正妃の条件
15
※ここでの『』の言葉は日本語です
処刑の時刻まではもう間がない。
有希はアルティウスの腕を引っ張るようにして神殿に向かう。
「ユキ、何をそんなに急ぐ?」
「正午までに婚儀を挙げたいんだ。マクシーに頼んで簡略化してもらうからっ」
「・・・・・」
「アルティウス?」
突然足が止まってしまったアルティウスに、有希は戸惑った視線を向けた。
「ユキ、そなた正午の処刑を止める気か?」
「え?」
「その為に、私の正妃となるのを承知したのか」
「そ、それは・・・・・」
毎日毎日愛してると言われ、正妃になって欲しいと懇願されてきた。
今回の事はアルティウスからすれば自分の気持ちを利用されたと思ったのかもしれない。王と同等の立場になれば、きっと
アルティウスは自分の願いを聞き届ける・・・・・有希はそんな自分の傲慢さに初めて気付いて羞恥に顔を赤くした。
(ぼ、僕、自分のことばっかり考えてて・・・・・)
王妃の承諾の真意を知った時、アルティウスがどんな思いになるのか考えもしなかった。
「ごめ、ごめんなさ・・・・・」
思わず頭を下げようとした有希の腰を引き寄せ、アルティウスは細いその身体を抱き上げた。
「ア、アルティウス?」
「この方が早い」
有希を抱き上げたまま歩き始めたアルティウスの服を慌てて掴み、有希は不安そうに聞いてみる。
「怒って・・・・・ない?」
「ユキ、そなたが私の想いを利用しようと思うならば、私もそなたの決意を利用する」
「え?」
抱き上げている身体は抵抗をしようとはせず、大人しく腕の中に納まっている。
アルティウスは有希の真意を知ってもそれほど意外ではなかった。むしろ、あんなに躊躇っていた正妃になってまで処刑を止
めようとしている有希に、ある種の尊敬の念さえ抱いている。
(私の方こそ、この好機を逃しはせぬ)
たとえどんな理由があっても、有希が正式に正妃になってしまえばもうアルティウスのものだ。神の前で誓えば、後で嫌だと
いっても離さない。
「アルティウス・・・・・」
自分がどんなに重大な決意をしたのか、有希は分かっているのだろうか。
「マクシーは既に承知しているのだな?」
「う、うん。正式な婚儀は後日でもいいって・・・・・あの、アルティウス」
「ユキ、婚儀を挙げた瞬間から、そなたは私のものとなる」
「う・・・・・ん」
「その言葉、忘れるでないぞ」
今夜から、有希はアルティウスと同じ寝所で休むことになるだろう。
(もう、随分待った・・・・・。逃がしはせぬぞ、ユキ)
神殿の入口には既にマクシーが控えていた。
マクシーは有希を抱き上げたまま訪れたアルティウスを見て少しだけ眉を動かしたが、直ぐに膝を着くと頭を垂れた。
「本日はおめでとうございます、王」
「準備は?」
「あいにく突然のことゆえ、神官が不在でございましたが、ディーガ殿が代理を務めて頂けるということです。後は大臣5
名立会いで控えております」
「分かった」
マクシーは立ち上がると、有希に向かっても祝いの言葉を送った。
「改めてお祝い申し上げます。よくぞ決心なされた」
「マクシー・・・・・」
「さあ、中に」
アルティウスは有希を下ろし、その腰を引き寄せる。
マクシーが合図を送ると、中から重たい扉が開かれた。
有希が王宮の奥の神殿に足を踏み入れたのは、この世界にやってきた時と、今回で2度目だ。
たとえ王でも簡単には入ることが出来ない神聖なその場所は、中央の奥に置かれた円状の大きな桶、その中に溢れるほ
どの水、そして有希の身長ほどもありそうな大きな輝く石が飾られていた。
(・・・・・光ってるし・・・・・透明?・・・・・水晶かな・・・・・?)
ふと気付くと、壁も、天井も、床も、全てが同じ材質のようで、有希は一瞬自分が水晶の中に閉じ込められているような
錯覚に陥った。
うっすらと床にも水が張っていて、有希の足は踝の近くまで濡れている。
「王、ユキ殿、前へ」
呆然と辺りを見ていた有希は、突然声を掛けられてハッと我に返った。
「ディーガ」
「さあ」
促され、アルティウスに支えられるように足を進める。足を濡らす水は、まるで氷のように冷たかった。
「ア、アルティウス、この水・・・・・」
「これは聖水だ。この国が建国されて神殿を創った時から、あの場所から止まる事もなく沸き続けているものだ」
「へえ・・・・・」
「そして、あれがエクテシア国の神、ドゥアーラ・カフス神だ」
「ドゥアーラ・カフス神・・・・・」
神という名はついているが、そこにあるのは美しい水晶に似た石だ。しかし、よく見てみると、その中は何重もの層になって
いて、部屋のあちらこちらから反射している光がそれに当たり、不思議な色合いになっていた。
「・・・・・綺麗・・・・・」
「ああ、美しいな」
「これが、この国の神?」
「そうだ。もう気が遠くなるほど昔から、我がエクテシアを守ってくださった」
有希から見れば綺麗な石という物が、アルティウス達エクテシアの民からすれば尊い神なのだろう。
「お2方、ここに」
ディーガに促され、アルティウスは濡れるのも構わずに神の前に跪く。
有希も慌ててアルティウスの隣で同じように跪いた。
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