昔日への思慕











 「あ!」
 倉橋に指定された羽田空港の国内線のターミナルにタクシーで駆けつけた真琴は、捜すまでも無く、直ぐにそこに立つ数人
の男達の姿を見つけた。
真ん中に立っているのはもちろん海藤で、側には倉橋と綾辻、そして数人の目付きの鋭い男達が、海藤を守るように立ってい
た。
ターミナルの中にはほとんど人影は無かったとはいえ、やはりその一角だけはまるで異質な空間に見える。
 「マコちゃん」
 一番初めに真琴に気付いた綾辻が名前を呼ぶと、じっと空を見つめていた海藤がこちらに視線を向ける。
 「海藤さん」
 「・・・・・」
一瞬見せたその顔は全く表情が無かったが、真琴の姿を見とめると少しだけだが唇に笑みを浮かべた。
 「真琴」
 「ごめんなさい、我がまま言って。でも、俺も連れて行ってくださいっ」
 「・・・・・」
 「お願いします!」
 「・・・・・困った奴だな」
海藤はそう呟き、ギュッと真琴を抱きしめた。
その身体は震えてはいなかったが驚くほど冷たく感じる。
海藤にとってもこの事件があまりにも思い掛けないことだというのがそれだけでも分かった。
 真琴は改めて倉橋と綾辻に対しても頭を下げた。
 「迷惑掛けますが、一緒に連れて行って下さい」
 「・・・・・あなたに連絡をする前から、こうなることは予想していました。どうか、頭を上げて下さい」
 「そ〜よ、マコちゃん、堂々と付いていったらいいのよ」
 「・・・・・ありがとうございます」
1人増えるだけでも大変だろうが、その手配は全て倉橋の負担になる。
もう一度頭を下げる真琴に、倉橋は苦笑してしまった。
 「さあ、真琴さんも来られたし、行きましょうか」
 「あの、この時間も飛行機って飛んでるんですか?」
 「いいえ、さすがに急に、しかもこの人数分のチケットは取れないでしょうしね」
 一行は真琴を待っていたのか、そのままどんどん歩き始めた。
時刻は既に午後十時になろうとしている時刻で、国内線のゲートは既に閉じられている。
しかし、真琴以外の男達の足は全くそれに構わずに、一般ゲートではなくVIPなどがよく使う別の出入口に向かった。ここから
は直接滑走路に出れたが・・・・・。
 「・・・・・っ」
 外に出た途端、冷たい夜風が身体を叩く。
上着を引っ掛けては来たが風呂上りの真琴が思わずプルッと身体を震わすと、その肩を抱いていた海藤は直ぐに自分のコート
を脱いで真琴に着せてくれた。
 「い、いいですよっ、海藤さんだって寒いのにっ」
 「俺はお前がいるから温かい」
 「・・・・・っ」
 「これにお乗り下さい」
 「わ・・・・・」
 それは小型ではあるが立派な飛行機だった。
 「こ、これ・・・・・」
 「知り合いの方のプライベートジェットをお借りしました。空港は色々手続きが煩いので、一先ず福岡駐屯地で降りて、そこか
ら搬送先の福岡大学病院に向かいます。」
 「駐屯地って・・・・・自衛隊のことですよね?」
驚いたように聞き返す真琴に、倉橋は事も無げに言った。
 「少しつてがありましたので」
 「つ、つて・・・・・」
それがどんなものか考えるだけでも怖い気がする。
 「プライベートジェットに・・・・・自衛隊・・・・・」
 「ただ・・・・・どんなに急いでも日付は変わってしまいますが・・・・・」



 今出来うる限りの一番早い方法で、真琴達は海藤の父親の元へ向かっている。
海藤の留守を守る為に綾辻は東京に残ったが、倉橋が一緒なだけでも真琴にとっては心強かった。
海藤に何かしてあげたいと思っても、何の力もない真琴は傍にいることしか出来ないが、海藤の優秀な部下である倉橋ならば、
全て最善の方法を取ってくれるだろう。
 「・・・・・」
 真琴は隣に座っている海藤の横顔を見つめる。
心なしか顔色が悪いと思うのは気のせいなのだろうか・・・・・。
 「・・・・・」
真琴はそっと、海藤の手に自分の手を重ね、キュッと握り締めた。
すると、直ぐに海藤も真琴の手を握り返し、真琴に視線を向けて少しだけ笑みを見せた。
 「心配掛けるな」
 「だって、海藤さんのお父さんですよ?」
 「・・・・・」
 「俺にとっても、大事な人です」
 会った事もない、噂でさえ聞かない人の事をそう言うのは間違いかもしれないが、真琴とっては大切な人の両親だ。
見て見ぬフリなどとても出来ない。
 「俺、邪魔かもしれないけど、どうしても海藤さんの傍にいたくって・・・・・」
 「ああ」
 「・・・・・来ても・・・・・良かったですか?」
 「俺も、お前がいてくれた方が心強い」
 「本当に?」
 「絶対に危ない目には遭わせない。だから・・・・・」

 「傍にいて欲しい・・・・・」

 呟くような海藤の言葉に、真琴は握り締める手に力を込め、何度も何度も頷いた。
多分、今回のこの九州行きには、真琴は来ない方が良かっただろう。
銃で撃たれるという、普通なら有りえない事件があった地に、ただの大学生である真琴が付いていっても足手まといになるだけ
なのは分かっている。
それでも、海藤は嬉しいと言ってくれ、倉橋は当然のように受け入れ、周りも文句一つ出てこない。
(しっかりしないと・・・・・っ)
 海藤を支える為だけに一緒に来たのだ。
何があっても周りの迷惑にだけはならないでおこうと、真琴は何度も心の中で繰り返していた。