めたが、全くといっていいほど頭の中に入ってこなかった。
今回の処罰が王の立場からすればどんなに正当なものでも、割り切れない思いはアルティウスにもあるのだ。
(リタの奴・・・・・よりによってヴェルニに手を出すとは・・・・・っ)
 まさか13年も前のことをリタが知っていたとは思えないが、どんな報復よりも今回の事はアルティウスの心に深い傷を負わ
せた。
 「正午まであと少し・・・・・」
 思わず呟いた時、慌てたように扉が叩かれ、中に有希が駆け込んできた。
 「ユキ?」
今朝方この部屋から飛び出していった有希は、走ってきたのか息を弾ませたままアルティウスの前に立った。
 「・・・・・ユキ」
 「話、あるんだ」
 「・・・・・なんだ」
 きっとヴェルニの処刑のことだろうと思った。優しい有希は、誰かが死ぬことを黙って見ていられないのだろう。
しかし、アルティウスも王として下した命は、たとえ有希が泣いて止めても翻すつもりはなかった。
 「お願いがある」
 「駄目だ。処刑は決行する」
 「処刑のことじゃないよ」
 「何?」
 「・・・・・アルティウス、僕と結婚して欲しい」
 「・・・・・なんと?」
 「僕をアルティウスの正妃にして欲しいんだ」
 「ユキッ?」
それは、アルティウスがもう数ヶ月望んだ願望だった。
何でも手に入れることが出来たアルティウスにとって、唯一ままならなかったのが有希の気持ち・・・・・。何度愛していると言
葉にしても、何時も困ったような笑みを返してくるだけだった。
その有希が自分から正妃になると言ってきた。
 「・・・・・駄目かな・・・・・」
 「ユキ!」
 瞬間、アルティウスの頭の中のモヤが一瞬で消し飛び、思考が真っ白になったまま有希を抱きしめた。
 「ア、アル、ちょ・・・・・んぐっ」
高まった気持ちのまま、アルティウスはいきなり有希の唇を奪う。まるで犯されるような激しい口付けに、有希はギュッとアル
ティウスの腕にしがみついた。