正妃の条件
35
※ここでの『』の言葉は日本語です
− 婚儀当日 −
翌朝目を覚ました時、有希はぼんやりとした視線を明るい日差しが差し込む窓に向けた。
「・・・・・生きてる・・・・・」
昨日の出来事はまるで夢の中での出来事のようだった。
今まで生きていた中で、自分の死というものに直面したのが初めてで、あの時・・・・・有希は助かるとは思わなかった。
それでも、生きたいと思った気持ちの中に、確かにあったのはアルティウスという存在。
(・・・・・本当にアルティウスのこと好きになったんだ・・・・・)
初恋の相手が、男。それも、異世界の王様という、漫画でも有りえない様な話だが、有希はもうそれらを悲観することなく受
け入れている自分が好きになっている。
そして、いよいよ今日がアルティウスとの正式な婚儀の日だ。
リタのことも解決した今、有希はただアルティウスのことだけを考えることにした。
それから間もまく、ドアを叩く音がしてウンパが入ってきた。
「ウ・・・・・」
何時ものように朝の挨拶を言い掛けた有希は、あっと気付いて慌てて口を閉じた。
(口をきいちゃいけないんだった)
夫であるアルティウスと神殿で会うまでは、誰とも口をきいてはいけないと言われたことを思い出す。細かなしきたりを今日の為
に一生懸命覚えたのだ、間違うことは出来なかった。
「・・・・・」
ウンパは一度部屋に入るなり膝を着くと、深々と頭を下げた。
言葉は無くても、その目には雄弁に祝福の色が出ている。
「・・・・・」
「・・・・・」
有希だけではなく、相手も口をきいてはならないので、部屋の中は静まり返ったまま、しかし、重苦しくない優しい沈黙に、有
希の頬は自然と笑んだ形になった。
(えっと、服を着替えて・・・・・あ、始めはこっちの方だっけ)
神殿の中には、真っ白い絹のシンプルな服をまとう。装飾の類は一切身に付けず、ただ唯一代々の王妃に受け継がれてき
た水晶の指輪を細い指にはめ、有希はウンパに促されて部屋を出た。
(いよいよ・・・・・式だ)
(ユキは目覚めた頃か)
それより少しだけ早く神殿を訪れたアルティウスは、昨日取って来た神木を神前の桶の中に差し入れた。水の中でしばらく
揺れていた白い花は間もなく枝から離れ、底に沈んだと同時にそれは輝く水晶になった。
それは雄弁な神の祝福だった。
「神はこの婚姻を許された」
一連の出来事を見ていたディーガが、響く声で言い放った。
本来ならば儀式を取りまとめる神官長が急に不在になったので、儀式のことに詳しく、有希をこの世界に呼んだ占術師である
ディーガが代わってその大役を務めることになったのだ。
くしくも、ヴェルニの処刑を止める為に、取り急ぎ挙げた神前での誓いの言葉の時に立ち会ったと同じディーガの存在に、さすが
のアルティウスも不思議な縁を感じた。
(カムラの代わりにディーガ・・・・・これも神の意思か)
厳しく荘厳な声音ながら、唯一全身を包むマントから覗く目は笑んでいる。
「心より、お2人を祝福する」
「・・・・・」
しっかりと頷くアルティウスを見た後、ディーガは扉の向こうに向かって叫んだ。
「花嫁を」
神殿の扉の前には、数十人もの神官達が2列になって有希を迎えた。
いっせいに跪き、頭を垂れる・・・・・その中にカムラの姿が無いことが淋しかったが、有希は出来るだけそれを表情に出さないよ
うに真っ直ぐに前を向いて立った。
「花嫁を」
中から、ディーガの声が聞こえた。
一番扉の近くにいた2人が立ち上がり、左右に扉を開いた。
「・・・・・!!」
以前、訪れた時とはまるで違う、眩しく輝く光が神殿中を照らしている。
一瞬眩しくなって目を閉じた有希は、しっかりとその手を掴む手の存在に目を開いた。
「よくぞ参った、ユキ」
「・・・・・アルティウス」
「王、王妃、共に神前へ」
「ユキ」
アルティウスに手を引かれ、2人はそのまま神前の前まで来ると、その場に跪いた。
「神はこの婚姻を許された。エクテシア国、国王アルティウスよ、神前にて誓った言葉に相違ないな」
「ない。我はユキを妃とし、生涯を共にすると誓う」
はっきりと言い切ったアルティウスの言葉に、有希の胸の鼓動は激しくなってくる。
「《異国の星》ユキよ、神前にて誓った言葉に相違ないな」
「ありません。僕はアルティウスを夫とし、生涯共に生きることを誓います」
そう、有希が告げた瞬間、アルティウスはその身体をすくうように抱き上げ、そのまま早足で神殿から出た。
「ア、アルティウスッ?式がっ!」
「終わった!皆の者!これで名実共にユキは我の妃となった!!」
「!!」
凄まじい歓声が上がった。
つい先程までは厳かなほど静まり返っていた神殿の周りに、今は数えきれないほどの人間がいたのだ。
「おめでとうございます!王!」
「アルティウス様!ユキ様!おめでとうございます!!」
「エクテシア王、万歳!王妃様万歳!
召使いや衛兵、そして神官達が、口々に祝いの言葉を叫ぶ。
それに自慢そうに頷いたアルティウスは、驚いて呆然としている有希に向かって言った。
「宮の外にも民が駆けつけているぞ!ユキ、皆私達の結婚を祝ってくれておるのだ!」
「え、あ、こ、こんなにたくさん・・・・・?」
「こんなものではないぞ!エクテシアの民、皆だ!!」
余りの熱気に圧倒されてしまった有希だったが、子供のように破願して祝辞に応えているアルティウスを見ているうちに、だんだ
んとその頬に笑みが浮かんできた。
これ程の人々に祝福されるこの結婚が、とても価値のあることだと実感してきたのだ。
「皆さん!ありがとう!」
綺麗な笑顔で応える王妃に、その歓声は一向に静まる気配は無かった。
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