昔日への思慕
14
「お時間を取らせて申し訳ありません」
『いや、倉橋から連絡はもらったよ。とにかく無事で良かった』
電話の向こうの菱沼の声は本当に安堵しているようで、彼がどれだけ父親の安否を気遣っていたのかが分かる。
今は遠く離れている2人だが、今だ強い結び付きがあるのに感慨を抱きながら、海藤は早速用件を切り出した。
「実は、力を貸して頂きたくて」
『隠居している私の?いったいなんだ?』
「真琴が狙われました」
『・・・・・怪我は?』
「真琴はありません。庇った倉橋が腕を切られました」
『それは・・・・・綾辻が怒ってるだろう』
「・・・・・」
全てを悟っているかのような菱沼の言葉に、海藤は眉を顰めた。
「知っているのならどうして言わなかったんですか?」
『全てを把握していることがいいとは限らないだろう?』
「伯父貴・・・・・」
『それに、教えたらつまらんじゃないか』
まるで子供の言い分だが、菱沼らしいといえば納得もいく。
元々、海藤の言葉など聞かない人間なのでそれ以上言っても仕方がなく、海藤は溜め息を付いて続けた。
「三和会の加茂会長に話を通して下さい。信用出来る人間を2、3人用意して欲しいと」
『加茂さんか』
「それと、郷洲組の背景を少し知りたいんです。出来れば早く」
『分かった。今夜・・・・・いや、6時頃までには一度連絡を入れよう』
「お願いします」
『マコちゃんによろしくな』
暢気に笑いながら電話は切れたが、一度言葉にしたら確実に実行することは知っているので、約束の時間にはかなり詳しい
情報が入ってくるだろう。
同時進行のように、綾辻もこちらで動いているので、2つの情報を掛け合わせればほぼ事実だといっても可笑しくはない。
(それまで真琴の傍にいるか・・・・・)
「ホテルに戻ってても大丈夫なんですか?」
「病院にいても仕方ないしな。今は連絡を待つしか出来ない」
昨夜泊まったホテルに戻ると言われた真琴は、海藤の両親の安否を心配した。
しかし、あの事件があって返って警備はしっかりされたという海藤の言葉を信じて、倉橋も共にホテルへと戻ってきていた。
「綾辻さん、大丈夫ですか?」
「ああ、あいつなら心配はいらない」
1人別行動の綾辻のことも気に掛かるが、あまりその名を出すと倉橋の顔色が悪くなるのでやめた。
「私はこれで」
「倉橋さんっ、一緒にこの部屋にいましょうよ」
「いいえ、お2方共お疲れでしょうから。会長、何かありましたら連絡を下さい」
「分かった」
丁寧に一礼して部屋を出て行く倉橋を見送った真琴は、海藤を振り返って心配そうに言った。
「傷のせいで熱が出るかもしれないって言ってたでしょう?1人で大丈夫かな?」
「言っても聞かないからな」
「・・・・・」
「それよりも、おいで、真琴」
座敷に座った海藤は、片手を伸ばして真琴を呼んだ。
まるで子供を抱くように、海藤は膝の上に真琴の身体を抱き上げた。
「・・・・・重くないですか?」
「軽くて手ごたえが無いくらいだ」
「・・・・・嘘ばっかり」
こうして身体が密着し、お互いの鼓動を感じると不思議と安心出来る。
(無事で良かった・・・・・)
あの時の、あの光景は、今でも海藤の脳裏に鮮明にこびり付いていた。
なぜ傍を離れたのか、なぜあんな危ない目に遭わせてしまったのか・・・・・。こちらに来る時、どんな危険があるかもしれないと予
想していたはずなのに、まさか一番力が無く、この世界とは関係ない真琴が襲われるとは、さすがに海藤にも予想外だった。
だからといって、知らなかったでは済まされない。何よりも大切だと想う相手に手を出されて黙っているほど、海藤は達観もして
いないし腑抜けでもないつもりだ。
「海藤さん?」
無意識の内に手に力がこもっていたのか、真琴が少し身を捩りながら名を呼ぶ。
自分を見上げてくる顔の、左目じりのホクロにそっと唇を寄せた。
「・・・・・んっ」
その場所は元々真琴が感じる場所のようだが、ここにキス出来る人間は今現在海藤しかいないし、これから先も他の人間
に譲るつもりは無い。
「真琴」
「どうしたんですか?海藤さん」
「お前が生きていることを確かめたい」
触れるだけでも十分なはずだったのに、海藤は更に奥深く、もっと直接に、真琴の生きている証を・・・・・熱をその身体で確かめ
たくなった。
「え?」
そのまま気遣われながら畳の上に寝かされた真琴は、近付いてくる海藤の顔に慌てて目を閉じた。
重なる口づけは優しく触れるようなものだったが、次第に濃厚になってきた。
「・・・・・んぁっ、ま、待ってっ、まだ明るいし・・・・・っ」
「誰も見ていない」
「か、海藤さんが見てる!」
「・・・・・」
身体を重ねることに抵抗があるわけではない。
大好きな海藤に触れてもらうのは嬉しいし、身体を重ねることでの快感も既に身体は覚えている。
ただ、今はまだ昼間で、この部屋には煌々とした明かりが付いているし、先程の事件のことも倉橋のことも気になって集中出来
なかった。
「抱きたい」
「だ、駄目だよっ」
「真琴」
「・・・・・っ」
まるで甘えるかのように、真琴の首筋に顔を埋めてすり寄せる海藤は、普段はあんなに大人で男らしいのに子供のようにさえ
感じてしまう。
真琴が陥落してしまうのに時間は掛からなかった。
「・・・・・」
言葉でいいとは言わなかったが、真琴は海藤の首に手を回して自分に引き寄せた。
「真琴・・・・・」
大好きな声で、何度も自分の名を呼んでもらう。
それが嬉しくて、真琴はますます海藤にしがみ付いた。
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