正妃の条件



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「ユキ様、そろそろお休みになられますか?」
 「・・・・・ん?あ・・・・・眠ってた?」
 舞の為の歌や音楽、そして祝宴を続ける人々のざわめきは少しも静まってはいないが、何時の間にか有希は座ったま
ま眠っていたらしかった。
(変な顔見せちゃった)
 人前で寝顔を見せた恥ずかしさで有希の顔はうっすらと赤くなったが、周りの者はその初々しい様に密かに感嘆の声
を洩らしていた。
 「ユキ、先に下がっておれ」
 何時の間にか戻ってきていたアルティウスの肩に寄り掛かる形になっていたらしく、直ぐ耳元で優しい声がする。
有希はアルティウスを見上げた。
 「でも、僕だけ・・・・・」
 「そなたは酒が飲めないであろう?客人の相手は私がするから心配いたすな」
 優しく、諭すように言うアルティウスに、有希はなぜかドキッと胸を高鳴らせてしまった。
(な、なんだ、僕・・・・・)
 「・・・・・」
 「何だ?」
 「・・・・・アルティウスが優しいから・・・・・変な感じ」
 「なんだ、それは」
さすがにムッとしたのだろう。眉を顰め、口元を真一文字にしてしまったアルティウスを見て、有希はやっと何時もの見慣
れた姿に内心ホッとした。
(夫婦になったからじゃないけど・・・・・なんだか変にドキドキする・・・・・)



(全く、ユキは何を言っておるのだ)
 ウンパに付き添われて私室に戻っていく有希の後ろ姿を見送りながら、アルティウスは呆れたような溜め息をつく。
しかし、直ぐに意識を切り替えて、広間を埋め尽くす客に注意深い視線を走らせた。
(今宵ユキを間近に見た者達は、必ずや貴重なる《強星》を欲しいと思っているだろう。どこが敵になるのか、よく見極め
ねばならぬ)
 遥か昔、たった1人の《強星》の為に世界が揺れた。
その悲劇を繰り返さない為にも、何よりやっと我が物とした有希を手放さない為にも、選別することは重要なことだった。
 「エクテシアの王よ、どこであのような美しい星を手にされた?」
 使者の1人が冗談交じりにアルティウスに問い掛ける。
周りの人間もいっせいに注目するのに気付きながらも、アルティウスは上機嫌に杯を手にしたまま言った。
 「神が遣わされたのだ、このエクテシアを選んで」
 「・・・・・そ、そうですな」
 「しかし、バリハンにも《強星》が現われたとのこと」
 「おお、シエン王子の婚儀と同時に披露目が行われると聞き、我が国も使者を出しているが」
 「一世に2人の《強星》が現われることなどあるのだろうか」
 「アルティウス王、《強星》のお1人を娶られたお立場で、どう思われるかお聞きしたいな」
 ここで、バリハンに現われたという《強星》を偽者だと一言言えば、大国同士の争いを願う輩にたちまちよい切っ掛けを
作るだろう。
そんな見え透いた策略に乗ってやるつもりも無く、アルティウスは杯に残った酒を一気に飲み干して言った。
 「どちらも真実だと・・・・・そうならばどうされるか?」
 「え?」
 「エクテシアとバリハン。今でさえ大国のこの2つの国は、さらなる発展を約束されるということだな」
 「・・・・・っ」
それ以上何も言えなくなった使者に杯を掲げて見せると、アルティウスは立ち上がって大声で叫んだ。
 「我が妃と《強星》に乾杯!!」



 「どうされたんですか?」
 ずっと黙り込んでいた有希を心配したのか、ウンパが少し声を落として聞いてきた。
この婚儀をどこかで受け入れることが出来なかったのだろうか・・・・・そんな心配がありありと分かるウンパの口調に、有
希は慌てて首を横に振った。
 「別に、大した事じゃないんだよ」
 「・・・・・よろしければ、お聞かせ願いますか?」
 「ウンパは心配性だね」
 「ユキ様」
 有希が笑って誤魔化そうとしたのが分かったのか、ウンパは硬い表情を崩さないまま視線を向けてくる。
有希は少し考えて口を開いた。
 「本当に大した事無いんだよ?ただ・・・・・今日のアルティウスはどこか違うなって」
 「王が?」
 「うん。何だか、今までより優しくなったっていうか・・・・・落ち着いてるっていうか・・・・・とにかく、儀式を挙げる前までの
アルティウスと違って見えるんだ。だから、落ち着かなくって・・・・・」
 「・・・・・」
 「ウンパ?」
 何もいわないウンパに、有希は不安そうに聞き返す。
すると、不意にウンパはクスクスと笑い始めた。
 「な、何?」
 「ユキ様は本当に、王を想って下さっているのですね」
 「え?」
 「私はまだ子供ですが、今のユキ様のお言葉を聞いていると、どんなに王をお好きなのか・・・・・なんだか惚気を聞かさ
れている気がしました」
 「!」
(の、惚気?)
 思い掛けないことを言われた気がしたが、考えれば思い当たらないこともなかった。
好きだと思って結婚しようと決めてから今までがあっという間で、改めて自分の気持ちを見つめ返す余裕など無かった。
男同士で、しかも異世界の住人と結婚しようと決心したくらい、アルティウスのことを好きだというのは自覚しているつもり
だったが・・・・・。
 ジワジワと赤くなった顔は、やがて熱いと感じてしまうくらいになってしまう。
 「お2人がとても愛し合っておられるのが、私もとても嬉しいです」
 「だ、駄目!それ以上言うの無し!」
改めて気付かされた自分の恋心の深さ。
それを自分でも自覚しないまま、まるで惚気るようにウンパに話したのかと思うと、有希は恥ずかしくてもうウンパの姿を
見ることも出来なくなってしまった。