正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 国中が慶事に沸き立っている中、アルティウスは商人に身をやつして街に降りて来ていた。
美貌の青年王アルティウスの顔は広く知られているので、目以外は全てマントですっぽりと隠している。
 「・・・・・ここか?」
 「はい」
同じく、従者の格好をしたベルークが小声で答えた。
 「ジーナの館か」
 ここは街の一番賑やかな通りから少し外れた夜の商売の通り・・・・・娼館が立ち並んでいる一角だ。
栄えている国には商人や旅行客も大勢やってくる。必然的にこういった商売も出てきてしまうし、以前はアルティウス自身もお
忍びで遊びに来ていたこともあり、、あまり厳しくは取り締まってはいなかった。
 「ごめん」
 ベルークが声を掛けると、中から30半ばの艶やかな女が出てきた。
 「まあ、アル様。お久し振りですこと」
 「そなたは変わらぬな」
 「ふふ、ありがとうございます」
この館の主人とは一度寝たことがある。アルティウスがまだ若く、こういった行為に興味が会った頃だ。
クスクス笑っていた女は、やがて優雅に一礼して言った。
 「この度はおめでとうございます」
 「ああ」
 「長い間、正妃を置かなかったあなた様が選んだ方ですもの・・・・・とても素晴らしい方なんでしょう?」
 「ユキはこの世で一番可愛く美しい。あれ以上の存在はこの世におらぬな」
 「まあ・・・・・」
真面目な顔で当然だと言い切るアルティウスを、女主人は内心驚いたように見つめていた。
唯我独尊のようなアルティウスが、これ程誰か1人を想い愛するとは想像出来なかったからだ。
 「・・・・・とにかく、中へ。ここでは目立ちますわ」



 館の奥に案内されると、美しい女達が次々に現われてアルティウスに挨拶をする。
皆この美しく強い王に見初められ、妾妃として宮に召し上げられることを望んでいるのだが、今のアルティウスには有希以外の
人間は目に入らなかった。
 「どうぞ」
 一番奥の貴賓室に案内されたアルティウスは、前置きもなくいきなり切り出した。
 「リタの姿を見たと言うのはまことか?」
 「はい。あの方には以前より・・・・・あの」
 「よい、全て申せ」
 「・・・・・はい。何度かお部屋を貸したことがございますから、お顔の方は分かっていますわ。間違いございません」
王の妾妃が・・・・・王だけにその身を開かねばならない女が、堂々と街に下りて他の男に身をまかせる。本来ならば宿を提供
した者も厳罰に処される所だが、リタに対して何の感情も持っていなかったアルティウスは処罰の事など全く考える事もなく放っ
ておいたのだが・・・・・。
(今にして思えば、あの時に手を打っておれば・・・・・)
 後悔は尽きないが、アルティウスは頭を切り替えて先を促した。
 「一緒にいたのは?」
 「・・・・・」
 「ジーナ」
 「神官長のカムラ様です」
 「!!」
アルティウスとベルークは顔を見合わせた。



 「・・・・・どう思う」
 「まさか・・・・・と。カムラ様は義に厚く神とこのエクテシア国に忠誠を誓っておられる方です。そのようなお方が、まさか、あのよ
うな女と・・・・・」
 「私もそう思う。カムラは父の代から神殿に仕えている男だ。今まで欲というものを見せたことも無い」
神官長とは、ドゥアーラ・カフス神に仕える神官達をまとめる立場で、様々な行事も取り仕切る立場にいる。
妻を持つことも許されてはいたが、カムラは一生を神に捧げるとして50に近い今までずっと独身を貫いていた。
 「・・・・・リタの毒気にやられたか」
 「しかし、カムラ様とあろう方が・・・・・」
 「リタにすれば、神に仕えてきた朴念仁の男を手玉に取るなど容易いことなのだろう」
 「・・・・・」
 宮殿に向かいながら言葉を交わす2人の表情は硬く厳しい。
リタの逃亡には有力な誰かの後押しがあるとは思っていたが、それがカムラだとすれば大き過ぎる力だ。それ程に、神官達の力
というものは、思い掛けないほど強いものだった。
 「・・・・・ユキ、ユキはカムラに会ったか?」
 「いいえ、婚儀の日までは会う必要はございませんし・・・・・あ」
 「なんだ」
 「式の前日、花嫁は身を清める儀式を神官長と2人で行う慣わしです」
 「2人・・・・・まさか、その時を狙っているのか・・・・・?」
 「カムラ様を疑いたくはございませんが、用心には用心をと申します。今回は他の者も立ち合わせて・・・・・」
 「いや、ならぬ」
 「王っ?」
 「儀式は通常通りだ。そこにリタが現われれば捕らえる」
 「しかし、万が一ユキ様に・・・・・」
 「ユキのことは私が守る。配置は万全にし、ユキにかすり傷一つ負わせるつもりは無い」
 カムラとリタが繋がっていると言う保証は無い。
ジーナが嘘をついているとは思わないが、肉欲の為に逢引をしていたわけではなく、カムラがリタを諭す為にあの娼館を利用し
たという事も考えられないことはない。
仮にカムラが無実だとした時、通常と違う儀式にすれば神官長としてのカムラの顔に泥を塗ることになってしまう。
長い間真面目に仕えてきてくれたカムラに、そんな無礼な真似は出来なかった。
 「配置は改めて考えるが、ベルーク、このことはユキには内密に」
 「全てを」
 「全てだ。ユキには何の不安も無いまま、私の妻となる時を迎えて欲しいのだ」
 そうでなくても、初めてのことばかりで緊張もしているだろう有希に、これ以上の負担を掛けたくはなかった。
 「承知しました」
 「・・・・・」
(リタめ・・・・・どこで、何を狙っている・・・・・っ)
アルティウスは付きまとうリタの影を振り払うように軽く頭を振った。
晴れやかで盛大な婚儀の日はもう間もなくだ。