正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 処刑場から有希を連れ出したアルティウスは、腕を掴んだまま中庭を突き進んで私室に向かっていた。
 「ア、アルティウス?」
 「ユキ、そなた正妃となったからには、もう私を拒むことなど出来ぬぞ」
 「・・・・・っ」
掴んだ有希の腕に瞬間逃れようと力が込められたが、もちろんアルティウスが手を離すことはなく、立ち止まったアルティウス
は華奢な有希の身体を抱きしめた。
 「逃げるな」
 「ア、アル・・・・・」
 「そなたが私を忌み嫌っていないとしても、逃げようとされれば心が痛む」
 「・・・・・っ、ご、ごめんなさいっ」
 「謝る必要などない。ただ、逃げなければそれでいいのだ」
 気持ちは焦っている。一刻でも早く有希の全てを手に入れないと安心出来ないが、かといって、もうあの時のように無理
に抱きたくはなかった。
欲望を吐き出した後、我に返って見た有希の顔は息をしていないかのように青白く、アルティウスは一瞬抱き殺してしまっ
たのかとさえ思ったくらいだ。
(あのような思いはしたくない)
 誰かを思い遣るということを、アルティウスは有希と出会って初めて知った。
 「・・・・・血、ついてる」
 「構わぬ。私が手をかけて流れたものだ。受け止めるのは当然のこと」
 「・・・・・」
有希は黙ってアルティウスの言葉を聞いていたが、やがて恐る恐るといったようにアルティウスの手にそっと指を触れさせてきた。
 「ユキ」
 「僕、あの・・・・・」
 「父上!」
 有希の言葉は、突然現れたエディエスの声にかき消された。



 「エディエス・・・・・?」
 今、自分が何を言おうとしたのか、有希は自分でも分からないまま、必死の形相でアルティウスに詰め寄るエディエスを
呆然と見つめた。
 「ただ今マクシーから聞きました!父上、婚儀を挙げられたというのはまことですかっ?」
 「まことだ。ユキは我が妻となり、エクテシア国の王妃となった」
 「父上!」
 この年頃としては大柄なエディエスも、アルティウスと並ぶとまだまだ子供の体付きだ。
しかし、その体格差を上回る勢いの気迫で言い放った。
 「私は反対です!」
 「エディエス」
 「エクテシアの王妃には、我が母ジャピオが最も相応しい!この者は男で、しかも我が国の民ではない!父上、どうか目
を覚ましてください!そして、この婚儀を取り消すようはからってください!」
 「黙れっ」
 「!」
 アルティウスはエディエスを一喝した。
 「エクテシアの神聖なる神、ドゥアーラ・カフス神の前で誓ったのだ。その言葉を取り消すなど出来ぬ」
 「しかし!」
 「エディエス、そなたは皇太子ではあるが、ユキは我が正妃。正妃は王と同等の力を持つ存在だ。ユキに暴言を吐けば、
私に対する反心の表れとしてそなたを拘束する」
 「アルティウスッ」
あまりの突き放した言い方に有希は慌てるが、これ程厳しい言葉でエディエスを諌めるのは自分の為だということも分かっ
ていた。
初めにこうして強く言っておかなければ、この先エディエスは有希に対して猛烈な反感を抱き、それを口にするだろう。
有希への反感は王に対する反感・・・・・アルティウスを尊敬しているエディエスには耐えられないことのはずだ。
 「よいか、エディエス。そなたが自らの母を慕うことも分かるが、ジャピオ自身正妃になるという思いは欠片もないのだ。その
者をなぜ正妃に出来る?」
 「・・・・・なぜ母上はそんなこと・・・・・」
 「事実を知りたければ母に聞いてみるがよい。その上で、ユキが正妃だと納得出来るのならば・・・・・」
 「・・・・・っ」
 唇を噛み締めたエディエスはそのまま踵を返した。
妾妃宮の方に走っていく後ろ姿を見て、有希は心配になって言う。
 「ジャピオ、大丈夫?」
 「母親に手を上げるような男ではない」
 「・・・・・」
 「ジャピオがどこまで話すのか分からないが、一度聞いてみるのもいいだろう。・・・・・ユキ」
 俯きかけたユキの顔を覗き込み、アルティウスは真っ直ぐな視線を向けて言った。
 「ジャピオのこと、気になるか?」
 「・・・・・」
 「それは心配だからか?それとも、私の妾妃だったからか?」
 「!」
有希は驚いて顔を上げると、自分を見つめているアルティウスと視線を合わせた。
(・・・・・そうなのかな?)
自分では全く自覚していなかったが、気持ちのどこかでアルティウスの子まで産んだジャピオのことが気になっていたのかも知
れない・・・・・有希はアルティウスの言葉で初めて気付いた。
他にもアルティウスの子を産んだ者や妾妃は多くいたが、思えば有希が気になっているのはジャピオのことだけだ。
 優しく、穏やかで、賢い。有希はジャピオに対して好感しか抱いていない。
だからこそ・・・・・こんなにも素晴らしい女性が身近にいるのにも関わらず、なぜアルティウスは自分を選ぶのか、納得が出
来ていない分躊躇いが消えないのだろう。
 「アルティウス・・・・・」
 「私の話を聞いてくれないか?」
 「話?」
 「私とジャピオと・・・・・ヴェルニ。どういう繋がりがあるのか、そなたには知っておいてもらいたい」
 「・・・・・」
 「私がユキだけを愛していることを分かって欲しい」
 「・・・・・」
 有希は少し躊躇った後、頷いた。
(全部、受け止められるようにならないと・・・・・)