正妃の条件
2
※ここでの『』の言葉は日本語です
「おはよう、アルティウス」
「ああ」
早朝から他国の使者との謁見があったアルティウスが執務室に入ると、既に宰相のマクシーと話していた有希が、優し
い笑顔を向けながら言った。
朝から有希の顔を見れたアルティウスは思わず頬を緩ませたが、直ぐに苦笑を浮かべるマクシーに気付いて表情を改めた。
「マクシー、使者はもう来ているのか?」
「はい、既に控えられております。直ぐにお会いなさいますか?」
少し考えるような素振りを見せたアルティウスは、不意に有希に問いかけた。
「・・・・・ユキ、食事はどうした?」
「今からですけど?」
「それならば一緒に食べるぞ。謁見はそれからだ」
「アルティウスっ?」
あっさりと予定を変更するアルティウスに、有希は慌てて言った。
「ダメです!待ってる人、可哀想です!」
「私の予定に合わせるのは当然だろう。何が可哀想だ?」
「・・・・・」
全てを有希中心に考えるアルティウスにとって、名も知らぬ小国の使者に会うよりも、有希の顔を見ながらの食事の方が
よっぽど有意義だ。
少しも罪悪感を感じていないというふうなアルティウスを、有希は深い溜め息をついて見つめた。
「食事は謁見が済んでから、一緒に食べましょう」
「それではユキが・・・・・」
「人待たせる、よくない!」
「ユ、ユキ」
「王様の仕事が大事!僕のこと後!」
何時の間にか、有希の口調はたどたどしいものに戻っていた。興奮したり慌てたりすると、まだ言葉が直ぐに出てこないの
だ。
有希自身は気にしているそのことを、アルティウスは出会った頃の有希を思い出して楽しんでいた。
「分かった。マクシー、直ぐに使者を通せ」
「御意」
執務室を出ながら、マクシーは今のやり取りを思い出して思わず笑みを浮かべる。
あれ程の暴君をあっさりと従わせることの出来る有希が頼もしく、そんなふうに信頼出来る相手を見付けることが出来た
主君をさすがだと思う。
「さて」
有希はああ言ったが、アルティウスは出来る限り早く謁見を打ち切るに違いない。
万事支障が無いように、マクシーは使者の待つ控え室に向かった。
「アルティウス、我がまま。王様なのに、良くない!」
「仕方がありません。この国では王のお言葉が絶対なのですから」
「それでも!」
珍しく頬を膨らませて怒っている有希を、ウンパは笑いながら宥めた。
アルティウスに負わされた怪我はすっかりよくなり、ウンパは再び有希の側仕えとして傍にいる。
何度も謝る有希にこれは自分に与えられた正当な罰だからと一切責めることは無く、そんなウンパを有希はますます信頼
するようになった。
そんな2人の関係をアルティウスは面白く思っていないようだが、今のところ私情に走ってウンパを引き離すようなことはして
いない。
アルティウスが良い方に変わってきていると、マクシーも喜んでいるくらいだった。
「さあ、お食事の用意をいたしましょう」
「・・・・・あ」
長い廊下を自分に与えれれた部屋に向かって歩いていた有希は、向かいから来る人物を見て思わず足を止めた。
それと同時に、さりげなくウンパが有希の前に出ると、恭しく頭を下げながら口を開いた。
「おはようございます、リタ様」
「・・・・・」
「王は謁見にて席を外しておられますが」
「王に用はない」
「・・・・・」
(色っぽい人・・・・・)
有希にとっては初めて会う人物だった。
小柄な有希よりも背が高く、大柄な若い女だ。肉感的なプロポーションをわざと誇示するように薄絹をまとっただけの上半
身は乳房の形も丸見えで、ウブな有希は顔を赤くして慌てて目を逸らした。
「そなたが王が寵愛なさっている《星》か」
「あ、あの、あなたは?」
「わたくしはリタ。偉大なる王アルティウス様の名誉ある妾妃にして、第二皇子レスターの生母である」
「アルティウスの・・・・・」
アルティウスに何人もの妾妃がいることは聞かされていたが、こうして本人と会うのは初めてだ。
アルティウスの子供を生んだ女性だということに僅かな胸の痛みを感じ、有希は俯いて唇を噛み締めた。
(僕・・・・・どうしてこんなに動揺してるんだろ・・・・・)
「お話があります。少しよろしいかしら」
見下すように言い放つリタは、有希が断るのを許さない雰囲気だ。
「リタ様、お約束のない面会は禁じられておりますゆえ・・・・・」
「いいよ、ウンパ。あの、あまり長い時間は無理ですが」
「結構。時間はとらせないわ」
![]()