正妃の条件





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 執務が終わり、有希と共に夕食をとろうとしていたアルティウスは、いきなり駆け込んできた兵士に眉を顰めた。
 「何だ?」
 「リタ様の使いでございますっ。レスター様に何かあったようでっ」
 「通せ」
兵士は直ぐに扉の向こうに控えていた側使いを招きいれた。
その若い女の顔は確かにリタの部屋で見たことがある。
 「レスターがどうした?」
 「夕刻より高熱が続いており、うわ言にて王のお名前を呼んでおられますっ。どうか、すぐにおこしを!」
 「・・・・・わかった」
 普段、あまり子供と接しておらず、どちらかといえば淡白な対応しか取らなかったアルティウス。
次期王である世継ぎのエディエスとはまだ会うこともあるが、他の4人の子供とは誕生した時の命名の儀を行ってから後は
ほとんど会うこともなかった。
しかし、やはり病気といわれれば気にはなり、控えていた兵士に有希に断りを言うようにと命ずると、リタの側使いに案内さ
れて、昨夜に引き続き妾妃宮を訪れることになってしまった。



 「レスターは?」
 「王!」
 アルティウスが部屋に入るなり、リタはその腰に縋りつくように抱きついた。
 「ようこそおこしを!さあ、レスターの側に行かれませっ」
 「・・・・・」
豊かな胸を押し付けるように言うリタの体からは、きつい香油の匂いがする。
見れば化粧も何時ものように施してあり、子供が病気だという割には用意が周到のような気がした。
 「レスター」
 「・・・・・ちちうえ・・・・・」
 しかし、ベットの上に横たわるレスターの顔は真っ赤で息も荒く、確かに病気らしいということは分かった。
 「医師は呼んだのか?」
 「先程見て頂きましたわ。安静に休んでいればいいとの事で、薬湯を飲ませて休ませました。お願いでございます、王、
今宵だけでもレスターの傍にいて頂けませんか?ああ、王は何もなさらず、ただレスターの傍にいて下さるだけでいいのです」
そう言われても、アルティウスは直ぐには頷けなかった。
レスターが心配なのは確かだが、一晩リタと同じ部屋にいたくは無かったからだ。
 しかし、そんなアルティウスの気持ちを見通していたリタは、間髪入れずに言葉を続けた。
 「王がこちらでお休みになって下さるのなら、わたくしは今夜ジャピオ様のお部屋に泊まらせて頂きます。お優しいジャピオ
様なら許してくださいますでしょうから」
 「・・・・・分かった」
 「感謝します!王よ!」



 アルティウスを自室に置いて出てきたリタの顔は、先程までの子を心配する母親の顔ではなく、奸知に長けた女の醜い顔
だった。
 「リタ様」
 「王は政情にはお強いが、女の姦計にはお弱い。全くお疑いになることもなく、レスターの傍でお休みになられたわ」
 レスターの高熱・・・・・それは病気からではなく、リタの策略の上だった。
今朝早くからレスターを宮から連れ出し、街から離れた砂漠に連れて行った。そして、身に着けていた宝飾をワザと落とし、
それを見つけて欲しいと頼んだのだ。
 炎天下の砂漠で、ほぼ半日もろくに水分も取らずに母の宝飾を探し続けたレスター。
まだ9歳、そして身体も丈夫とはいえないレスターは、昼過ぎになると堪らずに倒れてしまった。日射病だった。
 「わたくしの役に立つのですもの。レスターも満足なはず」
 あまり子を顧みないアルティウスが来るかどうか、そして泊まるかどうかは五分五分の賭けだったが、思いのほかアルティウ
スは息子に愛情を抱いてくれているらしい。
(わたくしの頼みは聞いてくださらず、レスターの願いは聞き届けるなんて・・・・・っ)
 自分の生んだ子に嫉妬さえ感じるが、今回は役に立っただけ存在価値はあった。
リタは側仕えに言った。
 「今からあの男の元に行き、「今宵王は妾妃のリタ様と過ごすゆえ、明日の朝食は1人で取って頂きます」と伝えてくるの
です。レスターの名は出さぬように」
 「はい」
 直ぐに宮を出て行く側仕えの後ろ姿を見送りながら、リタは満足げな笑みを浮かべる。
 「理由など何でもよい。今宵王が妾妃宮で過ごされたという事実があれば」
(未来の正妃の座は、絶対に誰にも渡さない・・・・・!)



 その夜、あてがわれた部屋の、庭に続く開きから外を見つめていた有希は、夕食が済んだ後に現われた使いの言葉を思
い出していた。

 「今宵王は妾妃宮のリタ様のお部屋で過ごされますゆえ、明日の朝食はお1人で」

(アルティウスがリタ様と・・・・・)
あの肉感的な美女とアルティウスがどう夜を過ごすのか・・・・・有希は頭を振った。
(想像したくない!)
 ことある毎に、アルティウスは有希に愛の言葉を囁いた。それは直情的なアルティウスらしくストレートな表現だった。
(僕が受け入れなかったから・・・・・?)
この国に順応するのに精一杯だったことと、男同士だからということと・・・・・どうしても二の足を踏んでいた有希。
アルティウスのことは嫌いではないが、はっきりとした自分の気持ちが分からない為に、何時も言葉を濁したり、はぐらかした
りしていた。
(・・・・・男の人だもん・・・・・)
 生理的な欲望からか、それともまだ愛情は残っているのか、ただ、今夜アルティウスがリタと過ごすのは確かなのだ。
有希はキュッと唇を噛み締めた。
(アルティウスの・・・・・バカ)