昔日への思慕











   − 宇佐見貴継 −



 「ごめんなさい、私が連れで」
 「・・・・・いや」
 食事が済むと、真琴はもう一度病院に向かうと言い出し、海藤と倉橋もそれに同行することとなった。
残った宇佐見は所轄の警察署に行くわけにもいかず、貴之を見張らしていた人間に会う為に博多まで出ることにしたが、その
道中、なぜか綾辻が一緒に車に乗ることになってしまった。
表向きの用件は、博多の同業者に顔を出しに行くということだったが、多分海藤の命を受けて宇佐見の行動を見極める為に
付いてきたのだろう。
海藤の信頼を得ているこの不思議な男に、宇佐見も多少の興味を抱いていた。
 「倉橋とは面識があるが・・・・・」
 「克己のこと?」
 「君とこうして話すのは初めてか」
 「歳」
 「何?」
 「うちの会長と同い歳でしょう?だったら、3つ、私より年下になるんだけど」
 「それは・・・・・」
 「まあ、警察の人間の言動には慣れてるから。今更口調を変える必要はないけど、私も丁寧な言葉は使わないわね」
 「・・・・・分かった」
(年上だったのか・・・・・)
 調査でも随分長いとは分かっていたが、実際に間近で見ても随分と若い印象だった。
容姿や言動だけだったら、20代と言われても頷いてしまうかもしれない。
しかし、傍にいて分かるが、まとっている雰囲気はけして若いだけの人間には出せないような重く鋭いものがあり、あの女言葉
を話さなかったら随分近寄りがたい男に思えるかもしれなかった。
 「ねえ、1ついい?」
 車を運転しているのは倉橋が用意した男だ。
海藤側の人間に弱みを見せるつもりはなかったが、不思議と綾辻はここで言った言葉を海藤には伝えないような気がした。
 「何だ?」
 「あなた、マコちゃんが好きなの?」
 「・・・・・好き?」
 「そう。ああ、人間的にって意味じゃないわよ?恋愛感情の好き。傍から見てるとどうしてもそうとしか思えないんだけど・・・・・
違うかしら?」
 「俺が・・・・・彼を?」
 まさか男に・・・・・という言葉は出なかった。
同性間でも恋愛関係は成り立つと、当の真琴と海藤を見ていれば良く分かったからだ。
それでも、最初に報告を受けた段階では、海藤の新しい情婦(それまで決まった女はいなかったが)が男・・・・・それもまだ大学
生の普通の青年だと聞いた時、まさかと信じられなかったくらいだ。
バックに何か付いているのではと疑い、かなり深く調査をさせたが、青年は本当にごく普通の生活環境で、海藤とどこで接点が
あったのか、全く想像がつかなかった。
最後には、身体が、SEXがいいのかと下世話なことを思ってしまった。
 そして、本人・・・・・西原真琴に会った。
男にしては可愛らしく、素直な性格の真琴。
とても性技で海藤を繋ぎとめているという印象はなく、かといって、海藤に脅されて傍にいるという感じでもなかった。
本当にごく普通の恋人同士、そうとしか見えなかったのだ。
 「・・・・・あいつは、何時も俺の先を行く」
 不意に、言葉が零れてしまった。
 「・・・・・」
 「今更父親が恋しかったと言っても仕方がないが、俺は家族の温かみというものを知らない。母も、育ててくれた父も、俺を愛
してくれていたわけじゃないしな」
 「それは会長も・・・・・」
 「でも、あいつは先に見つけた」
(俺が欲しいと思っていたものを・・・・・)
 何を・・・・・とは、言わなかった。
しかし、綾辻にはそれが何かは嫌というほど分かっているだろう。
 「・・・・・縁、か」
 「・・・・・縁?」
 「古臭いか?」
 不意に、綾辻の口調が変わったことに気付いた。
 「俺は信じてる。人は誰でも、縁というものを持っているって事。ただ、それに気付くかどうかの問題」
こうして普通に話していると、綾辻は驚くほどに男っぽい。
 「どうして、女言葉を使う?」
 「ん?」
 「あんただったら、普通にしてれば・・・・・」
 「・・・・・俺にもいるんだよ、縁を感じる奴が」
 「・・・・・」
 「俺の全てはそいつの為にある」
 「・・・・・女か?」
 「あんまり俺がカッコイイと逃げ出すからな。少し崩した方がいいんだよ」
 誰を思い浮かべているのか、綾辻の口元には楽しそうな笑みが浮かぶ。
それは十分に男の色っぽさをかもし出していて、綾辻が本当に奥深い男なんだということを感じさせた。
こんな男を部下に持つあの異母兄が羨ましい。
 「・・・・・どうしてあいつより先にあんたと出会わなかったんだろうな」
過去のことを繰言のように言いたくはなかったが、そう零してしまうほどには悔しいと思った。
海藤には真琴だけではなく、この綾辻も、そしてあの倉橋もついている。同じ男の血を受けているはずなのに、運命は常に海藤
に味方しているようにしか思えなかった。
 「だから言っただろ?縁だって」
 「・・・・・」
 「あんたも、見つけるんだな、その相手を」
 「・・・・・」
 宇佐見はやっと気付いた。
綾辻は遠回しの表現で、自分に真琴を諦めさせようとしていることを。
(あの子と俺は縁がないと言いたいのか・・・・・)
 海藤の為、というよりは、純粋に宇佐見のことを思ってのことだろう。
せめて、そう思いたかった。
ただ、綾辻の忠告を聞いてもそう簡単に思い切ることなど出来ないと、すでにこの数ヶ月間で思い知っている。
 「縁は・・・・・自分でつくる」
 「・・・・・」
 「途切れているなら、強引に結んだらいい。悪いが俺も、やっと見つけたんだ」
そして、自分でも目を逸らそうとした想いに、宇佐見は綾辻と話しながら改めて気付いた。


西原真琴という青年を、自分も愛し始めているということに・・・・・。