昔日への思慕











 海藤は真琴を見下ろすと、強引とも言える仕草でその肩を抱き寄せた。
 「かっ、海藤さんっ」
宇佐見が真琴に対してどういった思いを抱いているかなど、全ては想像でしか考えられないことだ。
ただし、自分の考えていることはそんなには違っていないとも思う。
 「そろそろ次のステップも待っているようだが、迷っているのはどういったわけだ?」
 「・・・・・私的なことだ」
 「政治家の娘との縁談など、願ってもなかなかないことなんじゃないか」
 宇佐見のことは昔からある程度定期的に所在や身辺を調べて報告させてきたが、真琴と関わるようになってからは更に詳し
い報告がされるようになってきた。
それによれば、最近宇佐見に強引にねじ込まれた見合い話があり、それは元大臣経験者の政治家の孫娘ということだった。
これから先の出世の為にも、家の為にも、願ってもない縁談だろう。
とても断れる状態にないその話を、宇佐見本人は今だ保留としているらしい。その理由を海藤は考えた。
 「親は喜んでいるんじゃないか?」
 「結婚は親には関係ない」
 「・・・・・意中の人間でもいるってことか?」
カマを掛けたその言葉にも、宇佐見には目に見えた動揺はなかった。
 「それこそ、お前には関係ないことだ」
 「・・・・・」
 鏡を見ている・・・・・それ程似ているわけではない。
しかし、数ヶ月しか違わない兄弟は、やはり嫌になるほどどこか似通っていた。
(いや・・・・・あの人に似ているのか・・・・・)
切れ長の目も。
通った鼻筋も。
少し薄めの唇も。
纏った空気さえ、ヤクザ家業と警察関係という違いはあれ、凍えた雰囲気はよく似ている。海藤は内心皮肉だと思っていたが、
宇佐見も多分そう思っているのだろう。
自分達の元凶である主に今更文句を言う事も出来ず、また言おうとも思わなかった。
 「・・・・・」
 その時、チラッと視界の隅を横切る姿を目にし、海藤はそちらに視線を向けてさりげなく真琴から手を離した。



 「まーこちゃん!」
 「あわっ?」
 突然後ろから抱きつかれた真琴は、びっくりしたように首を後ろに回した。
自分の事をそう呼ぶ人間に心当たりは1人しかいないが、その人物がここにいることが信じられなくて、どうしても自分の目で確
かめてみたかった。
 「あ、綾辻さんっ?」
 「あたり〜。ご褒美にもっとハグしちゃう♪」
 海藤の面前でそんな暴挙が出来るのは綾辻ぐらいしかいないだろう。
さらにギュッと抱きしめた腕の力を強めようとした時、グイッと綾辻のスーツの襟元を引っ張る者がいた。
 「何やってるんですか。子供のようなことは止めなさい」
 「あ〜ん、克己ったらひど〜い」
そう言いながらも綾辻の顔は楽しそうで、真琴は目を丸くしたままその様子を見つめた。
 「綾辻さん、留守番だったんじゃ・・・・・」
 「だから、社長に報告したらトンボ帰りよ、つまんない」
 「海藤さんに?」
 真琴が視線を向けると、海藤は僅かに頷いて言う。
 「昼は一緒に食えるぞ」
 「あ」
綾辻の突然の登場に意識を奪われていたが、真琴はふと横顔に視線を感じて振り向いた。
そこにはまだ宇佐見が立っていた。
(一緒にご飯・・・・・は無理だよね)
海藤と宇佐見の確執の深さをよくは知らない真琴も、綾辻が持ってきただろう情報を警察関係の宇佐見に知らせるわけには
いかないだろうということは分かる。
 「え・・・・・と、宇佐見さん」
 「おい」
 真琴が何かを言う前に、海藤が宇佐見に向かって言った。
 「時間があるならお前もどうだ」
 「え?」
 「・・・・・俺が聞いてもいいのか?」
 「お前は警察側の人間だからな。証拠も無しに動くことはないだろうし、自分を捨てた父親の為に敵を取るなんてバカなことは
しないだろう」
 「海藤さんっ」
 「・・・・・いや、その通りだな。そちらがよければ一緒に」



 想像した通りの、しかし、今までの宇佐見からすれば十分意外な返答に、海藤はやはりということしか思い浮かばなかった。
 「真琴、何が食べたい?」
 「え?えと、突然言われても・・・・・」
困惑する真琴の頭に手をのせると、鋭い視線はそのままついて来る。
 「は〜い、私、モツ鍋食べた〜い!」
 「誰もあなたのリクエストは聞いていませんよ」
 「だって、マコちゃんが決められないなら私が決めるしかないじゃない」
 「綾辻」
 「モツは身体にいいわよ、克己。あんた疲れ気味なんだから栄養取りなさい」
 気を利かせた綾辻が馬鹿な事を言って真琴の気を逸らしてくれている間、倉橋は携帯でどこかに電話をしている。
おそらくは警察官という宇佐見の立場を考慮して、元々決めていたであろう食事の場所を、癒着を疑われない為の場所に新
たに選定しているのだろう。
 「優秀な部下がいるな」
 「・・・・・」
 「ヤクザ家業には勿体無い。元々倉橋はこちら側の人間じゃなかったか」
 「選んだのは本人だ」
海藤がそう言い切ったと同時に、倉橋も電話を切って言った。
 「場所をとりました。今から移動しますが・・・・・」
ちらっと見る倉橋の視線を受け、宇佐見は軽く頷いた。
 「場所を聞けばタクシーで向かう」
 「社長」
 「教えてやれ」
気まぐれに誘ったのだが、この結果が吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。
綾辻が強引に止めないという事も、掴んだ証拠を宇佐見に伝えても支障が無いと判断してのことだろう。
綾辻の動物的に冴える勘は信用しているので、海藤はそれ以上形のない不安を抱くこともせず、1人途惑ったままの真琴の
背を押して歩き始めた。