正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 今日は1日ゆっくりしているようにというアルティウスの伝言を聞いたものの、何時までもアルティウスの私室、それも寝台の上
を占領しているわけにはいかないと思った。
ウンパは正妃なのだから堂々といたらいいと言っていたが、有希は何時までも閉じこもっていたらどんな噂がたつか想像したくな
かったので、昼過ぎに何とか自分の部屋に戻った。
 「・・・・・」
 自分にあてがわれた部屋に戻ると、自然に大きな溜め息をつく。やはり人のテリトリーの中にいるのは無意識に緊張するのだ
ろう。
 「失礼します」
 ウンパの差しだしたお茶に口をつけようとした時、ドアの外から声が掛かった。
対応に出たウンパは、少し困ったような顔で戻ってくる。
 「ユキ様、エディエス王子がお会いしたいとの事ですが」
 「エディエス王子が?」
 「いかがされますか?お断り致しましょうか?」
 明らかな敵意を向けてくるエディエスと対するのは正直怖かった。実際に身体に与えられる暴力もそうだが、言葉の暴力とい
うのは心の奥底まで傷付いてしまう。
しかし、有希の立場は変わった。今までのある種客のような立場から、アルティウスの妃、この国の王妃となったのだ。
次期王になる皇太子として、アルティウスの息子として、避け続けることなど不可能だろう。
 「・・・・・会うよ」
 「よろしいのですか?」
 「うん。でも、今はあまり動きたくないから、出来ればこちらに来てもらえるといいんだけど」
 「そのように伝えます」



 それ程時間をおく事も無く、エディエスは有希の私室を訪ねた。
数人の付人を外に待たせると、1人で中に入ってくる。
 「ご、ごきげんよう、エディエス王子」
痛む身体に強張った顔でイスから立ち上がろうとした有希を制し、エディエスは少し離れた場所で立ち止まった。
 「・・・・・」
 「お話・・・・・あるということですが・・・・・」
自然と尻つぼみになってしまった有希の言葉に、エディエスははっきりと言った。
 「あなたは王妃になられたんですから、私に改まった言葉を使う必要はありません」
 「・・・・・」
(・・・・・少し・・・・・違う?)
 エディエスのまとっている雰囲気が少し変わっているのを有希は感じた。
これまで向けられていた憎しみを伴う敵意が薄れ、どこか戸惑ったような、途方にくれたような目をしているのだ。
 「・・・・・母上から全て聞きました。母上がなぜ父上の妾妃になったのか、それと・・・・・もう1人の存在のことも」
 「あ・・・・・」
(ジャピオ・・・・・全部話しちゃったんだ・・・・・)
 アルティウスの、「全ては母親から聞くように」と言われた言葉をそのまま実行し、ジャピオも隠さずに答えたのだということが分
かった。
エディエスの受けた衝撃を考えると、有希の胸も痛くなってくる。
 「父上と母上の関係は、まだ私には分かりませんが、母上は私を望まれて生まれた子だと言ってくださった。父上も、次期王
となる皇太子という位を授けてくださった。今はまだ混乱していますが・・・・・あなたに対して数々の暴言を吐いたことは・・・・・
どうかお許し下さい」
 口先だけで言っている謝罪の言葉ではないと分かった有希は、俯いたエディエスにゆっくりと近付いた。
 「王子」
そっと手を伸ばして、エディエスの握り締めた拳に触れる。
ビクッと顔を上げたエディエスの目線は有希よりも上で、全体的に大柄な民族だということが改めて分かった。
 「僕はね、王妃になったとしても、君達の母親になれるとは思ってないんだ。アルティウスよりも君との方が歳が近いくらいだし、
第一僕は男だから」
 「・・・・・」
 「だからね、一緒に、アルティウスを守れる存在になれればなって思ってる。いずれ王位を継ぐ君に、生きて譲位出来る様に
・・・・・一緒にアルティウスを守って欲しい」
 手を握り締め、真っ直ぐにエディエスを見つめながら有希は言った。言葉以上にこの思いが伝わればいいと、そう強い思いを
込める。
 しばらく黙っていたエディエスは、そっと有希の手を外した。
 「王子?」
分かってもらえなかったのだろうか・・・・・そう思っていると、エディエスは全く違うことを話し始めた。
 「ユキ殿の手は白いですね」
 「え?」
 「手だけじゃない。肌も白く、髪も艶やかで・・・・・とても綺麗な顔をしている」
 「え?え?」
 突然容姿を褒められ、有希は戸惑ってしまった。
 「あなたが父上の正妃になれば、父上は母上のことを忘れてしまうかもしれない・・・・・そう思っていました。今思えば、母上
よりもあなたが美しいと思ったからかもしれません」
 「・・・・・」
そう言うと、エディエスは有希の手が触れた拳を見下ろして苦笑した。
 「父上は嫉妬深い方だと思いますので、これからは父上以外の男に簡単には触れない方がよろしいと思いますよ」
 「な・・・・・」
 「たとえ自分の息子だとしても例外ではありません」
 「!」
真っ赤になった有希に、エディエスは丁寧に頭を下げた。
 「今日はお時間をとって頂き、ありがとうございました」
 「あ、うん、僕もありがとう」
 「それでは失礼致します」
ドアを開いたウンパが恭しく頭を下げる。エディエスは振り向かずに部屋の外に出た。



 部屋から出たエディエスは、直ぐに王宮の裏手に向かって歩き始める。
 「王子、どちらへ?」
一緒に移動を始めた付人に、エディエスは短く答えた。
 「剣の稽古だ」
 兵士達の利用する修練場に向かいながら、エディエスはふと自分の手を見下ろした。
白く、柔らかく、そして年下の自分よりも小さな手が触れた。
(あの手だけではなく・・・・・あの方の全ては父上のものだ・・・・・)
 「気を付けねばならぬのは私の方か・・・・・」
大人びた表情を浮かべたエディエスは、脳裏に焼きついた鮮やかな面影を振り切るように首を振った。