正妃の条件





                                                      
※ここでの『』の言葉は日本語です






 今妾妃宮には、7人の妾妃達が暮している。
世話をする側仕え達と限られた衛兵以外は、その姿を見ることはほとんどといっていいほどなかった。
その妾妃達が、これでもかという鮮やかな衣装を纏い、王宮の広間に姿を現わせた。
 少しでも美しく、少しでも艶やかに見せて王の目を止めようと、きわどい露出をしている者もいたが、アルティウスは興味な
さそうに一瞥しただけで、その視線をすぐに有希に向けた。
 「わざわざ集まっていただいて、ありがとうございます」
 アルティウスの隣に腰掛けていた有希は立ち上がって頭を下げた。
 「申し訳ありませんが、お名前をお聞きしてもいいですか?」
有希の言葉に空気はざわめくが、なかなか口を開こうとはしない。
有希はアルティウスを見た。
 「ユキの望むように」
 その言葉に、先ずジャピオが口を開いた。
 「ジャピオでございます。第一皇子エディエスの母でございます」
ジャピオを皮切りに、次々と妾妃達は自己紹介を始めた。
昨夜、有希は宰相のマクシーから、妾妃達の名前と年齢、子供との関係を聞いたのだが、きちんと顔と名前を一致させ
たかった。


 ジャピオ(29歳)     大臣息女  第一皇子エディエス(10歳)
 リタ(26歳)       貴族息女  第二皇子レスター(9歳)
 エルシエ(24歳)     商家長女  第三皇子ファノス(7歳)
 サテラ(25歳)     商家次女  第一皇女アセット(6歳)
 リール(22歳)       貴族三女  第二皇女シェステ(5歳)
 セラニー(18歳)    商家次女
 アテリエ(17歳)     武官次女


 後2人いたそうだが、彼女達はアルティウスの退去の命に従い、それなりの報奨を貰って生家へと帰ったらしい。
貧しい出で、自らの美貌と才能で宮に上がった2人は、必死になってこの場に居残るよりも金を優先したのだ。それはある
意味正しい選択だと有希は理解した。
 残る者達はある程度の地位の出で、そのうち5人はアルティウスの子をもうけている。
年少のセラニーとアテリエは宮に上がってまだ1年も経たないらしく、アルティウスの閨にも呼ばれたことがないそうだ。
5人の子をもうけたアルティウスはもはや妾妃に目が行くことは無くなっていたのだが、彼女達の親が是非にと申し出たのだ。
 「わたくし達に何用でございますか」
 誰よりも先にと、リタが敬意の感じられない調子で言った。
高々と髪を結い上げ、高価な宝飾を身に纏い、大胆に胸を露出しているリタは、王子の母というよりも踊り子のようないで
たちにしか見えない。
清楚なジャピオの方がよほど若々しく知的に見える。
 「僕は、皆さんに聞いておきたいと思って。アルティウスが妾妃宮からの退去を命じたということですが、皆さんは納得されて
いるのですか?もしも反対なら、そう言っていただきたいのです」
 「ユキ?」
 驚いたように聞き返すアルティウスに、有希はきっぱりと言った。
 「彼女達は今までアルティウスに尽くしてくれてきた人。子供も生んでくれたんだよ?追い出すような形はよくない、思う」
 「私の命に逆らう者などいないぞ」
 「王様のアルティウスには言えない事もあるかもしれない。本当は1人ずつ話を聞いてみたかったけど、絶対反対すると思
うから」
 「当たり前だ!お前を女と2人にするわけがないだろう!」
 「・・・・・だから、こうして来てもらったんだよ」
 アルティウスの見当違いの嫉妬に苦笑しながら、有希はやはりちゃんと了解を取って良かったと内心ホッとしていた。
 「恐れながら、よろしいですか?」
 1人の女が一歩前に出た。
この国では珍しく肩でばっさりと髪を切っている、知的な雰囲気を漂わせた・・・・・サテラだ。
 「はい、どうぞ」
 「わたくしは妾妃としてお仕えする代わりに、好きなだけ学問を学んでよいとの許可を頂きました。このまま退去を命ぜられ
ては、幼い子を育てながら学問を続けるなど、とても無理なことでございます」
有希は頷きながら、妾妃とは反対側に控えている子供達を見た。
まだ幼いとは言いながらも騒がしくすることはなく、皆大人しそうに、そしてどこか不安そうに両親を見ている。
(ジャピオ以外は皆乳母や側仕えが育ててるって聞いたけど・・・・・やっぱりお母さんがいいんだろうな)
 サテラは学問を学ぶ為、エルシエは王族の子供は乳母が育てると思っている為、リールは体が弱い為、そしてリタは自分
自身を磨く為、結局子供達は父も母もよく知らないまま育っていた。
昔から身分のある者は、自分の手で育てず、専門の人間が教育するということは有希も歴史の勉強で習ったが、実際こ
んなに近くにいるのに母親と離れているのは可哀想だと思う。
 ふと、子供達の視線が有希に向けられた。
皆どこかアルティウスに似ているので、有希は思わずにっこり笑ってみせる。
 幼い皇女達は嬉しそうに顔を見合わせ、皇子達はうっすらと頬を染めた。
自分達とはまるで違う真っ白い肌に艶やかな黒髪の、綺麗な人の綺麗な微笑みにドキッとしたのだろう。
 「・・・・・っ」
 しかし、ただ1人、第一皇子であるエディエスだけは、厳しい目で有希を睨んでいた。
 「アルティウス、サテラはどうするの?」
 「学問が続けたければ、そのまま学府に入るがよい。子はこのまま王宮で育てる」
 「何時でも会えるように出来るね?」
 「ユキが良ければ、私は構わぬ」
 あっさりと自分の願いが通ったサテラは一瞬呆気にとられたようだったが、直ぐに顔を綻ばせて深々と頭を下げた。
 「お心遣い感謝致します」
1人の話が決まれば後は早かった。
体が弱いリールは元々宿下がりを願い出ていたし、エルシエとセラニー、アテリエは、それぞれが相応の報奨を貰うことと、
次の嫁ぎ先を定めるという条件で退去を承諾した。
若い彼女達は、振り向かない王の寵愛を待ち続けるよりも、それなりの身分の者との結婚を選んだのだ。
 そして・・・・・。
 「何も望まぬのか?」
 「はい」
 皇太子の生母という、他の妾妃達とは違う立場にあっても、ジャピオは何も望まず、ただエディエスの養育をくれぐれもと
願った。
 残ったのは、リタだけだ。
 「リタ」
 「王よ、わたくしはお慕いしているあなた様のお傍を離れたくはありません。幾ら《異国の星》といえど、所詮は男の身体で
ございます。王をお慰めするには、女のわたくしが必要なはずですわ」
 子供の前で赤裸々な言葉を言うリタに、さすがに有希は眉を顰める。
しかし、もっと怒りを抱いたのは、愛しい有希を侮辱されたアルティウスだった。
 「リタ!今の暴言、言った覚悟は出来ているであろうなっ?」