正妃の条件
7
※ここでの『』の言葉は日本語です
1ヶ月程しか経っていないのに、前回会った時はほとんど同じだった背丈はほんの僅かだがエディエスの方が高くなっていた。
アルティウスもあれ程の長身なのだ、きっと父親に似てエディエスもあっという間に立派な青年に育つだろう。
容姿も性格も、これ程そっくりな親子なのに、2人の間の交流はかなり限定されていて、見掛けほど大人ではないエディエ
スは父親が恋しいのだろう。
(僕が取っちゃったみたいに思われても仕方ないけど・・・・・)
「エディエス王子、僕も、ジャピオが正妃になるのが一番・・・・・思うよ」
「ユキ様ッ?」
「優しくて、綺麗で、第一王子を産んだ人だもの。僕なんかより・・・・・」
「いけませんっ、ユキ様。自分を貶めるような物言いはお止め下さい」
「ジャピオ・・・・・」
「わたくし達にとって、一番大切なことは王の御意思。王がユキ様を望んでおられるのなら、それに従うのが忠誠です」
ジャピオはエディエスを振り返った。
身体は大人に近付きつつあっても、中身はまだまだ幼い息子に、ジャピオは厳しい口調で言い聞かせた。
「そなたがユキ様に吐く暴言は、王に吐くのと同じことです。王の伴侶となる方に、そなたも敬意を示しなさい」
「母上!」
「それと、今よい機会ですから伝えましょう。わたくしは王とユキ様の婚姻を見届けたら、宿下がりを申し出るつもりです」
「なっ、なぜですっ?」
「ジャピオ!」
「誤解なきよう、ユキ様。これは、以前から王とお約束していたことなのです。王が真に愛しいと思える方を手にしたならば、
わたくしの役目を外してくださると」
驚く有希に、ジャピオは優しく微笑み掛けた。
「元々王とわたくしは幼友達でした。王も、姉のようにわたくしを慕ってくれていたと思います。王が15の成人を迎えられた
時、跡継ぎをつくる為に様々な女性達が選ばれて妾妃となられましたが、色事にあまり関心のなかった王はわたくしにおっ
しゃったのです」
「地位や財力を欲しがる女達より、お前に次期王を生んで欲しい」
「王はわたくしを慈しんで下さいましたが、それは姉のように・・・・・。そして、わたくしも、弟のように王を慈しみました。わたく
し達の間には家族のような情愛しかなかったのですよ」
「どうした?ユキ。私の顔に何かついているのか?」
「う、ううん、ただ見てただけ」
夕食の席で、有希はなかなか手を動かさずに、じっとアルティウスの顔を見つめていた。
「そうか。お前に見つめられるのは嬉しいことだ」
上機嫌に笑うアルティウスを見つめながら、有希は昼間のジャピオの言葉を思い返していた。
ジャピオはああ言っていたが、兄弟の情愛だけで子供を産もうとは思わないだろう。
自分を気遣ってくれたジャピオに、有希はますます追い詰められているような気がした。
「アルティウス、聞いてもいい?」
「おお、何だ?」
「アルティウスは本当に僕と・・・・・その、結婚したいと思ってる?」
何時もならば有希の方が意識的に避けている話題を自らふった事に、アルティウスは一瞬言葉に詰まったようだった。
しかし、次の瞬間座っていたイスを蹴り倒す勢いで立ち上がると、唖然と目を丸くしていた向かいに座る有希を軽々と抱
き上げた。
「ア、アルティウス、食事中っ」
「やっと、決意してくれたのか!ユキ!」
「え?あ、ちょ、ちょっと、待って!」
「婚儀は何時がいいっ?夏の大祭と合わせて行なうかっ?ああ、ユキは体力が無いゆえ、我が国の暑い夏は堪えるかも
しれぬが、安心しろ!全て私に任せるが良い!」
「だから、待って!」
既に頭の中で暴走を始めたアルティウスに、有希はバタバタと足を揺らして抵抗した。
「ユキ?」
「とにかく、下ろしてっ」
地に足が着いた有希は、プンと頬を膨らませてアルティウスを睨んだ。
「僕言ってるは、結婚したいかどうかということ!まだいい言ってないよ!」
「ユ、ユキ」
「直ぐ思い込む、アルティウス悪い癖!駄目!」
「あ、ああ、すまぬ」
有希の笑顔にも泣き顔にも、そして怒った顔にも弱いアルティウスは直ぐに謝罪した。
謝れれば怒り続けることも出来ず、有希ははあ〜と溜め息をついて言った。
「僕が聞きたいのは、僕と結婚したいのかってこと」
「もちろんだ!何時もそう言っているであろう?」
「・・・・・《異国の星》の僕じゃなくて、ただの杜沢有希でも?」
「?何を言いたいのか分からぬ。そなたは《異国の星》のユキであろう?」
「・・・・・」
(分からないんだ・・・・・)
アルティウスには、有希が何に拘っているのか分からないのだろう。
有希と《強制の星》はアルティウスにとっては同一で、全てをひっくるめて有希という存在になっている。
思考の違いは文化の違いだから仕方がないと思うものの、それでもすっきりとはしないままだ。
「・・・・・アルティウス、妾妃さん達はどうするの?」
「既に暇を言いつけてある」
「皆、納得した?」
「私は命令した。従わぬ者はおらぬだろう」
「・・・・・」
(じゃあ、納得してない人もいるかもしれない・・・・・)
「ユキ?」
「アルティウス、彼女達と会わせて欲しい。ううん、会わなければいけないと思う」
(彼女達にとって僕がどういう存在なのか、ちゃんと確かめたい)
ジャピオのように好意的に思ってくれている者はおそらく少ないだろう。ほとんどがリタのような悪意を持って、有希を見てい
るかもしれない。
それでも、有希は知っておこうと思った。
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