正妃の条件
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※ここでの『』の言葉は日本語です
国中に通達したアルティウスと有希の結婚。
それは《強星》がエクテシアを選んだという決定的な事実で、国内は歓声に沸き、諸外国はエクテシアの更なる発展に警戒心
を強くすることとなった。
正式な婚儀も挙げなければならないが、その前にと有希は妾妃宮に残っているジャピオを訊ねた。
傍から見れば正妃と妾妃。その上、王位継承権を持つ皇太子を産んだのは妾妃の方ということで、かえって周りの方が気を
遣っているようだったが、有希とジャピオはまるで姉弟のような感情をお互いに抱いていた。
「この度は心よりお祝い申し上げます」
深々と頭を下げて祝辞を述べるジャピオに、有希は照れ臭そうに笑って頷いた。
「ありがとう、ジャピオ」
正妃らしく・・・・・そうジャピオに進言されて、有希は簡単には頭を下げないようになった。
ただし、それでも有希の本質が変わるというわけではなく、ジャピオの祝辞を受けた後はジャピオの前に跪いてそっとその肩に触
れて立ち上がらせた。
「ユキ様」
「ジャピオ、疲れてるんでしょう?ずっとイッダ・・・・・ヴェルニの世話をしてるって聞いてる。具合は?」
「医師に診ていただいているので、ご心配なく」
「・・・・・目は、あの・・・・・」
「それはヴェルニも承知しております。むしろあれぐらいで済んだのが奇跡のよう・・・・・。ユキ様、それも全てあなたのおかげで
すわ」
深々と頭を下げられ、有希は慌てて首を振った。
「そんなっ、僕は止められなくて・・・・・」
「以前の王であったならば、ヴェルニの命はまず無かったでしょう。王があのように寛大なお心を持たれるようになったのは、あ
なたがお傍にいて下さっているおかげですわ」
「ジャピオ・・・・・」
アルティウスがどれ程の暴君だったのかは分からないが、初めて会った時に有希に襲い掛かっていた上級生を顔色も変えず
切ったのだ。
自分の部下ならば尚更に厳しい処置をしていたかもしれない。
自分でも少しは役に立つことがあったのかもしれないと、有希は少しホッとした。
久し振り・・・・・といっても、数日前には会ったのだが、ジャピオは少し痩せてしまったように感じる。
ヴェルニと関わることで、遠い過去に離れ離れになった恋人のことを思い出したのではないか・・・・・有希はジャピオの心の内
も心配になった。
「ジャピオ・・・・・大丈夫?」
気遣わしげに声を掛ける有希に、ジャピオは淋しそうに微笑んだ。
「ユキ様は全て・・・・・お聞きになったのですね」
「・・・・・うん」
「わたくしはエディエスを産んだ時に、あの方のことは諦めたと思っていました。ほとんどの兵士が死に絶えてしまったのに、あの
方が生きている可能性はほとんど無いと・・・・・」
「・・・・・」
「でも、今回ヴェルニのことに関わってから、わたくしの中で、あの方は少しも褪せていないことが分かってしまいました。今でも
変わらず・・・・・愛しているのです」
控えめなジャピオの激しい想いに、有希は一瞬言葉を失ってしまった。
「わたくしに生きる希望を与えてくださった王には感謝をいたしています。エディエスを産んだことも後悔はしておりませんわ。た
だ・・・・・どうしてもう少し待つことが出来なかったのか・・・・・あの頃のあの方の面影によく似たヴェルニを見ていると考えてしま
うのです」
「父上」
執務室にいたアルティウスは、その声に顔を上げた。
「何用だ」
前もってエディエスの来訪は聞いていたので、アルティウスは驚くことも無く訊ねた。
相変わらずの不遜な物言いだが、エディエスも慣れているので気分を害することは無い。
「この度はご成婚、おめでとうございます」
「・・・・・」
「心よりお祝い申し上げます」
頭を垂れて祝辞を述べる息子に、アルティウスは真っ直ぐな視線を向けた。
「真実、私とユキの結婚を祝うか?」
「はい」
「・・・・・エディエス」
「母上から色々と・・・・・私が今まで知らなかったことをお聞きしました。それでも私は・・・・・父上の子で良かったと思っていま
す」
「・・・・・そうか」
ジャピオが全て話したのなら、アルティウスはもう何も言うことはなかった。
「私はそなたの母を女としては愛せなかったが、良き姉として慈しみ、愛してきた。全てを承知の上で、そなたを産んでくれた
ことにも感謝をしている」
「・・・・・はい、母上も同じようなことをおっしゃっておられました。それは、父上がユキ殿と結婚されても変わりはないと」
「もちろんだ」
「ユキ様に対し、これまで数々の暴言を吐いたことをお許し下さい」
アルティウスは内心驚いていた。
つい先日までは子供のような癇癪をぶつけてきたエディエスが、こんなに大人びた表情を浮かべるとは思ってもみなかった。
まだ10歳・・・・・。
(いや、もう11になるか・・・・・)
成人は15歳だが、王族として、次期王位を継ぐものとして育てられているエディエスは、その年頃の子供としてはかなり大人
びている方だろう。
アルティウスが初めて女を抱いたのも12歳だった。
「・・・・・エディエス、ユキをどう思う?」
一瞬、エディエスは顔を強張らせた。
しかし、次の瞬間には深く頭を下げて口を開いた。
「優しい方だと思います」
「他は」
「・・・・・可愛らしい方だと・・・・・」
「エディエス」
「はい」
「ユキは私の正妃だ。既に我が国の神ドゥアーラ・カフス神の前でも誓った」
「・・・・・存じております」
「ユキは誰にも渡しはせぬ。それをよく心に留めておけ」
「・・・・・はい」
余計なことかもしれないが、たとえ我が子であったとしても男だ。既に有希よりも大きく、力の無い有希を押し倒すことも容易
に出来るはずだった。
今のうちにしっかりと自分の立場を自覚させる為、アルティウスは息子に対しても男として対峙した。
聡いエディエスもそれは分かっているのだろう。
素直にアルティウスの言葉に頷くと、静かに執務室から出て行った。
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