正妃の条件





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 翌朝、見るからに寝不足の顔をしていた有希を、ウンパは心配して少し横になるようにと言ってくれた。
朝食の席でアルティウスがいないことを目の当たりにしたくなかった有希はその言葉に甘え、夕べの寝不足も要因になった
のか昼近くまで眠っていた。
 「ん・・・・・」
 「ユキ?」
 そして、目が覚めた時、そこにはアルティウスが心配そうに有希の顔を覗き込んでいた。
 「どうした?気分が優れないようだと聞いたが」
 「・・・・・アルティウス?」
アルティウスの顔は少しも後ろめたい感じではなく、有希は願望も込めて聞いてみた。
 「アルティウス、聞いてもいいですか?」
 「どうした?」
 「ん・・・・・あの、昨夜、妾妃宮に・・・・・行った?」
 「ああ、今朝までいた」
 「・・・・・っ」
 「それがどうかしたのか?」
 「・・・・・ううん、何でもない」
(そうだった・・・・・アルティウスにとっては、特別でも何でもないことなんだ・・・・・)



 それからアルティウスとはあまり話すこともしないまま、有希は宰相のマクシーの執務室に向かっていた。
マクシーにはエクテシアの歴史やしきたりなどを教えてもらっているので、有希は妾妃達のことも聞いてみようと思ったのだ。
正妃を持っていないアルティウスにとって、妾妃は后の役割も果たしているのだろう。
(僕の披露目には誰も呼ばれていなかったけど・・・・・)
 一度、覚悟を決めて会わないといけないのかもしれない。
 「・・・・・覚悟?」
(僕は何を・・・・・)
 思わず立ち止まってしまった有希に、後ろを付いて歩いていたウンパが訊ねた。
 「いかがされました?」
 「あ・・・・・うん、何でもない」
 「あ、エディエス様が・・・・・」
 「え?」
 ウンパの言葉に視線を向けると、宮と妾妃宮を渡る長い廊下に、確かに一度会ったことのあるエディエスの姿があった。
改めてみると、やはり有希の考える11歳という年齢よりは遥に大人びていて、どう見ても中学生位には見えてしまう。
前の激しい憎悪の感情を肌で覚えていた有希は、思わず姿を隠すように傍の柱の影に潜んだ。
 「ユキ様?」
 「・・・・・あ」
 じっと見つめていると、エディエスは1人ではなく、誰かと一緒のようだった。
 「あの人は?」
 「・・・・・ああ、あの方はジャピオ様です。エディエス様の生母様ですよ」
 「生母?じゃあ、アルティウスのお妃様?」
 「妾妃様です」
 ウンパは言い直した。
彼らの常識では、正妃と妾妃は全く別物のようだった。
正妃は国内においても国外においても確固たる地位を持つ、国の中で最高権威を持つ女性で、妾妃はあくまでも王の子
を生み、王を慰める立場だった。
どちらが位が上かは一目瞭然で、たとえ第一王子を産んだジャピオでもそれは変わらなかった。
 「・・・・・会える?」
 「ジャピオ様にですか?」
 「うん、僕、会ってみたい」
 「しかし・・・・・それは王にお伺いしないと・・・・・」
 「内緒で会う。駄目?」
 「・・・・・お知りになったら、王がお怒りになりますよ?」
 「ウンパのせいないよ。僕が頼んだ、僕のせい。怒られるなら僕だから」
 「ユキ様・・・・・」
 普段は大人しやかで穏やかな性質ながら、こうと決めたことは頑として変えない頑固なところもある有希を、ずっと傍にい
たウンパはよく知っている。
ウンパは溜め息を付いた。



 先程見た渡り廊下の奥の中庭で、有希は【偶然に会った】ジャピオと向かい合っていた。
 「ジャピオ様?」
 「御目に掛かれて光栄ですわ、《異国の星》様」
ジャピオはその場に跪き、有希に対して服従の礼をとる。
有希は慌ててジャピオの前に自分もしゃがみこんだ。
 「頭下げるないですっ」
 「しかし・・・・・」
 「それと、名前呼んでください。ユキって、お願いします」
 「・・・・・ありがとうございます、ユキ様」
 ジャピオは微笑みながらそう言うと、有希の手を借りて立ち上がった。
女性とはいえ、ジャピオの身長は有希よりも少し高く、体付きも有希の方がほっそりとしているくらいだ。
しかし、その表情は柔らかく優しく、派手な美貌ではないが、ほっと安心出来る雰囲気を持っている。
(確か、29歳って言ってたっけ・・・・・)
 アルティウスよりも年上のジャピオは、優しく包み込むようにアルティウスを愛したのだろう。
適わないという意識が有希の中で生まれていた。