正妃の条件





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 有希が連れて行かれたのは、宮殿内に幾つかある来客用の一室だった。
リタは3人の側仕えを連れていたがいずれも若い女で、有希を興味津々の目で見ている。
女達も有希が何者かは既に知っていたし、王が自分達の主であるリタよりも大切にしている存在だということも認識してい
た。
 「お話、何でしょう?」
 有希が問い掛けると、綺麗に化粧を施した目を吊り上げるようにして、リタは憎々しげに唇を歪めて言った。
 「一度は拝見したいと思っていたの。我が王をたぶらかした男というのを・・・・・」
 「・・・・・」
 「王のお子を生めもしないくせにご寵愛を受けるなんて、さぞかしあちらの具合がよろしいのね。でも、女と違って受け入
れる場所がないのに、どうなさっているの?その小さな口で王をお慰めされてるの?」
 「リタ様!」
 リタのあまりの暴言に、思い余ったウンパが口を挟んだ。
しかし、リタはチラッとだけウンパに視線を向けると、更に言葉を有希にぶつけた。
 「男を手玉に取るのがお上手なご様子。その分では王だけかどうか疑ってしまうわ」
 「リタ様、男は子を授かりませんから、どれ程相手にしているか分かりませんわ」
 「そうですわ、お美しさならリタ様と比べるなんて恐れ多い」
 「王はきっと珍しがって相手にされているだけです」
 側仕え達の言葉に、リタは満足げに頷いた。
確かに男にしては綺麗な顔立ちをしているが、美しさでは負けないと思ったし、身体にも自信がある。
何より目の前の少年にはアルティウスの子供を生むことは出来ないのだ。
実際にそれを確信したリタの口調には、傲慢なほどの自信がみなぎっていた。
 「確かに。王はきっとこの者にたぶらかされているだけ。わたくしは王の皇子を生んだ妾妃、立場が全く違うわ」
一方的に女達の毒を含んだ言葉を全身に浴びながら、有希は改めて自分の立場を考えてしまった。
有希自身まだ抵抗があるが、アルティウスにとって自分は権力を手中に出来ると伝えられている《強星》で、申し訳ない程
大切にしてもらっている。
 「王にとってあなたは寵愛する対象ではなく、お立場を強固にする為のいわば道具に過ぎないということをよくわきまえて頂
かなくてはなりません。わたくしや他の、王のお子を生んだ方々は、王の為にあなたの存在を認めてはいるが、けして歓迎し
ているわけではないわ」
 「・・・・・」
 「これからも王のお役にたつように。ただし、夜のお勤めはわたくしたち妾妃に任せていただきたいわ。王にはまだ何人お子
が授かってもいいのだから」
言いたいことは言ったのか、リタは側仕えに合図した。
 「今日のこと、王に告げ口などなさっても無駄なこと。今宵の伽の最中、わたくしの方からお伝えしておくわ」
そう言うと、立ちつくす有希を尻目に、まるで自分の方が立場が上だという様に、リタは堂々と立ち去っていった。



 残された有希の横顔が青褪めていたのに、ウンパは心配して声を掛けた。
 「大丈夫ですか?」
 「・・・・・うん、ちょっと驚いただけ」
 正妃を持たないアルティウスにとっては、妾妃は必要不可欠な存在なのだろう。
次期王となる子を生み育てている女達・・・・・。
(そうだった、1人じゃないんだ・・・・・)
有希のいた世界でも、1人の夫に複数の妻を持てる国もあったが、それは遠い外国の話で現実味がほとんどなかったが、
アルティウスの場合は違う。
有希にとって、アルティウスはかなり近い存在になっているのだ。
(そっか・・・・・お父さんなんだよね・・・・・)
15歳の有希にとって、26歳といえば大人の男だが、26歳で5人の子供を持っているとは想像出来ないというのが本当だ。
その上、アルティウスは子供の教育は専門の教育者に任せ、自分はほとんど関わっていないとも聞いた。
 「ウンパ」
 「はい」
 強張ったままの有希の表情に、ウンパは胸騒ぎを覚える。
まさかまたこの国を出て行こうとはしないだろうが、アルティウスに対して近付き掛けた距離をおくのではないか・・・・・ウンパは
それを危惧した。
 「アルティウスには、何人ものお妃様がいる、ね」
 「妾妃様です。御婚儀をお挙げにならない限り、后とはお呼び致しません」
 「でも、子供いるよね」
 「王となられたからには、お世継ぎをおつくりにならなければなりません。しかし、ユキ様、今までの妾妃様のどなたも、今
のユキ様ほど王に大切にされているお方はいらっしゃいませんでした」
 「・・・・・」
(でも、僕は男だし・・・・・)
 有希にとっては恐怖と苦痛しか残らなかったが、あの夜の体験で男同士でも肉体を繋げる方法があったということは知っ
ている。
しかし、女との行為との決定的な違い・・・・・子を生すという厳然たる事実は有希の世界でもこの世界でも変わることはな
い。
 ふと、有希は以前第一王子のエディエスに会った時の事を思い出した。
激しい憎しみをぶつけられたが、彼にすればもっとな怒りなのかもしれない。
アルティウスが妾妃達を顧みないのは、突然現われた自分という存在のせいかもしれないのだ。
(どうしよう・・・・・)
 やっと、この地に落ち着こうと決意したばかりだが、自分がいるせいで誰かが不幸になるのは嫌だった。

 「今宵の伽の最中、わたくしの方からお伝えしておくわ」

確か、リタはそう言っていた。
今夜、アルティウスがあの艶かしい妾妃とどう過ごすのか、有希は漠然とした不安に襲われた。