昔日への思慕











 翌日、真琴は面会時間になったら直ぐにでも病院を訪ねるのだろうと思っていたが、予想に反して海藤はなかなか動こうとし
なかった。
(疲れてるのかな・・・・・)
昨夜・・・・・といっても日付は変わっていたが、海藤が戻ってくるまでは起きていようと頑張っていたつもりだった真琴は何時の間
にか眠ってしまい、今朝起きた時、海藤は既にルームサービスのコーヒーを飲んでいた。
(・・・・・どうしたんだろ・・・・・)
 自分がせっついて動かすというのもおかしい気がして、真琴はもう何杯目になるか分からないお茶を口にした。
 「真琴」
 「あ、はいっ」
 「腹が減っているなら何か頼むか?」
お茶を飲んでいる理由がそんなことではないと気付いているだろうに、海藤は静かに口を開いた。
しかし、その目には笑みが浮かび、昨日よりは格段に顔色が良くなっているのに気付いて、真琴はホッとすると同時に頬を膨ら
ませた。
 「もう過ぐお昼だし、我慢出来ます!」
 「そうか?」
 海藤が笑うのと、インターホンが鳴ったのはほぼ同時だった。
 「あ」
 「座っていろ」
反射的に立ち上がろうとした真琴を制し、海藤が自らドアを開けた。
 「おはようございます」
 立っていたのは倉橋だった。
 「おはようございます、倉橋さん」
 「お休みになれましたか?」
 「俺の方は。でも、海藤さんは・・・・・」
きっと眠ってはいないだろう海藤を気遣うように見つめる真琴に、倉橋は軽く頷いてみせてから告げた。
 「気がつかれたようです」
 「そうか」
 「あ!お父さん、目が覚めたんですかっ?」
もう少し時間が掛かるかと思っていた真琴は弾んだ声で聞いた。
 「はい、そう連絡が入りました」
 「海藤さん!行こう!」
命に別状は無いと分かっても、目を見て言葉を交わした方が安心するはずだ。
途端に急き立てる真琴に、海藤は無言で頷いた。



 昨夜と同じように職員用出入口から入ったのは、真琴が他の人間の目を気にしないようにと考えたからだ。
 「・・・・・」
 「あ」
昨日とは違い、明るい照明が降り注ぐ廊下を歩いて病室に向かった一行は、その扉の前に1人佇む男の姿を見た。
 「宇佐見さん・・・・・」
呟くような真琴の声に顔を上げたのは、海藤の異母弟で、現在は警視庁組織犯罪対策部第三課、警視正という立場の
宇佐見貴継(うさみ たかつぐ)だった。
 相変わらずきつい眼差しを海藤に向けた宇佐見だったが、その視線が海藤の隣にいる真琴に向くと、幾分和らいだ視線に
なったのに海藤は気付いた。
(ご苦労なことだ)
多分、朝一番の飛行機で来たのだろう。
自分を捨てた父親の為にここまで来た宇佐見に呆れたが、考えれば自分も手を尽くして未明にここまで来たのだ。
兄弟とは今更思えないが、似ているところはあるのかもしれない。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 お互い何も言わない海藤と宇佐見の間を取り持つように、真琴が途惑った口調ながらも声を掛けた。
 「宇佐見さんも、お見舞いに来たんですか?」
 「・・・・・出張のついでだ」
 「でも、心配で来たんですよね?」
 「・・・・・」
 「もう、会いましたか?」
 「・・・・・いや、中にはあの女がいるしな」
 あの女というのが自分の母親である淑恵を指しているのは容易に分かったが、それを一々指摘して言い直させるつもりは無
かった。
 海藤はそのまま真琴の肩を抱いて病室のドアの前に立つと軽くノックをする。
しばらくして中からドアが開き、淑恵が顔を見せた。
 「貴之さんの気がついたのよ」
 嬉しそうに笑いながら言った淑恵だったが、海藤の背中越しに見えた宇佐見の姿を見た瞬間、一瞬の内に顔を無表情にさ
せた。
 「・・・・・あなたもいらしたの?」
 淑恵は夫の愛人の産んだ子に会ったことはないはずだ。
いや、会ったとしてもそれはごく幼い頃で、30を越した男を見て直ぐに誰だと気付くはずは無いだろう。
多分・・・・・淑恵は現在に至るまで宇佐見の周辺を監視していたのだろう。それは夫の血を分けた子供を気に掛けるというこ
とではなく、その子供の母親が再び夫に近付くのを警戒する為に・・・・・。
 「お会いになる?」
 少しも感情がこもらない声で淑恵が言うと、宇佐見は僅かに眉を顰めた後、なぜかまたチラッと真琴の顔を見てからはっきり
と言った。
 「会わせて頂きます」
 「・・・・・どうぞ」
 「・・・・・」
(・・・・・真琴を?)
 最初、宇佐見が真琴の存在を知った時、宇佐見は同性である海藤の愛人になっている真琴を軽蔑していたはずだった。
それが実際に会い、言葉を交わして、その心境にどう変化があったのか・・・・・。
 「・・・・・」
不愉快な感情が海藤の胸の中に湧き上がった。
真琴の愛情を疑うつもりは無い。ただ、優しい真琴が、宇佐見の心境に引きずられないかと懸念する。
 「海藤さん?」
 なかなか病室に入らない海藤に、隣に立つ真琴が心配そうに声を掛ける。確かに今、真琴の心は自分にしか向けられていな
い。
 「海藤さん」
 「行こう」
海藤は病室に入りながら宇佐見に視線を向ける。
宇佐見も海藤を見ており、2人の視線が鋭く絡み合った。
(渡すつもりは無い)
やっと見つけて手に入れた。海藤はこの最愛の相手をどんなことがあっても手放すつもりは無かった。
たとえそれが、宇佐見のバックにある警察組織というものを相手にしても・・・・・だ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
2人は何も口にしないまま、病室の中に入っていく。
そこには元凶である海藤貴之が待っていた。







                                          







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