正妃の条件
19
※ここでの『』の言葉は日本語です
「・・・・・キ様、ユキ様?」
「・・・・・あ、なに?」
「夕食の用意が整いましたが・・・・・どうなされましたか?」
「・・・・・ううん、なんでもないよ」
長い、長い話だった。
アルティウスとジャピオの話。ジャピオとヒューティックの話。アルティウスとヒューティックの話。そして・・・・・13年前の戦争の
話。
聞いているうちになぜか涙が流れてしまい、途中アルティウスを慌てさせてしまったが、全てを聞いてから、有希はやっと胸の
つかえが取れた気がした。
「わたくし達の間には、家族のような情愛しかなかったのですよ」
ジャピオが言った言葉は、有希に気を遣ってのことではなく、真実だったということがやっと分かった。
アルティウスは姉のように慕うジャピオを生かす為に、そしてジャピオはそんなアルティウスの思いを受け取る方法として、2人
は身体を合わせたのだろう。
その慰めの結果、エディエスが生まれた。
アルティウスとジャピオは愛し合ったわけではないが、ちゃんと互いを慈しみ合っていたのだ。
「・・・・・ウンパ」
「はい」
「僕・・・・・アルティウスのこと、好き、みたい」
「ユキ様?」
「アルティウスが言ったんだ。本当に愛していると思う相手は、僕が・・・・・初めてだって。僕・・・・・それを嬉しいって思った」
初めての夜の暴挙以来、アルティウスは有希が怖がることはしなかった。
それは、単に男相手が面倒だからというわけではなく、本当に有希を大切に考えてくれていたからということを、有希は今ジ
ワジワと実感したのだ。
処刑を中止する為に決めたアルティウスとの結婚だったが、今考えればこれぐらい強い後押しがないと、強引に押さえ込ん
だ自分の気持ちを動かすことが出来なかったかもしれない。
「ウンパ、僕・・・・・どんな準備をしたらいいのかな」
「ユキ様、それは・・・・・」
「僕、ちゃんとアルティウスと結婚したい」
アルティウスは広い湯船に浸かると、縁に頭を乗せて目を閉じた。
(・・・・・迎えに行ってもよいものか・・・・・)
昼間の話は、有希にとっては衝撃的なものだったようだ。
真っ青になった有希を心配してアルティウスは途中で話を止めようとしたが、有希はその続きを聞きたがり、結局話はとて
も長いものになってしまった。
「なんと思っているものか・・・・・」
話が終わると、気付けば有希は涙を流していた。
ジャピオを可哀想だと言い、ヒューティックの生死を心配し、アルティウスを優しいと言って泣いていた。
「私を優しいなど・・・・・ユキぐらいしかおらぬな」
とにかく泣き続ける有希を落ち着かせる為に部屋に戻したが、今夜は婚儀を挙げた最初の夜だ。
例えそれが簡易なものであっても、有希が正式にアルティウスの正妃になったことには間違いはなく、共に夜を過ごすことに
も何の問題もないはずだった。
有希の気持ち以外は。
「・・・・・」
焦る気持ちを誤魔化すように、アルティウスは勢いよく湯船から上がる。
そのまま控えていた側仕えが湯をぬぐい、寝巻きを着せた。
「下がってよい」
少し1人になって考えようか・・・・・そう思いながら湯殿を出て私室に戻ろうとしたアルティウスは、ふと扉の前に立つ2つの
人影に気付いた。
「・・・・・ユキ?」
「あ」
アルティウスの声に顔を上げたのは間違いなく有希で、その隣には側仕えのウンパがいた。
「どうしたのだ、ユキ」
「あ、あの、僕・・・・・」
なかなか言葉にならない有希を気遣ったのか、ウンパが控えめに切り出した。
「王、今宵はお2人の初夜にて・・・・・」
「ユキ、そなた・・・・・」
「アルティウス、僕、あの・・・・・あの・・・・・」
「・・・・・っ」
アルティウスは強く有希を抱きしめる。
「ア、アルティウス」
「ウンパ、ご苦労だった。今宵、ユキは私の寝所で休む」
「御意」
ウンパは深く頭を下げた。
心臓が口から飛び出そうとはこういうことかと、有希は自分の胸に手を当てて思った。
何度か訪れたことのあるアルティウスの私室。しかし、夜は絶対に足を踏み入れなかった。
どうしてもあの恐怖の夜を思い出すからだが、今こうしてアルティウスの寝台の側に立っても、胸はドキドキするが怖いという
思いはない。
「ユキ」
「・・・・・」
アルティウスの手が、怖々といった感じで有希の身体に触れた。
その様子に、思わず笑ってしまう。
「ユキ?」
突然笑った有希に、アルティウスが訝しげな目を向ける。
有希は思い切って、自分からアルティウスの腕に触れた。
「大丈夫」
「・・・・・」
「今は、大丈夫。好きな人だから・・・・・大丈夫だよ」
そう言った途端、まるで食らえつくような激しい口付けを受ける。
「ふぅ・・・・んんっ」
有希の崩れ落ちそうな身体を、アルティウスの逞しい腕が軽々と支えた。
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