正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 婚儀の日を2日後に控えた日、有希はアルティウスに連れられて神殿に向かっていた。
十日程続く婚儀の祝いの儀式の一番初め、花嫁の清浄の儀の前に、一度神官達に面通しをする為だ。
これまで片手で数えるほどしか神殿を訪れたことがない有希にとっては、そこはまだまだ神秘で神聖な場所だった。
 「アルティウスは一緒じゃないんだ」
 「ああ。私は神への貢物である聖木の枝を取りに参らねばならぬ。日が昇らぬ内での出立だから、明日そなたを見送ること
は出来ないが・・・・・ディーガもマクシーもついている。・・・・・心配はせぬともよい」
 「うん」
 アルティウスの腕にしっかり掴まって歩きながら、有希は笑って頷いた。
 有希にとって初めてづくしの婚儀の儀式だが、それはアルティウスにとっても言えることだった。
今まで迎えてきたのは妾妃ばかりなので、正妃を迎える正式な儀式はアルティウスにとっても初めてなのだ。
 「でも、やることって多いんだね。これでも僕は男だから、身支度とかには時間は掛からないけど」
(女の人だったらお化粧とか色々あっただろうし)
 はあ~と溜め息をつく有希に、アルティウスも難しい顔をして頷く。
 「そなたと私の成すべき事が重ならぬものが多い。もっと見直すべきであったな」
 「え?」
 「明日の清浄の儀もそうだが、本来一緒になる私達が、離れて儀式を行うのはおかしいであろう?私は一刻もユキと離れて
いたくはないのだ」
 「・・・・・それは、僕だって同じだよ?」
掴んでいる手にキュッと力を込めると、アルティウスが有希を見下ろす。
その眼差しが熱く優しいものであるのが分かる有希は、恥ずかしそうに俯いて言葉を続けた。
 「でも、アルティウスとの大切な式だから、ちゃんとしたいと思ってるんだ」
 「・・・・・くそっ」
 突然立ち止まったアルティウスは、そのまま有希を抱きしめて奪うように唇を重ねた。
 「ふ・・・・・んぁっ」
息さえも奪うような口付けに、息苦しくなった有希はバンバンとアルティウスの腕を叩く。
それでもしばらく思う様に有希の唇を堪能したアルティウスは、自分が満足するとゆっくりと唇を離した。
 「ア、アルティウス・・・・・っ」
 「こんなものでは足りないがな」
 「僕は十分っ」
 有希はじとっとアルティウスを睨むが、有希の視線を独占しているアルティウスの機嫌は良いままだ。
1人で怒っているのもバカらしくなって、有希は大げさに溜め息をついて言った。
 「全く、アルティウスは王様の自覚をちゃんと持ってくれないと」
 「持っておるぞ。その権限で、この儀式ももっと簡素化したいくらいだ」
 「アルティウス・・・・・でも、これは代々の正妃達がみんなやってこられたことでしょう?僕だけ楽にって事は出来ないよ」
 「ユキ」
 「大丈夫、僕ちゃんとするから」
覚悟は出来ている。
それに、好きな人と一緒になる為だ。
(誰からも文句が出ないように、ちゃんとこなさないと)
みんなから祝福されるよう、有希は定めれられている行事は全てちゃんとするつもりだ。
 「頑張ろうね」
 「・・・・・ああ」



 青白く輝く神殿。
既に今回の婚儀に参加する神官達が揃っており、2人の姿を確認するといっせいに跪き頭を垂れた。
 「「このたびはご成婚、おめでとうございます。我ら一同、心より祝福致します」」
綺麗に揃った口上に、有希の目が驚いたように丸くなった。
しかし、現王のアルティウスはこんな場面には慣れているので、鷹揚に頷いて口を開いた。
 「祝辞、確かに受け取った」
 アルティウスの言葉を受け、1人の神官が歩み出た。
 「王よ、一つよろしいか」
 「何だ」
 「この度のご成婚は正妃を迎えるという意味だけでなく、他に比類の無い尊い存在《強星》を我が国に迎えるということでも
あるのです」
 「・・・・・承知しておる」
 「諸外国はこの婚儀を固唾を呑んで注目し、エクテシアの更なる繁栄に脅威を抱くことでしょう。どのようなことがあっても、こ
の式は無事執り行わなければなりません」
 アルティウスはカムラに視線を向ける。
 「そなたも、その覚悟は出来ておるのか?」
 「私の方は。王はいかがか」
 「当然のことだ。この儀式は何があっても中断することなく、最後まで敢行する」
 「ならば、我々が御助言することは何もございませぬ」
 「カムラ」
 現神官長、カムラ。
今年48になる彼は今だ独身で、その一生をエクテシア国の神、ドゥアーラ・カフス神に捧げていた。
それほど長身ではないものの(それでも有希よりは十分高いが)、堂々とした髭を蓄えた賢人といった雰囲気だ。
(これ程の男が、なぜにリタなどに・・・・・)
アルティウスは今にも掴みかかって問いただしたいところをぐっと我慢した。
 「明日は我が妃が世話になる」
 「王にとっても、我が国にとっても、ユキ様は大切なお方です。大事にお預かり致しますぞ」
 「ああ」
 「カムラ様」
 アルティウスの隣に立っていた有希も、丁寧に一礼してから言った。
 「明日から、よろしくお願いします」
 「ユキ様・・・・・」
 有希とカムラがこうして間近で会うのはこれが初めてだろう。
まじまじと有希を見つめるカムラを、アルティウスがじっと観察する。
(怪しい素振りなど見えぬが・・・・・)
 元々、自分の目で見なけれは何事も信じないアルティウスにとって、噂だけでカムラを疑うということはあまりしたくはないこと
だった。
先代の父王の頃から仕えてくれた臣下の一人だ。出来ればあの悪女とは何の関係もないと思いたい。
 「こうしてお近くでお顔を拝見させて頂くのは初めてですな」
 「はい。あまり神殿の方へは行かないので・・・・・」
 「お可愛らしい顔をしてらっしゃる。生きている間に、伝説の《強星》にお会い出来るとは・・・・・この上もない僥倖でございま
す。ぜひとも、よい式になるよう、誠心誠意お手伝いをさせて頂きます」
 「お願いします」
恭しく頭を下げるカムラに、有希も丁寧に言葉を返した。








                                        
                              









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