正妃の条件
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※ここでの『』の言葉は日本語です
必死な目を向けてくる有希に、アルティウスは否と強く言えない自分自身に苛立った。
今までならば、家臣にどんなに諌められても自分の考えを曲げたことはなかったからだ。
それが最初に崩れたのは、有希を連れ出そうとしたシエンに何の咎めもしなかった時。あの時シエンを斬り殺さなかった自分を
今だに不思議に思う。
次は、今回の要因でもあるリタをヴェルニが逃がした時。自分とジャピオに浅からぬ因縁があるヴェルニに裏切られたと知った時
も、アルティウスの激情は有希の言葉で静まってしまった。
たった1人の存在に手玉に取られているような現状は、アルティウスにとってけして面白いものではない。
しかし・・・・・それが有希だということに、アルティウスには深い意味があった。
(・・・・・ええいっ、忌々しい奴めっ!)
結局、有希は最終的にはアルティウスが自分の言うことは聞き届けてくれると思っているのだろう。
そして、それは・・・・・間違いない。アルティウスにとって有希はそれ程に大切で大きな存在なのだ。
「アルティウス・・・・・」
「・・・・・」
有希が名を呼ぶ。
やがて、アルティウスは決意したように顔を上げた。
「神官長カムラ、そなたの官位を剥奪し、北の神殿の守を言いつける。いっかいの神官と同様の立場で、己の所業を神に
謝罪し続けよ」
「王・・・・・」
極刑を覚悟していたのだろう、カムラは信じられないというふうに目を見開いた。
「これ程の重罪を犯した私に・・・・・生きよと申されるのか」
「父王の代から今までのそなたの忠誠は真であったと信じている」
「王・・・・・」
「そなたには・・・・・生きていて欲しい」
真摯なアルティウスの言葉に、カムラは地面に頭を着けるほど深々と下げた。
「身に余る温情でございます・・・・・」
「リタ」
「王、わたくしは第二王子レスターの母。その生母を手に掛けることがお出来になるか?」
「・・・・・」
この状態にあっても、高い自尊心と攻撃的な性格を改めないリタに対して、アルティウスは厳かに言い放った。
「そなたは今後30年間、北の地下牢に幽閉する」
「30年っ!」
「罪を許された頃に出てくるそなたは、もはや男を誑かす美貌は色褪せているだろう。さすれば、今回のような謀反を企てる
気も起こらぬはずだ」
「待って!そんなふうに先を恐れる日々を過ごすくらいなら・・・・・そんな醜い姿を晒すくらいなら、この場で斬り殺された方が
よほどましだわ!!」
今、リタは26歳。女としての美しさは花盛りだ。
30年後・・・・・56歳になったらどうだろうか?今までのように王の妾妃として裕福な暮らしをし、様々な美しさを保つ方法を施
し、男達の精を受け入れるという生活を続けていれば、若さも美しさもそれなりに保っているはずだろう。
しかし、厳しい暑さの中、美味しい食事もなく、美しさを磨く側女もおらず、ただただ時が過ぎるのを待つだけの生活を送ったと
すれば・・・・・美しさという言葉とは程遠い容姿となるに違いなかった。
そんな自分を想像するだけでも許せないリタは、必死になってアルティウスに訴える。
「殺して!殺してよ!」
「連れ行け」
「待って!王!アルティウス!ここで私を殺しなさい!」
髪を振り乱して泣き叫ぶリタを一瞥し、アルティウスは憐憫の目で我が子を見つめているカムラに言った。
「北の神殿と地下牢はさほど距離はない。娘との面会は許可するが、今後同じようなことがあれば、今度はたとえ愛する妃
の言葉があったとしても、その命は無いものと思え」
「・・・・・御意」
地下神殿から出ると、有希は自分を抱き上げているアルティウスに向かって言った。
「もう大丈夫、自分で歩けるから」
寒さと恐怖で震えていた身体も何とか止まり、気持ちも落ち着いてくると、有希は子供のようにアルティウスに抱かれている自
分の姿が恥ずかしくなったのだ。
落ちないようにとアルティウスの首にしっかりと腕を回しているのも、まるで人目もはばからずにベタベタしているように見えるので
はと思ってしまう。
2人きりならまだしも、ここにはベルークや複数の衛兵がいた。
「ならぬ」
しかし、アルティウスは一言でそれを却下した。
「そなたの無事をこうして確かめておるのだ」
「でも・・・・・」
「ユキ、今回の処罰はあれで良いな?そなたの言ったオンシャというものを随分と受け入れたぞ」
「うん」
「本来ならばあの場で斬って捨ててもおかしくないほどの謀反だが、大切な婚儀の前にこの手を血で汚すわけにはまいらぬか
らな」
「・・・・・うん、ありがとう、アルティウス」
確かにあの罰は、アルティウスにとっては破格の温情を込めたものだろう。
有希もそれ以上はアルティウスに求めるつもりは無かった。
元々、アルティウスが怒っているのは有希のことを思ってのことだし、それほどに思われて嫌だと思うはずが無い。
30年という年月は長いとは思うが、そのうちにアルティウスの心情も変化するかもしれない。
(ゆっくりでいいよね)
とにかく、これで懸念は全て払拭された。
が・・・・・。
「あっ」
「どうした?」
「僕、清浄の儀式の途中・・・・・」
「何を言っている。そなたは泉の中に入ったではないか。どのような形であっても、そなたの身は清められた。元々ユキは汚れ
てはおらぬのだ、堂々としていればよい」
「そ、そんなのでいいの?」
「王である私が良いと言っておるのだ。他の誰の許可が要る?」
「それは・・・・・そうだけど・・・・・」
「供えの神木も取り、そなたの清めも終わった。後は明日の婚儀が済めば、そなたは名実共に私の正妃となり、エクテシア
の王妃となる」
「・・・・・」
「早く明日が来るといい」
「アルティウス・・・・・」
(明日・・・・・僕は本当にこの世界の王様と結婚するんだ・・・・・)
有希にとっても、アルティウスにとっても特別な日は明日に迫っていた。
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